SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 6, Dec. 2000.

16.物理化学現象の強磁場効果の探索
_埼玉大_


 近年の超電導マグネットと磁気冷凍技術の進歩により、液体ヘリウムを使用しないで10T程度の強磁場が容易に利用できるようになり、反磁性・常磁性などとほぼ非磁性の物質に対する磁場効果が精力的に研究され、その磁場効果が明らかになってきた。中林/埼玉大理のグループでは、今のところ確定した成果を多く得たとは言えないけれども、発展が期待できる萌芽的成果をしっかりと捕まえつつある。その中の幾つかを、第4回新磁気科学シンポジウム(2000年11月13-15日、大宮ソニックシティ国際会議場)にて報告した。

1.ナノメータ金属微粒子の2次元結晶化に関する磁場効果

 直径10nmに粒径が揃った銀微粒子を、相関移動触媒を用いた油水2層合成法を用いて合成した。本法は、水相に溶かした銀イオンを相関移動触媒により油相に移動させ、油相に溶かした還元剤で金属を還元する。この時、油相には脂肪鎖の末端にSH基を有するチオールを共存させる。すると、金属還元と還元金属上へのチオールの吸着が競争的にすすむ。チオールが吸着された金属粒子は、粒子どうしの会合能力を失う。この時、還元剤濃度、チオール濃度を調整すると、粒径の制御と粒径分布の制御が可能になる。

 チオールで被覆された銀微粒子は、有機溶媒に可溶である。粒子をクロロホルム等の有機溶媒に溶かし、その溶液を炭素蒸着膜上に滴下して、ゆっくりと溶媒を蒸発させると、蜂の巣状に粒子がならんだ2次元結晶膜が得られた。粒子の配列を透過型電子顕微鏡で観察し、配列の完全性を向上させる条件を探した。そこで超電導マグネットを用い、磁場中で粒子膜の作成を行った。磁場中心および上下の変極点で作成した粒子膜の構造規制性を比較すると、上方の変極点で作成した粒子膜の規制性が常に良好であった。これは、粒子を構成する物質が全て反磁性体であるために勾配磁場から上向きに力を受け、粒子が見かけ上軽くなり、粒子の運動性が高くなったことに原因がある。溶媒と空気との界面が粒子により変形することに起因する横毛管力により、粒子間に引力が働く。この時の粒子の運動性が高いほど、配列の完全性は高くなると言える。

 2次元結晶化した粒子はチオールの単分子層で互いが隔てられている。チオール分子の炭素鎖の長さを変えるなどして、この絶縁層の厚みを制御すると、クーロンブロッケード等の単電子物性を発現させることが可能となる。透過型電子顕微鏡で粒子を観察する際、粒子の見かけの黒化度が周期的に変化する現象が観測された。これは加速電子によるクーロンブロッケードを観測した初めての例と言える。

2.電気化学発光における磁場効果

 ルブレンや、9,10-ジフェニルアントラセン等の比較的大きな芳香族分子のアニオンラジカルとカチオンラジカルを衝突させると、分子の励起状態ができ、発光が観測される。これは、電荷の中和が起こる電子移動の際に吐き出される自由エネルギーが、分子の電子励起状態を生成することに使われる現象である。イオンラジカルの生成を電気化学的に規制し、電極電位を変調することによりアニオン/カチオンラジカルを相互に発生させると、電極近傍で発光が観測される。これを電気化学発光(Electro-Chemi-Luminescence ; ECL)とよぶ。分子の励起状態が生成するメカニズムは、いわゆるスピン化学で説明できるもので、ECLは磁場効果を持つ場合がある。ルブレンは3重項不均化反応により、励起1重項と基底状態分子を生成し発光に至る。このスピン多重度の変化に磁場が寄与すると推定されるルブレン、および発光メカニズムが異なるために磁場効果の期待できない9,10-ジフェニルアントラセンを用いて、そのECL強度を磁場の関数として観測した。9,10-ジフェニルアントラセンでは著しい発光強度変化は見られなかった。一方、ルブレンにおいては、磁場を増加させるにつれ発光強度は徐々に増加した。しかしながら、電極反応の輸送過程に磁場が関与して、衝突因子の変化により発光強度が変化する寄与を完全に無視できるかどうかは明らかでない。そこで、励起状態生成のメカニズムが異なり、磁場効果が期待できない9,10-ジフェニルアントラセンに関しても測定をすすめ、輸送過程の寄与と反応経路の変化を分離して評価する実験を進めている。

3.単泡性超音波発光における磁場効果

 球対称の容器に入った純水に超音波を照射し、容器の中心が腹になる定在波を立てる。ここにシリンジから気泡を注入すると、ただ一つの気泡だけが中心に捕獲され、励振周波数に同期して膨張・収縮を繰り返す。すると、しだいに気泡から青白い光が観測される。この現象は単泡性超音波発光(Single Bubble Sono-Luminescence ; SBSL)と呼ばれている。条件を巧く選ぶと1日程度は持続した発光を観測できる。発光は捕獲した単一気泡が膨張から急激な圧縮に転じて準断熱圧縮によって気泡内の温度が上昇したときにパルス状に発生する。発光の時間幅は数ピコ秒。発光スペクトルは黒体輻射で良く近似でき、温度を見積もると50000Kにも達すると言われている。これは、デスクトップで太陽表面温度より高い1ミクロン径の極限反応場を作ったことに相当する。この実験を超電導マグネットの中に移し、磁場効果を測定した。

 気泡の膨張収縮の様子は、レーザー散乱により測定し、発光はファイバーを通して検出した。磁場強度を上げていくにつれ、SBSL発光強度は減少し、ついには消滅する。気泡の最大半径も磁場強度の上昇と共に減少した。純水容器にかけられる超音波エネルギーを測定すると、これは磁場強度によらず一定であった。SBSLは気体(空気気泡)と液体(水)との界面を持ち、この気液界面において極性の強いH2O分子の運動は強磁場によって影響を受け、SBSLの発光や気泡の振動状態に大きな変化を与えたものと推測される。これより、磁場は、高速に変形する気体液体界面の運動を阻害するよう機能すると結論づけられた。

 上記にあげた内容の他にも、非線形電気化学振動を磁場中で行ったり、磁場を利用したコロイド結晶の作成の試み等を進めており、いずれも着々と成果を上げており、マニアックな世界を拓きつつある。

 強磁場を利用した研究は、世界的に見てもまだ発展途上の分野ある。何に対して有効で、どんなことが起こるのか?これから研究が進むにつれ、度肝を抜かれるようなとんでもない発見がなされるかもしれないと思うと胸がトキメク。

(とと丸君)


図1 チオール修飾銀微粒子の単粒子膜のTEM像


図2 勾配磁場中での製膜 超電導マグネットの磁束
密度(a)と磁場勾配(b)の分布。
上方の変極点では上向き、下方では下向きに力を受ける。


図3 ECL発光の様子


図4 SBSLの磁場効果の装置図


図5 SBSLの気泡最大半径と磁場強度