SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 10, No. 1, Feb. 2001.

3."C60で90K?"の噂はアメリカの温度単位が原因?


 前回のスーパーコム(2000年12月Vol.9, No.6)は、C60でFET(電界効果トランジスタ)を形成し、ゲート電極によりC60結晶表面に負の強い電場を印加しキャリアとしてのホールを導入すると、臨界温度が52Kの超伝導が出現したというNature 408, 549(2000)のベル研究所グループからの確定したニュースと、これがさらに100K近くに達したとする噂が飛び交っていることを報じた。その噂は米国の12月の学会でベル研の他部署の研究者が「90K以上が出ている」と他の米国の出席者複数に語り、それが日本の知り合いの研究者にメールで伝えられ、日本国内の会合でも紹介されて噂が拡がったものである。中には「年明け早々にベルの研究チームの中心人物であったバトロッグ博士(現在スイス連邦工科大学教授として転出)がワシントンで正月早々記者会見を予定している」といった尾ひれと思われる噂も飛び交った。たまたま、日本では「室温超伝導の兆候が青山学院大学の秋光純教授のところで見えている」とする噂も流れており、この両者が相俟って、かなり熱の入った噂が飛び交う状況となった。

 その後、年末には高木英典教授(東大新領域)による直接のメール交換により、バトロッグ博士自身は「そのような話を知らない」と言っていることが分かったが、「彼は慎重な人なので、よりきちんとした結果がでるまで待っているのではないか」という観測も巷に流れていた。

 1月に入り、長谷川泰正助教授(姫路工業大学理学部物質科学科)より以下のような非常に説得力のある、「噂の真相」が明らかにされたので、紹介する。

 「C60で90K以上の超伝導というのは、-366F=(0K)+94F=52Kのこと(Nature 408, 549(2000))だったのですね。アメリカンスタンダードは人騒がせですね。でも、High Tcのときにイッテルビウム(Yb)でも超伝導になったように、誰かがやってみて本当になるといいと思います。」

 ちなみに、このこと(華氏温度)が原因らしいということが明らかになったのは、日本物理学会の分子性固体・有機導体 分科を中心メンバーとするメーリングリストに、谷垣勝己教授(大阪市立大学理学部物質科学科)により以下のニューヨークタイムズの12月5日付け記事が紹介されたことによる。温度単位が原因ではないかという指摘は、鯉沼秀臣教授(東京工業大学応用セラミックス研究所)によってもなされていたという。NYタイムズにKenneth Chang記者が書いた記事の原文は以下のようである。

 Writing in the current issue of the journal Nature, researchers from Lucent Technologies Inc.'s Bell Labs in Murray Hill, N.J., report that the Bucky ball-aluminum oxide combination remains superconducting at temperatures up to minus 366 degrees, or about 94 degrees above absolute zero.

 この記事をよく読むとNatureの記事を一般向けに紹介したもので、温度が華氏であることが分かるが、「絶対温度ゼロ度から94度高い温度」というくだりを鵜呑みにした人達が噂を広げたものと思われる。アメリカの度量衡は「非関税障壁」という声もあるが、人騒がせな面もあるようだ。

(Super Ears)