SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 10, No. 1, Feb. 2001.

2.銅を含まないバルク超伝導体MgB2でTcの最高記録更新
_青山学院大_


 青山学院大学の秋光純教授のグループは、科研費特定領域研究「遷移金属酸化物」研究成果報告会(2001年1月8日〜10日、東北大学金属材料研究所)において、新超伝導体MgB2(超伝導転移温度 Tc= 40 K)を発見したと報告した。

 2000年の年末、新高温超伝導体発見をめぐる噂が研究者の間を駆けめぐった。曰く、FET構造を施したC60でTc=90Kがでたらしい(本誌Vol.9, No. 6, 2000.12 通巻48)、曰く、某A教授のグループが室温超伝導体を発見し、年始にはFET-C60のグループと共同で国際記者会見が行われるらしい、といった具合で、まさに世紀末の様相であった。このため、前出の研究会における秋光教授の講演は大きな注目を集めることになった。講演によると、単純金属であるMgなどへのホウ素をはじめとする不純物ドーピング効果の研究の過程で超伝導の片鱗を見いだし、MgB2が超伝導を示すことを同定するに至ったということである。この物質は銅酸化物を除くバルクの超伝導体としては最高の転移温度を示したわけであるが、秋光教授は「Tcが低くて申し訳ありません」とコメントし大いに座をわかせた。MgB2の結晶構造はAlB2型の六方晶で、図3に示したようにグラファイト状のネットワークを組んだホウ素(小さい丸)層が三角格子を組んだMg(大きい丸)層によって挟まれた層状構造になっている。バンド計算(Sov. Phys. Solid State 18, 1688)によると電気伝導を担うのはホウ素のp軌道からなるバンドで、軽元素であるホウ素に由来した高エネルギーの格子振動とあいまって高温超伝導が実現したのかもしれない。

 最近、ホウ素クラスターを含む物質が注目を集めている。例えば磁性元素を含まないのに強磁性を示すCaB6(Nature 397, 412)や、CaB2C2(Akimitsu et al: unpublished)等である。秋光教授の言によると「この物質に到達するまでには大変な紆余曲折があった」とのことであるが、後から考えるとMgB2の超伝導発現に気付くチャンスは多くの研究者にもあったのではないだろうか。さらに、MgB2は古くから知られた化合物で、多くの試薬メーカーからそれ自体を購入することが可能である。そのような物質が高いTcをもつ超伝導体であったとは全くの驚きである。筆者の所属グループでも早速試薬を購入し磁化測定を行ったところ、Tc=39Kでの超伝導転移を確認することができた。(図1は電気抵抗、図2は磁化の測定例)

 この発見により、銅を含まない高温超伝導への新しい道が開かれるかもしれない。また、高いTcともあいまって高い上部臨界磁場をもつことも期待でき、例えばボルテックス状態の理解などへインパクトを与える可能性もある。

(Field Hamster)


図1 電気抵抗の測定例


図2 磁化の測定例


図3 MgB2の結晶構造

一方、早くも米国からは1月10日の秋光研の発表以降急速な研究が行われ我早くと論文が出始めている。S. L. Bud'ko et al. (Ames Lab - Iowa State), らのリプリントがすでに出され、MgB2のホウ素に関するアイソトープ効果はBCSフォノン超伝導として矛盾しないと主張されている。すなわち質量の異なるホウ素によって構成されるMgB2の臨界温度は軽いホウ素ほど臨界温度が上昇し、10BではTcは 40.2 Kに達したと報じた。

 さらに、バンド計算の論文はすでに3報も提出されたといわれ、J. Kortus (NRL) et al.の論文プレプリントによればMgB2中でのホウ素はハニーコーム型格子層を形成し、Mgはほとんどイオン化して、その中に充填されている。フェルミ面は主として軽い原子であるホウ素の軌道からなり、状態密度はかなり大きく、電子‐格子結合係数λは大きく、1程度に達する。ゾーン中心に300 および 700 cm-1の凍結フォノンが存在し、これがホウ素の軽い質量と相俟って高い臨界温度の源泉ではないかとしている。

 いずれにせよ、米国の素早い応答は日本のスローな反応と比較して、底力を感じさせる。

 これまで「高温超伝導体は銅酸化物の二次元系に限られるのではないか」とする考え方が主流であったが、このようにスピンを持たない物質で近年かなりの高い臨界温度を有する物質が次々と発見されてきた。東大岸尾教授のリストによれば、新しい順にMgB2(39K:青山学院大学秋光純研究室)、ホールドープFET-C60(52K:AT&Tベル研究所Batloggグループ)、Li0.48(THF)0.35HfNCl(25.5K:広島大学山中昭司研究室)、Cs2RbC60(33K:NEC基礎研谷垣勝巳(現大阪市大教授)グループ)、YPd2B2C(23K:東大高木英典‐ベル研Cava氏共同研究)、 (Ba,K)BiO3(30K:ベル研Cava氏ら)、などが金属超伝導体の臨界温度をしのぐものとして発見されてきたものである(日本とベル研が新物質をリードしてきたことがわかる)。

 立木昌東北大学名誉教授(現金材研特別研究員)は「銅酸化物では様々な研究から反強磁性揺らぎが強いことが見出され、高温超伝導スピン・チャネルが高温超伝導メカニズムとして注目されてきたが、こうなってくるとクーロン・チャネルを見直す必要があるのではないか。これまでにも、NTT基礎研の内藤方夫氏や日本原子力研究所の神戸振作氏らが、スピン揺らぎの大きさと銅酸化物系超伝導体の臨界温度が対応しないことを指摘してきている。また、米国の江上氏(ペンシルヴェニア大)やMook氏(ブルックヘブン国立研)らは高温超伝導体で光学フォノンと強く相互作用する電荷の揺らぎを見出したこともクーロン・チャネルの重要性を示唆するといえるだろう。」と述べている。立木教授は間もなく行われる日本物理学会のシンポジウムでクーロン・チャネルに基づいての新理論を紹介することが予定されているが、クーロン・チャネルに基づくメカニズムでもd波超伝導の出現が説明できるとしている。

 いずれにせよ、これら新超伝導体はイオン結合性がかなり強い物質で、かつ、バンドを形成する共有結合性領域がある物質という点で共通した面を持っている。今回のMgB2発見のニュースは、高温超伝導新物質の探索が再び戦国時代に突入することを多くの研究者に予感させるものであるようだ。

(飯山)

<編集部注>

 本論文 J. Nagamatsu, N. Nakagawa, T. Muranaka, Y. Zenitani, and J. Akimitsu, "Superconductivity at 39 K in MgB2," は雑誌Natureに投稿された。