SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 5, Oct. 2000.

3.900MHz NMRで実測データを公表
_オックスフォード・インストゥルメンツ社_


 ここ数年、NMR(核磁気共鳴)装置は400 MHz(磁場強度9.3 T)以上のプロトン共鳴周波数をもつ高分解能超伝導磁石型が増え、日本国内だけでも累積1500台に達し、そのシェアはBruker社4割程度、Varian社3割強、JEOL(日本電子)が残りを占めるとされる。現在、最も高分解能の市販機種は800 MHzで、磁場強度は18.6 Tであり、減圧して超流動状態になった液体ヘリウム(2 K)を冷媒に用いるもので、超伝導市販磁石としては最高の磁場を有するものが使われている。さらに共鳴周波数をあげることができれば、蛋白質や生体高分子の構造解析において、分解能をより高めることができるため、21.1 Tの磁場を必要とする900 MHzへの展開は超伝導磁石(動作温度2.2 K、ボア径54 mm)の極限的性能を試すものとしてその開発が注目されていた。NMR用磁石は試料体積に見合った磁場の均一度と超伝導線材の接続抵抗に由来する磁場の時間変化を規定値以内に抑えねばならない点が、通常の磁石以上の技術を必要とする点である。

 1年程前NMR最大手のブルーカー社は900 MHz NMRの受注を開始、数台の注文を受けたとされている。しかしながら、1号機の励磁試験を終了したとの噂はあるものの、NMR信号そのものについては公表されておらず、その状況がNMRコミュニティでは注目されていた。一方、国内では金材研/神戸製鋼チームが同一磁場を永久電流モードで発生することに成功しているが、NMR装置までには至っていなかった。

 去る8月10日、オックスフォード・インストゥルメンツ社は、同社の設計・製作した21.1 T超伝導磁石を用いたバリアン社製900MHz NMR装置が実用レベルの特性を示したと公表した。これは、バリアン社のInovaタイプに設置され、7月24日以来実稼動し、NMRスペクトルが確かにより高分解能であること、磁場ドリフトが規定値以下であったとしている。このことは、磁場の均一性と高安定性を示すもので、磁場ドリフトは10 Hz/h 以下であった。さらに、信頼性テストの一環として、最大磁場から磁石の強制クエンチを実施し、元の900MHz磁場への復帰に成功した。

 同社は過去2年間に亘るマグネット設計及び材料開発プログラムを実施し、今回の成果につながったとしている。200A/mm2 の高電流密度を有する高性能Nb3Sn 線の開発、10-15Ωの低抵抗接合技術及び250MPa以上の応力に耐えるコイル形成技術等が新しい技術として開発された。また、同マグネットシステムの状態はリアルタイムの監視装置EMSの採用により保証されているとする。また、装置の使いやすさを重視した人間工学的設計が採用され、図1のごとく、同マグネットには螺旋階段が備えられ、運転者が容易にマグネット頂上へ到達できるようにしている。冷媒注入路は、床面にある重いタンクや冷媒容器から直接補充できるようになっている。同社は「このような開発により、超伝導マグネット設計及び製造における我が社の世界的地位はさらに上昇し、将来の開発への基盤を強固にしている。全て、900 MHzマグネットに用いられた技術は、我が社が1GHzないしは、それ以上の高磁場マグネット開発を進める道を開き、確実にするものである」と述べている。

 NMRは、いまや蛋白質、核酸、その他、生体高分子の3次元的構造を決定するための主要な道具となっている。そのような構造に関する知識は、諸疾患の分子レベルでの基礎理解を進め、治療薬の開発を進める上でも必要不可欠である。NMRは実際の物理的状態に近い溶液や複合体の形で構造を決定できる有利性と同時に高分子の動力学や運動特性を決定できる能力を有している。NMRはおびただしい数の新たな蛋白質の構造を決定することができ、構造遺伝子学において重要な役割を果たしている。この新型マグネットの登場はNMRを利用している科学者に有力な武器を提供する。図2は、このマグネットを用いたバリアン社NMRシステムにより測定されたスペクトルで、高解像能を示すものである。

 8月21日付けのSuperconductor Week誌(Vol.14, No.16)によれば、バリアン社上級科学者のS . Smallcomb 氏は、「興味深い事象は、900MHzか、それ以上で起こり始める。高分子は、磁場の方向に配向し始め、それが新しい構造情報を提供する。我々のシステムは本物の機器である。NMR装置は、安定な磁場を発生してデータを産み出さない限り、本物とはいえない。ブルーカー社は、1年前に900 MHz NMRシステムの開発を発表し、7システムの注文をとったが、それらの装置は、まだ、なんらのデータもうみだしてはいない」とコメントした。

 オックスフォード社東京支社営業部長のTony Ford氏は「新型マグネットの開発が日本に於ける生命科学研究の前進に大きく貢献するよう希望している。日本では、現在1500台以上の400〜800 MHz高分解能NMRが稼動しているが、本900 MHzマグネットは、これらNMR研究に日常使われているマグネットと同様の簡易操作ができ、かつ、同様の信頼性が得られるように設計されている。」と述べた。

 バリアン社の800MHz NMR システムは約200万ドル、今回の900 MHzシステムの価格は約500万ドルとされる。今回開発されたオックスフォード社の磁石は、当分の間、バリアン社に独占的使用権が与えられる模様。

 NMR市場はバイオサイエンスが脚光を浴びる中で我が国でも市場が急成長しているが、その高分解能化への競争も激しくなっている。そのための磁石製造はこれまでブルーカー社は内製、バリアン社はオックスフォード社が行い、JEOLは神戸製鋼の関連会社であるJMT社などによって行われてきている。今後さらに、1 GHzシステム(23.5 T)に向けて高温超伝導線材をブースターコイルに用いたシステムの開発が日米欧で競われており、 あるいは、金属線材として23.5 Tを達成できそうな線材の開発も金材研などを中心に進行中である。NMRの高分解能化をめぐって、超強磁場超伝導磁石は、当分、ホットな開発競争が繰り広げられそうな情勢である。

(こゆるぎ)


図1 マグネット外観


右:図2 90% H2O/D2O中1mMリゾザイムの飽和前スペクトラム