SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 6, Dec. 2000.

2.C60FETにおいてTc=52Kの超伝導が見つかる
_ベル研究所_


 C60の表面にFET(field effect transistor)構造を施すことにより、52Kの転移温度を持つ超伝導が発現することが、Schonらベル研のグループによって見出された[Science 408, 549 (2000)]。 Schonらのグループは、これまでに有機物単結晶上のFETを用いて、超伝導(Sciece 288, 656; Nature 406, 702) 、整数/分数量子ホール効果(Science 288, 2338)、レーザー(Science 289, 599; ibid 290, 963)などの(思いつく限りの?)現象を発現させて世間を驚かせてきた。今回の報告もその延長線上にあるが、「非銅系としてはこれまでの最高のTc」という意味でインパクトも大きい。

 彼らの作るFET構造はいずれの場合でもほぼ同様で、気相成長法で作成した有機物単結晶(今回の場合はC60)の表面に金蒸着でドレインとソースを形成し(チャンネル長25μm, チャンネル幅500-1000μm)、その上にAl2O3のゲート膜(厚さ〜500Å?)をスパッターでつけ、さらにゲート電極(金)をつけるという至ってシンプルなものである。無機半導体のFETになじみのある人にとっては、このような原始的な方法でキャリアーが注入できるということですら驚きであろうが、さらに驚異的なことにこの方法によって(ゲート電圧を数100Vまで上げることにより)1分子あたり数個のキャリアーという恐るべき高密度のキャリアーを注入することができる。彼らはこれまでにC60の単結晶に電子をドーピングすることによりTcが11Kの超伝導を発現することを報告(Science 288, 656)しているが、今回はゲート電圧の符号を替えてホールをドーピングすることにより52Kの超伝導を実現した。言うまでもなく、C60にホールをドーピングした例はこれまでになく、通常の化学的手法では不可能な地点に到達できる"FET chemistry"(JAIST岩佐氏による命名)とでもいうべき新しい分野を切り開いたという点も特筆すべきことであろう。

 新しいTc=52Kの超伝導体は、他のC60超伝導体同様、電子-格子相互作用によるconventional superconductorだと考えられる。C60はvalence bandのほうがconduction bandより状態密度が高いため、ホールドープ系のほうがフェルミ面上の状態密度が高くなり、これがより高い転移温度に効いているらしい。さらにホールドープ系も電子ドープ系同様、C60あたり3個のホールでTcが最高になるようである。アルカリドープC60(電子ドープ系)の転移温度はキャリアー数だけでなく格子定数(アルカリの種類に依存)によっても変化することが知られている。C60そのものの格子定数は、高い転移温度を生み出すアルカリドープC60の格子定数よりもかなり小さいため、なんらかの方法で格子定数を増加することによりホールドープ系で100K超伝導も夢ではないと論文では指摘されている。

 筆者は1年半ほど前までベル研に滞在し、そのころからSchonらが有機物質の研究を行っているのは知っていたが、その頃はまだ単結晶の基礎物性を測定している段階で、FETも単結晶の上にカプトンを貼り付けてゲート膜として使う(!)という超原始的な方法を用いていた。それから1年半の間に、これほどの進歩があるとは予想だにしなかったことである。おそらくブレークスルーはAl2O3のスパッター膜をゲート膜として用いたことにあったのであろうが、それまでに2年近くの歳月をかけて良質単結晶の育成に取り組んでいたことも見逃せない。彼らの仕事はいずれも、高移動度の単結晶をべースにしており(特に量子ホール効果は欠陥の少ない非常にきれいな結晶でなければ見られないとのこと)、単結晶育成の重要性が改めて示されたといえよう。さらにベル研というと大きなグループと最新の設備をイメージする人が多いようであるが、今回のグループは、Ph. Dをとったばかりの若いSchon(FET作成と測定)と単結晶育成のプロのKloc、さらに音頭をとるBatloggという最小単位の構成であり、実験設備も(おそらく)ありふれたものを用いている。したがって、誰でも十分「できたはず」の仕事であるといって過言ではあるまい。

 さて今後の展開であるが、スーパーコム的には、これまでにドープが難しかった他の有機物にFETの手法でドーピングを行い超伝導を実現する、ということが考えられる。実際Schonたちは、光物性の分野で有名なアントラセン結晶にFETでドーピングすることにより、転移温度は4Kと低いものの超伝導を実現している(Nature 406, 702)。今後、より多くの分子性結晶にこの技術が用いられて、新しい(願わくばエキゾチックな)超伝導体が見つかることが期待される。筆者の個人的な感想としては、レーザー等の光方面への進展も、超伝導に劣らず重要になるのではないかと思っている。ところで、最も基本的な疑問である「有機FETはなぜそんなに簡単に多量のキャリアーがドーピングできるのか?」という問題は、今のところ全く解明されていない。無機物に比べて有機物は表面状態がきれいである、というのがポイントなのであろうが、ここが解明されて無機物においても有機物のような表面状態が得られるようになれば、無機物のFETにおいても同様な展開が期待される。そうなれば、さらに大きな未来が開けるであろう。

 数年前に、高名な理論家であるF先生は、「非銅酸化物系でもし、50K以上の新超伝導体が現れるようなことになったら、頭を丸めてみせる」と宣言したといわれている。F先生がどのような対応をみせてくれるか楽しみである。

(TKman)

  C60FET続報 90Kを超えたという噂

 Washington滞在中のD.-X. Shen特派員によるとフラーレンのTcがその後90Kを超えたとのことである。Bell Lab.のSchoenらがFETを使ったホールドーピングにより52Kを達成したのは上記のとおりである(Nature 408, 549 Nov.30, 2000)が、同グループにより今回も同じ方法で達成されたと思われる。上記論文には、格子定数を14.6Aまで広げることが出来れば100Kは達成可能と自信満々に予言されていた。恐らく、C60結晶格子にXeなど何かを挿入して、無理矢理広げたのではないかと考えられるが、あくまでも推測である。国内でも複数のルートの情報が伝えられており、詳細については確認できていない。

(High-Tc Watcher)