SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 5, Oct. 2000.

2.YBCOテープ線材に朗報_湿式量産型の方法で高臨界電流
_超電導工学研究所 名古屋研_


 2000年9月13日の日経新聞、日経産業新聞、日刊工業新聞によれば、超電導工学研究所(SRL)名古屋研究所において、TFA(トリフルオロ酢酸)−MOD(塗布熱分解)法*注)によるYBCO膜の開発でまた、新たな進展が見られたようである。報道によれば、原料溶液を高純度のものとし、これにより、均一な特性で大面積のYBCO膜を作製できた模様。5 cm径のLaAlO3基板上全体で5 MA/cm2以上、中心では11 MA/cm2ものJcを得ている。関係者によれば、Jc(電流密度)ばかりでなく、線材応用で重要なIc(電流値)も高まっているようで、開発が加速している様子が窺える。本紙(Vol.9, No.6)では6月に、同研究所が米国に追いつくJc特性を得たことを報告したばかりであるが、今回は、それに続く進展である。

◆大型長尺化(大面積化)
 TFA−MOD法*注)は、フッ素とY、Ba、Cuを含む原液を基板上に塗布して、空気中で熱処理するだけの簡単な方法であるが、原液の製造工程中で不純物が残ると、塗布段階ですでに不均一なものになってしまう。これにより、焼成後に焼きむらができ、満足な特性は得られない。これを解決するために、今回新たに、不純物を少なくした原液を開発したが、予想通り、5 cm径の大きなLaAlO3単結晶基板上での成膜が可能になった。これは従来の1cm角基板の実に25倍の大きさである(図1)。

 原液を開発した荒木猛司主任研究員によれば、「昼夜兼行で原液製法を検討してきたが、不純物を除去する生成工程が微妙であり、良い条件を見つけるのに非常に苦労した。本方法は、熱処理中の脱フッ素の過程が微妙であり、長尺、大型化に向かないのではとの意見もあったが、今回、良好な原液を使えば、長尺化に向けて熱処理の問題は解決できることを示せたことは大変うれしい。」と語っている。

 この大型基板の特性測定はSRL第7研究部の鈴木克己主管研究員らによりで誘導法により行われたが、図1の表に示すように5−11 MA/cm2(77 K,0 T)の非常に高い特性を安定して示すことがわかった。長尺線材化に向けて、今回の成果はスケールアップが容易であることを物語っている。

◆高臨界電流(Ic)化の見通し
 一方、線材化には、長さのほか、大きな臨界電流(Ic)も課題である。通常、YBCO膜の測定では、Jc測定部分を100mm程度にトリミングしてその幅でのIcを測定している。このため、通常、IcがmAのオーダーであり、線材開発関係者からは「Jcは高くても、やはり、少なくとも数十A級のIcを流してくれないと、実用化をうんぬんできない。」との声もあった。

 これに対して、線材化、膜の評価を行っている山田穣主管研究員によれば、「予想以上に素性の良い製法である。現在、所員一丸となって線材化を迅速に進めているが、さっそく、JcばかりでなくIcも高くなってきている。米国を追い越すためにも、全員で精力的に開発にしたい。」とコメントしている。

 今現在、幅10 mmの試料全体で10 A以上のIcを得ているようである。この値は、Jcにすれば60万A/cm2であり、すなわち、幅方向にも均一で高Jcを持ち、実用線材に使えるのではないか。発熱の影響もあるらしく、今回は予想より低めのIcであったが、実際は、この数倍はありそうである。現在、YBCO線材は、先行しているレーザーアブレーション法(PLD法)で、幅10 mmが考えられている。今回、単結晶上であるが、やはり同一の幅10 mmのバルクな試料で、Bi系線材並みのIcと20-30倍のJcが流せたことは、実用化への明るい材料である。

 また、Jcの磁場依存性も実用上問題であるが、これも、どうも他の製法のYBCO膜より数倍優れた特性らしい。山田穣研究員は、「これまでYBCO線材では、0 TのJcで比較されてきたが、使うのはあくまで磁場中であるので、今後は77 Kの磁場中、例えば5 Tでの値で、線材や膜の良し悪しを議論することになろう。」と語っている。

 本研究を指揮している超電導工学研究所名古屋研の平林泉部長によれば、「低コスト化についても、新聞発表では従来の1/10と言ったが、謙虚すぎたかもしれない。他の製法のように、真空チャンバーや高価なガス、反応管がいらないので、もっと安くなると思う。発表後、すでにいくつかのメーカー、研究所から、問い合わせが来ている。我々も開発を促進するために、これに注力すべく、大幅に体制を入れ替えて進めている。名古屋研は線材化がミッションであるが、今後もそれに向け精力的に活動していく。これから線材化を本格化させていくが、金属基板やスケールアップに伴う色々な技術が必要になるので、多方面の分野の方からご意見を頂き、協力して実用化を目指したい。」と語っている。

 なお、これらの結果の詳細は、10月14日からのISS2000(東京)および10月31日からの低温工学会(熊本)で発表される。

*注)TFA−MOD法:TFAトリフルオロ酢酸(CF3COOH)を用いた塗布熱分解法。Y、Ba、Cu(以下、Mと略記)の各酢酸塩または炭酸塩の原料とTFAから、CF3COO-Mを作り、これをゲル化して、溶媒に溶かして原液とする。これを単結晶基板上に塗り、800℃で水蒸気を含む空気中で熱処理する。溶液で調整するので、厳密にストイキオメトリックな配合が可能になり、また、YBCO生成途中でのBaF2+H2O→2HF+2BaOの反応の働きにより、良好なc軸配向膜が得られる。

(HiTc JAPN.com ハイテシー ジャパン ドット コム)


図1 TFA-MOD法による大型YBCO膜とそのJc(77 K,0 T)
分布(非接触誘導法):全ての測定個所で5 MA/cm2以上、
中心では10 MA/cm2の高いJcが得られる。