SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 5, Oct. 2000.

7.無線通信分野でHTS技術のチャンス拡大


 Superconductor & Cryoelectronics 誌2000年春季号にConductus社のR. Simon副社長による冒題の解説論文が掲載されており、以下に要約して紹介したい。

 無線通信分野における高温超伝導(HTS)技術の焦点は、超伝導体の優れた高周波特性を活用した高性能フィルタと半導体を極低温に冷却した高感度増幅器からなる無線通信基地局向け前置端末装置サブシステムにおかれている。この前置受信装置は、信号の受信感度が高いと同時に干渉信号を除去する選択性能が優れている。当無線通信応用を支える超伝導技術は、十分実用に耐えるように開発され、ここ数年間にわたり、広範な採用に向けた激しい製品開発競争を主導してきた。実際、当技術の進歩は目覚しく、主な技術努力はHTSフィルタ技術それ自身ではなく、低温収納や冷凍機の組み込み及び全体的製品設計の面に注がれている。いまや、将来のニーズを先取りして、高性能デジタル無線用HTSフィルタ技術の改良努力が続けられている。

 今までの経過:ここで、無線通信ネットワークの発展経過を振り返って各世代ごとに簡単に跡付けてみよう。まず、第一世代あるいは、1 Gシステムについて言えば、これは、アナログ区画式システムであり、96年初めてHTSフィルタが登場した。HTSフィルタのメリットは、受信感度向上による受信区域の拡大にあり、数100台のHTSフィルタが1Gネットワーク中に設置された。多数の試用中、受信区域の拡大(カバー率向上)、音質改善及び受信失敗(脱落)率の減少等のメリットが実証されたが、カバー率の良さだけでは、広範な採用には至らなかった。第二世代(2G)ネットワークに対しては、話は違ってくる。

 2Gシステムでは、アナログ技術からデジタル技術への転換が進みPCS(Personal Communication System)も本質的にデジタル技術である。これらのシステムでは、CDMA.(符号分割多重通信)、TDMA(時間分割多重通信)、GSM(移動体式世界通信)等の規格を用いて、多数の周波数バンドで運用されている。このようなデジタル方式においては予想外の容量限界や深刻なカバー率問題、各電波間の干渉問題が生じる。2Gフィルタ装置にはこれらの問題を解決できる高性能特性が付与されており、経済面においてもメリットは大きくなっている。

 低速データ通信が実用化されるにしたがって、中間世代2.5 Gシステムが通信網に入りつつある。そして第三世代(3 G)の第一弾は、2001年に日本、韓国及びヨーロッパの一部に設置が計画されている。当システムの目標は、最初384kbit/sから始めて最終的には2 Mbit/sの高速データ通信(IMT-2000規格/1.9-2.2GHz)を実現するものである。当高速通信システムの構築により、音声及びデータ通信の情報伝達量は3ヵ年で12倍に増大すると予測されている。

 HTS技術の特長:HTS技術のメリットは、第一に各電波間の干渉を除去する良好な選択特性と同時に低挿入損失特性をもつ高性能HTSフィルタを創造したことである。高温超伝導体のマイクロ波帯での損失は殆どないので、多極例えば16極構成の"レンガブロック"特性を有する(図1)低損失フィルタを実現できる。つまり、所望の信号を100%通過させるとともに、他の信号を100%拒絶するもので、基地局受信器の前置きフィルタとして将来的には送信器用として使用できるだろう。高選択性のため、近接バンドの信号による干渉を防護バンドを設けることなく除去できるので、1バンド中に多数のチャンネルを収容できる。バンド間干渉による増幅率飽和や、音声信号の歪増大、データ通信の容量減少、質の劣化等の問題が解決できるのはもちろんのことである。

 第二のメリットは、受信器の低ノイズ化による周波数範囲の拡張と受信区域の拡大(カバー率向上)を実現したことである。これはHTSフィルタと極低温に冷却した超低ノイズ増幅器との組み合わせにより得られるものである。HTSフィルタは、他方式より高いQ値(蓄積エネルギーと消費エネルギーの比)を有しており、優れた信号/ノイズ性能を示す。半導体、例えばGaAs電界効果型トランジスタ増幅器をHTSと同じ極低温に冷却すれば、信号/ノイズ比は顕著に改善される。これらを組み合わせると低ノイズ高感度のフィルタ受信器が得られ、周波数範囲の拡張とカバー率の向上が実現するのである。

 第三のメリットは、近年の冷凍技術の進歩により60〜77K領域の簡易冷凍機が普段に利用できるようになり、HTSフィルタ装置の小型化を促進したことである。1台の冷凍機により、少なくとも12枚の薄膜を冷却することが可能であり、最近のHTSフィルタは冷凍機を含めても在来のフィルタに比してより小型である。近年、多数の基地局が過密地域に設置されるにしたがって、このメリットは重要性を増しつつある。

 需要予測:最近の無線通信分野の急成長に対応してプロバイダーの基盤設備投資が増大し、'97年は約320億ドルにのぼり、2002年には930億ドルに増えると予想されている。世界の無線通信基地局数は、ここ2〜3年で2倍以上に増大するだろう(図2 )。この背景には、音声通信量の増大傾向があり、多様な通信方式の開発と業者間の価格競争激化により加速化しているが、さらにデータ通信サービスが加わる。このデータ通信量は、無線インターネットサービス開始により、急激に増加するだろう。'99年にはデータ通信量は全通信量の2%以下であったが、2003年までに45%に急増すると予測されている(図3)。

 音声とデータ通信をあわせた全通信量は、ここ3年間で12倍に増大し、プロバイダーの設備投資を加速するだろう。もし、設備投資の大きさがこのようであれば、非常に穏やかな進出(例えば2〜3%)であっても、HTSフィルタの市場規模は莫大なものになるだろう。もちろんHTS製品の最終市場サイズは、技術的因子と経済的因子の兼ね合いで決まる。すなわち、高性能HTSフィルタのメリットが次世代システムにとってさらに重要になれば(将来干渉による性能劣化が致命的になる等)HTS技術は急速に普及するだろう。一方、HTSシステムの価格が最終的にいかに低減するかの問題もある。いずれにしても、市場サイズは数10億ドル台の規模になると予測されている。このような展望が米国内で数社が激烈な競争を展開し、日本および欧州で開発を推進している動因である。

 最近のSuperconductor Week誌(Vol.14, No.15)は、「Conductus社は米国の先行プロバイダーであるDobson Communications社との間で、今後2年間で最低200台のClear Siteフィルタ装置を購買するという契約を締結した。Dobson 社は、当契約の一環として2000年及び2001年初めに50台を購入する。近日中に、高速データ通信及びインターネット技術(TDMA、CDMA)を利用する自社の3 G通信網中でConductus社の高性能HTSフィルタを試験する計画である」と報じている。いまや、またとないビッグチャンスがHTS技術に訪れているといえよう。クライオデバイス社など日本勢の奮起を期待したい。

(相模)


図1


図2


図3