SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 4, Aug. 2000.

9. 第5回誌上討論
「次世代線材開発プロジェクトの進展について」


 4月号で予告したように、今回の誌上討論会では、わが国で昨年6月スタートした「次世代線材プロジェクト」(本誌Vol.7, No.1に掲載)の進展を取り上げます。

 Y系あるいはNd系(HTS)厚膜テープは高温磁界特性が本質的に優れ、次世代線材の最有力候補と目されており、日米を中心に世界的な開発競争が繰り広げられています。日本勢は3次元配向超伝導層製造法の先鞭をつけましたが、米国勢はそれを急追して高性能厚膜テープの開発に成功しており、さらに日本勢がそれを巻き返すという展開です。

 今回の誌上討論参加者は、本線材開発プロジェクトに参加している次の方々です。(敬称略)

 飯島康裕 フジクラ 材料技術研究所主任研究員
 大松一也 住友電工 電力システム技術研 超電導研究部主席
 芳野久士 東芝 開発センター研究主幹
 渡部智則 古河電工 超電導開発部主研
 長谷川隆代 昭和電線電纜 無機・金属材料開発室超電導グループ長
 塩原融 超電導工学研 第4研究部長
 和泉輝郎 超電導工学研 第4研究部主研
 塚本修巳 横浜国大電気工学科教授

1.各製法の特徴と問題点の摘出

Q1:HTS厚膜テープ(coated conductor)向け基板製造法及びHTS厚膜形成法の端緒を切ってIBAD法(フジクラ)が提案され、それに改良型のISD法(住友電工)が続き、最近は第3の製法とも言えるLPE法(SRL)あるいはMOD法が発表されている。各製造法の比較的な特徴は何か、いかなる発展可能性を有しているのか、そして現在までの到達点(@JcAテープ長B製造スピードetc)はどこまでか、また、Jcがまだ低いなどの問題点とその解決策をお伺いしたい。

A1-1:IBAD法(飯島):IBAD法は高特性Y系膜を金属基材上に形成する方法として最初に見出されたものですが、今のところ最も安定に高特性が得られていると言えます。これまでに、5m長のYSZ中間層をIBADで形成したハステロイ基材上に、レーザ蒸着法でY系膜を積層し、4m長で0.25 MA/cm2を達成しています。米国LANLでは、同じ方法で1m長でほぼ1 MA/cm2を達成しています。現状のプロセスの最適化の範囲で、1 MA/cm2級のJcで長さを伸ばしていくことは不可能ではないと考えています。2002年までに条長100 mの線材を開発する予定で開発を進めています。

 IBAD法の第一の特徴は、ランダムな耐熱金属テープ上で低温で直接2軸配向性を得られる結果、平滑性が保たれた高強度のフレキシブル基材として機能していると思われる点です。圧延集合組織を利用する必要がないため耐熱性の高い合金基材を使用でき、さらに低温で中間層を形成する結果、金属の再結晶等に伴う粗さ劣化の影響を極めて少なくしていると思われます。それに加えて、イオンビームの広がり角調整によって鋭い配向制御が可能で、かつ中間層の成長表面が非常に平滑なため、極めて2軸配向性の良好なY-123膜を形成することができます。さらに、中間層の粒径がY-123膜の結晶粒よりはるかに小さいので、大傾角の粒界がテープ幅方向に連結して通電特性を制限する確率(所謂パーコレーション問題)を最小にしていると考えられます。このように、IBAD中間層は、通電特性の良好な多結晶Y系膜の成長にとって有利に働く要素を多く持っていると考えています。

 問題は製造速度で、現状ではIBAD中間層で0.1 m/h、超電導層で1.0 m/h程度です。IBADについては現在1.0m/hで生産できる設備を立ち上げ中です。超電導層は、700℃前後で安定してY系膜が成長するレーザ蒸着法を用いて積層しており、これも今後さらに高速化を検討していきます。気相プロセスであるため一気に低コスト化することは困難ですが、材料面の基礎検討を含め、生産速度向上のための努力を継続していきます。

A1-2:ISD法(大松):ISD(Inclined Substrate Deposition、基板傾斜成膜)法は、スパッタ法や真空蒸着法やレーザー蒸着法などのいわゆる物理蒸着法において、蒸着物質が堆積・成長する際に基板を傾けることによって、他の手段の助けを借りることなく自己配向(c軸およびab軸)する手法である。東京電力と住友電工では、1993年に超電導層/中間層/金属基板の多層構造において、初めて無配向金属基板上へのYSZやCeO2などの中間層にレーザー蒸着法を用いてISD法を適用し、その上にレーザー蒸着法により成長させたYBCO層で高Jc(〜105A/cm2)を確認した。それ以来、約10年間に亘ってこの手法により長尺線材化技術の開発を進めてきた。

 レーザー蒸着法によるISD法で作製したY系薄膜線材の現在までの到達点は、個々の要素技術としては以下のとおりである。

(1)Jc:4.3×105(A/cm2,77 K,0 T),(2)テープ長:6 m(中央の5 m領域で、Jc>1×105(A/cm2,77 K,0 T)),(3)製造スピード(YSZ中間層):1.2 m/hでFWHMが25度前後(この上に成膜したYBCO膜でJc>104(A/cm2,77 K,0 T))、0.7m/hでFWHMが20度前後(この上に成膜したYBCO膜でJc>105(A/cm2,77 K,0 T)),(4)厚膜化:YBCO層が4ミクロン(Jc=1.7×105(A/cm2,77 K,0 T)、Ic=62 A)

 最初に述べたISD法の特徴から考えて、各々の要素技術の特徴や問題点は以下と考えられる。

(1)Jc:中間層が傾いて成長する結果、その上に成長させた超電導層のc軸の傾角や面内配向性への影響があることが問題点。Jc>106(A/cm2,77 K,0 T)への到達の見通しを早急に得ることが重要。(2)テープ長や製造速度(中間層):物理蒸着プロセスや設備能力に依存するため、装置能力と結晶成長速度の見極めが必要。基板材料に依存しないため応用からの要求特性に合わせた基板選択が容易というメリットがある。(3)厚膜化:ISD法では超電導層の厚膜化によるJc低下は今のところ観測されておらず、他の手法と比較してメリットの可能性有り。(4)配向メカニズム:現時点では不明である。自己配向メカニズムの解明を行い、実用特性(高Jc、厚膜化、成長速度向上、等)獲得へ向けた開発に継続していくことが必要。

A1-3:Ag系配向基板法(芳野):Ag系配向基板法の最大の特徴は、Ag基板への直接成膜である。これによりバッファ層形成や、YBCO膜上への安定化層形成が省略でき、プロセス的に大幅な低コスト化が図れる。成膜は現在PLD法で進めている。将来的にはLPE法、MOD法など高速成膜法を組み合わせることで長尺化、厚膜化を考えている。AgはYBCOと殆ど反応しないため、金属基板として使用できる唯一の金属である。高Jcを得るには面内配向が必要であるが、単結晶Agを用いた我々の実験でAg(110)上にFWHMで約5度の値を得ている。従って基板をうまく作製できれば、Ag基板上にも高JcのYBCO膜を形成できる可能性を持っている。

 ところでAg基板の場合、いくつかの課題を有している。一つはAgの強度が弱いため、長尺線材を作製しにくいという欠点である。またAgはYBCOと反応しにくいものの成膜初期にYBCOのCuがAg基板へ微量拡散し、結果的に高いJcの膜が得にくい課題がある。さらには同じfcc金属のNi、Cuと違って、高度な集合組織を得にくい欠点がある。しかしこれらの課題について研究が進み、日立では(100)<100>のcube textureが、また最近ではGeneva大学で(110)<011>の集合組織テープが得られたという報告がある。しかし純Ag上で105 A/cm2以上のtransport Jcが得られたという報告はないようである。

 我々はCuを微量添加したAg基板について2×105 A/cm2 のJcを得ているが、Cuを添加した場合いろいろな効果があることが分かってきた。たとえば基板へのCu拡散抑制効果の他に、表面の平滑性向上効果、結晶粒の微細化効果等が認められ、これらがJcの向上に作用している。またCuを添加すると新しい集合組織(210)<120>が得られることを見出した。純銀の場合集合組織は、残留歪、結晶粒径、純度の影響を受け制御しにくいが、Cu添加Agは制御しやすい。しかも(210)面上でもYBCO膜が面内配向することが明らかになっている。一方、高強度化についてはNi合金とのクラッド化により、純銀の約5倍の耐力(80 MPa)を得ている。この程度の強度があれば長尺成膜は十分可能と考えている。現在まだ作製条件の最適化途上ではあるが、クラッドテープ上にYBCOのFWHMが約22度、Ic=12.2A、Jc=1.4×105A/cm2が得られている。今後、表面性向上と配向性向上を図ることにより、あと数倍は向上できると期待している。また最近、粒界へのCaドープによるJcの改善効果が報告されており、FWHMが大きいYBCO膜にとっては朗報である。

 長尺化については今年度導入する装置で進めていく予定である。これまでAg-Cuテープに 長さ1m、成膜スピード0.3 m/h 、Jc=0.6〜1×105 A/cm2 を得ており、新装置の導入が待たれる。またクラッドテープについては現在長さ10mを得ており、100m以上も基本的には問題ないと考えている。

A1-4:Ni系配向基板法(渡部): Ni系配向基板を使用するHTS線材の作製方法では、アメリカのオークリッジ国立研が開発したRABiTS法が代表的で、Ni系材料に圧延と熱処理を施すことによって集合組織を有する配向基板を作製し、それをテンプレートにして中間層と超電導体層を気相法で成膜している。我々は、超電導工学研究所と共同で開発した表面酸化エピタキシー(SOE)法により、金属基板だけでなく中間層までも圧延と熱処理によって形成する線材作製方法の開発を進めている。SOE法は、集合組織金属テープを適当な温度と雰囲気の下で酸化することにより、基板金属の酸化物層をエピタキシャル成長させ、中間層として用いるものであり、SOEに適用可能な材料の代表がNiである。プロセスが圧延と電気炉での熱処理だけなので、短時間で基板作製が可能である。

 基板に関しては、純Ni基板だけでなくステンレス鋼やNi系合金をニッケルで覆った複合材にSOE法を適用して、高強度で低磁性の基板の開発も行っている。現在までには、純Niで100m級のNi配向基板、10m以上のSOE基板を、複合材で20mの配向基板と5mのSOE基板を作製し、線材全長に渡って高度に2軸配向していることを確認した。一方、超電導体の成膜では、SOE-NiO層にMgOのキャップレイヤーを形成した後、レーザー蒸着(PLD)によって超電導体層を成膜した短尺試料でJc=3×105 A/cm2(0 T, 77 K) 、Jc=1×104A/cm2(4 T, 77 K)を得たが、メートル級の超電導線材の作製には未着手の状態である。先述のキャップレイヤーの厚さは数十nm程度でよいため、気相法での形成も大きな律速にはならず、製造速度は超電導層の成膜に大きく影響されると考えられる。

 今後は超電導層の成膜実験の結果を、基板作製にフィードバックをかけて超電導線材の長尺化、高Jc化を検討することが重要と考えている。超電導の成膜方法については、前駆体を電子ビーム蒸着した後、熱処理で結晶化させるex-situ 方式を検討する。前駆体は非結晶状態で成膜するため、成膜速度が速く、SOE基板との組み合わせは製造速度の向上に有効と考える。

A1-5:MOD法(長谷川):MOD(Metal Organic Deposition)法は、有機金属原料を有機溶媒に溶かして均一な溶液を作製し、これを基板上に塗布した後、熱分解を行い結晶化する事によって薄膜を得る手法である。MODプロセスが持つ最大の特徴は、プロセス全体が非真空系で構成されるという事にある。この為に他のプロセスと比べると、設備とランニングコストを低く押さえる事が可能となり、最も量産性に優れたプロセスと考えられている。

 次世代線材として期待されているY系ないしNd系厚膜線材は、従来のBi系線材に比べて銀を使用しない場合も可能である為に材料コストが低減する事も考えられ、低価格の線材を提供するものとして注目されている。主に検討されている原料は、ナフテン酸塩、オクチル酸塩、トリフロルアセテートの3種類である。特に米国では超電導線材の実用化には線材コストの低減が必須の条件であると声高に言われており、TFA原料を用いたMODプロセスの研究が盛んに行われている。

 MOD法の出発原料は、構成元素の金属有機酸塩を通常使用するが、殆どの金属元素は有機酸塩の合成が可能である為、表面が平滑でかつ配向した中間層物質の作製が将来可能となれば、線材の低コスト化と生産性は飛躍的に向上するものと期待される。

 TFAを原料に使用したものは、基板にハステロイ/IBAD-YSZ/CeO2を使用した20cmの試料でJc=3MA/cm2をLANL(米)のグループが作成している。長さを求めなければ、複数のグループでJc>1MA/cm2を達成している。国内ではSRLのグループが単結晶基板の上で、Jc>1MA/cm2を達成したと聞いている。他の有機酸塩原料を使用した場合、減圧酸素の雰囲気においてLaALO3やSrTiO3単結晶基板の上に面内配向を達成した報告例が有るものの、金属基板上で面内配向膜を形成し、高Jcを得た例は殆ど無い。その為、面内配向を制御できるTFA原料と比べるとJcは低く、昭和電線のグループが長さ5mの多結晶銀テープ上に作製したJc=15 kA/cm2のY系膜が金属基板長尺試料の報告例として唯一と思われる。MOD法の鍵は、金属基板上に質の良い面内配向膜を如何にして安価に作製するかという点にかかっていると思われる。長いものが作製されていないので、具体的な製造速度を議論する事はMOD線材に関して現状では難しいと思われる。

A1-6:LPE法(和泉): LPE法の最大の特徴は熱平衡に近い状態での成長プロセスであることにより、プロセスが確立した場合には再現性がよく安定性の高い製造が可能になる点である。また、高い成長速度で単結晶likeな高い結晶性を維持したままで厚膜化が可能でもある。成長速度の点では、次世代線材プロセスの一般的な成膜方法として考えられている他の気相法の成長速度(0.01〜0.1μm/min)に比べて、10〜100倍以上である数μm/minの速度が可能であり、Y系材料に比べて過飽和度が大きくとれるSm系やNd系では更にその5倍以上の成長速度が可能である。厚膜における結晶性に関しても、気相法による膜で膜厚が2μmを越えると極端に結晶性が低下し電流が流れなくなるのに比して、単結晶MgOの上ながら膜厚の増加と共に結晶性を示すX線の半値巾が小さくなり結晶性が向上しており、10μmの厚さにおいても105 A/cm2のJcを維持している事が証明されている。これは、次世代線材開発の大きな目標である高Ic化、高Jeを可能にするプロセスであるといえる。また、MgO単結晶上の検討においてLPE成長に必要な種膜の結晶性があまり高くない場合においても、LPE成長初期に選択成長機構が働き、面内配向性が向上する利点も確認されている。

 一方、LPE法の最大の課題はプロセス温度が高く、使用する溶液の反応性が高い点である。Y系材料で約1000℃であり、Sm系及びNd系では更に50〜70℃高い温度での成膜が必要となる。この課題に対して、二つのアプローチで解決を試みている。一つは、反応性の比較的低い銀基板を用いたプロセスである。この場合、溶液と基板の反応は防げるものの上述成長温度では銀が融解してしまう問題があった。これに対して、溶液に対して銀及びフッ素(BaF2)を添加し、低酸素分圧雰囲気及び溶液組成を制御することにより成長温度を低下させることに成功し、銀テープ上での成長を可能にした。同プロセスでは、長尺炉を用いて10cm級の成膜に成功している。一方、応用範囲の拡大を考慮し、ハステロイ等の高強度金属テープ上への展開の試みも行っている。同法では、高融点金属を選択することにより融解の問題は無いものの、溶解反応を抑制する必要がある。比較的反応性の低い中間層を配した場合においても溶液に対して溶解度を有するが為に溶失し、金属との反応を抑える事は困難である。そこで、溶液に予め中間層材料(MgOやNiO)を過剰添加することにより中間層材料の飽和状態を作りだし、中間層の溶解を抑制し、金属基材保護を実現している。同法では、この飽和溶液から成長させたLPE層上に無添加溶液から再度LPE層を成長させる構造を提案し、ハステロイ上で実際に成長に成功している。現状では1cmの短尺試料での原理検証に留まっているが、長尺装置の立ち上げも終え、今後長尺化、高特性化へ進んでいくと考えられる。また、厚膜化が可能であるものの、その際の機械的強度特性は明らかにされていない点に危惧があり、この観点からの臨界膜厚や両面成膜等の検討が必要となる。加えて、成膜後の状態では正方晶であるがために酸素導入熱処理が必要である上に、結晶性が高いことにより長い時間の熱処理が必要とされると考えられる。

2.HTS厚膜テープ実用化の課題

Q2:厚膜テープの実用化を図るためには、Q1の基本性能の改良に加えて基板及び安定化層を含めたoverall Jeを向上する必要があること、長尺化は少なくとも100m、将来的には1kmであること等が課題である。機械的特性及び安定性を含めた量産化技術の開発は何処まできているか、目標製造スピードとその見通しはどうか、お伺いしたい。

A2-1:IBAD法(飯島):実用化にあたっては、まずJe向上のためにIcをより向上させる必要があります。現状ではIc値は1m長で50-100A程度であり、Jeは5000-10000 A/cm2程度です。基材厚さについては現状80-100ミクロン程度ですが、30ミクロン程度が機械的な限界かと思います。仮にJe=0.1 MA/cm2を目標としますと、両面成膜をしてもYBCO膜の膜厚2ミクロン以上で1MA/cm2を維持せねばなりません。現状では2ミクロン前後でJcが急落する傾向があり、今後その原因究明と対策が待たれるところです。機械的特性については、現状のハステロイ合金テープを用いた試料で0.4%の曲げ歪みに対してほとんど劣化がおきません。今後はより薄い基材、あるいはSUS等の廉価基材でこれを確認していくことになります。

 IBAD中間層の線長については、低温プロセスのため不安定な成膜パラメータが少なく、また最近のRF放電式イオンソースは数百時間連続運転可能なので、100 m以上は充分達成可能と思います。今の製造速度のままでは実プロセスにはなりにくいですが、成長メカニズム等未だ不明な点が多く、新材料の検討を含めて当面3m/h程度を目指した改善を行っていく予定です。一方超電導層については、レーザ蒸着における成膜温度、ターゲット表面状態等、調整すべきパラメータが多く、100 m以上を達成するまでには一層のノウハウの積み上げを要しますが、設備面の整備があれば克服可能と思います。レーザ蒸着の生産速度については、膜厚との兼ね合いがありますが、10 m/hを目標に改良を検討していきます。

A2-2:ISD法(大松):膜成長速度が比較的早い物理蒸着法を用いて、材料とプロセスの選択・最適化を行い、レーザー蒸着法によるISD中間層成膜法をベースとしたY系薄膜線材の開発の見極めを次世代線材プロジェクトの第一フェーズ終了までには行う予定である。現時点の我々の担当である中間層成膜技術開発の指針としては、相対的な因子(蒸着源の大型化や成膜領域の拡大による長尺化、製造スピード向上)は、将来の実用化時点でやるべきことと考えて、絶対的な因子(単位面積当たりの成長速度の向上、106(A/cm2,77 K,0 T)を目指した開発)の向上に注力している。中間層としては、現在の0.7 m/hをベースにして、相対的な向上手法を採用しなくても、絶対的な成長速度としてプロジェクトの目標である1m/hの検証はもちろん、10 m/hへの可能性も判断できると考えている。さらに、その上の超電導膜で106(A/cm2,77 K,0 T)のJcが確認できれば、応用側からの要求特性を得るためにコストがどの程度かで、この手法が将来の量産技術として適用可能か否かが判断できよう。現時点では、基板材料に依存しない配向膜製作が高速で可能という点で、本ISD法は中間層成膜手法として最も優れている手法の一つであり、たとえばLPE法などの超電導層のブレイクスルー技術の進展と合わせて、将来のY系薄膜線材製造のベース技術として生き残ると判断している。

A2-3:Ag系配向基板法(芳野):実用化のためには少なくとも長さが100m以上、Jeもできるだけ高いことが望ましいが104 A/cm2 程度あれば十分だろう。現在の我々の研究では基板開発に重点を置いているため、膜厚が0.5μm程度でJeは十分ではない。今後、基板の表面性向上、基板の配向性向上により現在のJcを数倍向上させ5×105 A/cm2 として見積もると、膜厚2μm(両面成膜)、基板厚100μmでちょうど104 A/cm2 のJeが得られることになる。問題ははたしてPLD法で速度、コストを含めて本当に実用レベルの線材が作製できるかどうかで、最終的にはMOD法、LPE法など非真空系の高速成膜法になるのではと考えている。その際、純Agでは100μmの板厚では強度的に長尺成膜は難しいが、クラッドAgであれば十分可能と考えている。またLPE膜作製にはシード膜が必要であるが、シード膜としては緻密で面内配向していれば200 nm程度の厚さで良い。この膜厚程度であれば今後導入する装置で数m/h以上の成膜速度は十分達成できると見ている。

A2-4:Ni系配向基板法(渡部):超電導層の膜厚の増大はJcの低下を引き起こし、Icの増大にはならないという報告もあり、Jeの向上には超電導体層の高Ic化だけでなく基板厚さの低減も必要である。純Niテープでは100μm以下の厚さでは機械的強度が不足しハンドリングが大きな問題になる。そのため、SOE法の基板作製ではステンレス鋼やNi系合金との複合化による高強度化を図り、厚さ100μm 以下の長尺高強度配向金属基板の機械強度に関しての課題克服の目処はたった。また、基板は圧延と電気炉での熱処理で作製でき、比較的短時間でよい。しかし、超電導成膜に関しては高Jc化に取り組み始めた段階で、製造スピードを議論できるまでには至ってないのが現状である。電子ビームによる多元蒸着では、膜厚1μmで成膜速度を数m〜10 m/hとすることは可能であると考えられるが、その確証が早期に得られるよう鋭意努力している。

 また、線材の実用化を目指した量産化技術という観点では、安定した特性が線材の全長にわたって得られなければならず、テープ全長にわたる評価などもさらに充実させていく必要があると考える。

A2-5:MOD法(長谷川):量産化についてMOD法は、他のプロセスよりハードルが低いと考えられている。溶液を長尺の金属基材表面に均一に塗布する手法は、オクチル酸塩で培った方法を応用する事で十分適応可能である為、通常のMOD原料では問題無いと考えられる。しかしTFA原料の場合、溶液の揮発性が他と比較して高いために前駆体膜作製の工程(長尺)に於いて、溶液粘度の制御が難しくなる事が予想される。工程の全体にわたり溶液粘度を如何に維持するかという点で、装置の開発を含めた検討課題が長尺化を図る上で重要となる。また複雑な本焼成の温度プロファイルを長尺試料の熱処理に如何に反映させるのかも、今後の検討課題の一つである。MOD法の長尺化へのハードルは、先に述べた検討課題以外に本質的なものが残っている。MOD法による厚膜のJc向上の道は、超電導厚膜が面内配向を取るのに適した金属基板、ないし中間層付金属基板を用意する事が重要である。現状、厚膜が面内配向を取る様な金属基板の入手は難しい為、どうしても質の高い中間層付金属基板が必要になる。前駆体、本焼成膜の製作技術が確立されたと仮定した場合、線材作製速度を律則する基板材の強度は大きい物、中間層付クラッド材や合金が望まれる事になると考えられる。

A2-6:LPE法(和泉):LPE法に於けるJcの向上に関しては、前項での利点で説明した通り、中間層における配向の完全性が重要な因子となる。中間層での配向性が高ければ、LPE成長による選択成長機構によりLPE層も同等の配向性が期待でき、高いJcが実現出来るものと考えられる。中間層までの配向性に関しては、本プロジェクト内での基板配向技術(SOEを含む)や中間層配向技術(IBAD, ISD)との複合化により実現可能であると考えられる。製造速度に関しては、Y系での数μm/minの成長速度を基に試算するとLPE層が成長する溶液への浸漬長及び目標膜厚に強く依存するが、仮に20 cmの浸漬長、1 μm/minの成長速度で5 μmの膜厚を得るには2.4 m/hの製造速度となる。この速度は、浸漬長の増加と共にまた、過飽和度を制御し成長速度を向上させることにより向上する。特に、Sm系やNd系では数倍の速度向上が可能である。また、両面成膜や一つの坩堝内で平行して複数本のテープ成膜が可能になれば更なる実質的製造速度の向上が見込まれる。従って、全ての最適化がなされれば10m/h以上の製造速度も可能であると考えられる。線材長及び量産化技術に関しては前項で記した通り、長尺化の検討を始めた所であり、課題抽出作業をこれから開始し、それらを解決して行かなければならない。但し、成長に伴い発生する潜熱の除去が定常的に出来る構造が実現できれば連続成長は原理的に可能であると考えられるが、厚膜時の機械的特性や成膜後に付着、凝固するフラックスの除去方法等の解決すべき課題は残っている。

3.HTSコスト/性能要求(DOE目標について)

Q3:HTS厚膜テープ実用化の決め手はコスト低減策と考えられる。本誌Vol.7,No.1に掲載の「DOEの価格目標」記事中には@挑戦的なコスト/性能目標(10ドル/kAm)とA5年間の意欲的な実現時期(2002年)が述べられているが、この目標の実現性についてどのようにお考えか、各製法では@及びAについてどこまでいくか、お伺いしたい。

 また、最後に米国勢と開発競争の中にある皆さんの抱負、あるいは自信をお聞かせください。

A3‐1:IBAD法(飯島):コストについて今予測し得ることは限られますが、気相合成法はどうしても原料収率が悪い上に設備も高価になりますので、現状でDOE目標を目指すのは現実的でないように思います。DOE目標ではIc=1 kAを求めているわけですから、現状Jcでは10ミクロン程度の超電導層が必要で、燒結体ターゲットのコストだけで数10$/m程度はかかると思われます。これに設備償却費を加えると、現在の生産速度ではさらにその数倍になります。仮にIc向上、線速向上等の課題が克服されるのであれば、100$/kAm程度が目指せる領域になるかとは思われますが、実現時期は早くても2003年以降と思われます。

 Y-123線材は未だ基礎開発段階にあり、どのアプローチを選ぶにしても安定した長尺合成を実現するまでには多くの努力を要します。まずは不確定要素が少ない方法を使って線材と呼べる条長に持っていくことが必要で、IBAD法には当面Y系線材開発のモチベーションを維持するための牽引車の役目があるかと思います。IBADが最終的に工業プロセスとなり得るかどうかは、生産速度向上等、今後の進展を待つ必要がありますが、前述致しましたように特有の長所を多く持っており、Y系線材実現に至るまでに果たすべき役目は多いと考えています。日本で開発され、Y系線材開発の起爆剤となったプロセスとして、これからも欧米に負けない結果を出し続けていくつもりです。

A3‐2:ISD法(大松):コスト/性能目標として提示されている10ドル/kAmの実現性や実現時期については、装置に依存する部分が多く現時点では判断が難しい。私がかつてこの問題についてオークリッジのGoyal氏に「Y系の薄膜線材は設備費やガス費用など非常に高く、必ずしもコストが安いとは言えないのでは?」と尋ねた時、「量産段階では設備費と人件費は最終的には限り無く零になり残るのは材料費。このため、ビスマス系に比べて、金属基板のY系はコスト的に有利である。」との回答があり、大陸的な発想で驚いた経緯がある。米国でこのコスト/性能目標をどの程度定量的に試算しているかは判らないが、我々は国内のマーケットや競合技術を見極めながら、数値目標や達成時期を開発シナリオと共に検討していくべきであろう。

 米国との競合については、最後は日本の研究機関や民間企業が保有している特許が有力な武器になると考えている。この意味でも、材料は最終的にはSm系やNd系をトライしていきたい。米国で開発された手法の追試は原理検証実験の範囲では結構であるけれども、日本としては国のプロジェクトであればなおさら国内技術に重ねて投資していくべきで、我々は継続して投資してもらえるようISD法を磨いてゆきたい。

A3‐3:Ag系配向基板法(芳野):DOEが2002年末までに1000 m、10 $/kAmを達成する目標を立てたが、残り2年半で達成するのは多分不可能だろう。非真空系での成膜に大幅な注力を図るという情報もあるが、コストを度外視すれば100 m程度は達成できるかもしれない。日米におけるリソース、解析力、経済の勢いの違いを考えると、日本より1年位早く作り上げる可能性は高い。

 Ag系配向基板についてはまだコスト/性能目標、1000 m達成時期の見通しをいえる段階ではない。とにかく2002年までに計画目標である10 m、105 A/cm2を達成させ技術的な見通しを得たい。一般にAgは貴金属で価格が高いという先入観があるが、クラッドで10μm程度まで使用量を減らせるので材料費としては高くない。他の作製法でも安定化材としてAgを成膜すると、成膜の歩留まりを考えればクラッドAgの方がAgを100%利用できるだけに安くなるだろう。また成膜プロセスコストを合わせて考慮すると全体的なコストは有利と考えている。米国ではAg基板に関する研究は殆ど行われていない。むしろヨーロッパで基本的なところから着実にAg基板を用いた成膜を進めており、ヨーロッパ勢に脅威を感じる。ただし純Agでは強度的に無理で、やはり我々が進めているクラッドへ展開せざるを得ないだろう。長期的な観点から、拙速することなく着実に研究開発を進めたい。

A3 - 4:Ni系配向基板法(渡部):DOE目標については、線材長など現実からの乖離が大きくなり、目標に追いついていくことは大変厳しいと思われる。10 $/kA-mというコストに関しても、量産化によってコストダウンされたNbTi線材に匹敵する値であり、実用段階には到達すべきレベルではあるが、現在の状況では期限内に到達することは難しいと推察される。米国の厚膜テープのJcは優れており、評価すべき点は多いが、量産化の段階に移行するには様々な点で乗り越えなければならない課題が残されていると考える。

 SOE法は製造速度が速く、コスト面では有利な基板作製方法であるが、超電導体成膜方法によって超電導線材全体のコストや製造速度は支配されると考えられ、現時点ではコスト、製造速度とも具体的な数値は明らかになっていない。しかし、SOE基板の長所を十分に活用できる超電導体や中間層の成膜方法との最適な組み合わせによって、次世代線材の開発競争の中、コスト面では優位に立つ可能性を十分にもっていると考えている。そのためには、本線材開発プロジェクトがISTECを中心として、オールジャパンで取り組んでいかなければならないと考えている。

A3 - 5:MOD法(長谷川):MOD法の厚膜線材についてコストを考えると、原料代が現状割高になっている。これは原料の製造が、実験室レベルで製作している事に起因するものであり、使用量が増えて工業的生産レベルに移行すればコストダウンが可能になると考えている。一方コスト試算に当たり、我々が不明な要因は長尺の中間層付金属基板の価格がどのくらいになるかという事にある。貴金属である銀の使用を極力押さえれば、コスト的に低価格に向かうであろうが、中間層の製造コストが加算された状態で基材のコストがどの程度に落ち着くのかが現状では読めない。

 TFAを使用したMODの研究開発は、米国においてかなり組織的かつ精力的に行われているのに対し、この分野を研究している機関が日本には少なく厳しいものがある。幸い、少ない資源を有効利用できる様にSRLを中心に体制が整備されてきているので、我々はなるだけ早い時期に米国の現状に到達して、次の長尺化・低コスト化へのステージに向けて努力するのみである。

A3 - 6: LPE法(和泉):コスト性からLPE法を考えると、まず、特殊な成長条件を除いては大気中での成長が可能であることから大掛かりな真空容器、設備が不要である点が挙げられる。これは、初期投資と共にユーティリティーに関するランニングコストが安価に抑えることが出来ることを示唆している。坩堝や原料に関しては、現状で安いとは言い難いが、一回の溶液は1ヶ月以上維持することが可能であり、途中でのリチャージも原理的に可能であることと、将来量産化に伴う価格低減を考慮すると大きな障害にはならないと考えられる。また、前項で高速化及び両面成膜等はコスト低減に大きな効果をもたらすと期待できる。むしろ、中間層や種膜の形成に必要となる気相プロセスとの組み合わせが必須である点が懸念される。但し、これらの気相プロセス層に関しては、他の気相プロセスのみの場合に比べて厚い膜を必要としていない事から、高い製造速度を維持することが可能であり、これらのプロセスに比べてランニングコストは大幅に低減されるものと考えられる。現状では、定量的なコスト計算は行っておらず、掲題の数値への実現性を議論する段階には至っていない。

 最後に、LPE法はこれまで検討されている中で高特性を維持したままでの厚膜化が可能であることによる高Je化が可能であるプロセスである。現在は、原理検証から金属基板上での長尺化、高特性化へ移行したばかりではあるが、確実に課題を解決して前進しており、今後、他のプロセスとの効果的な複合化を含めて、必ずやインパクトのある革新的プロセスとして成功するものと信じている。

4.次世代線材開発への期待と課題について

Q4:超電導応用関連の第一人者であられる塚本先生には、高温超電導・交流応用の観点から、Y系線材への期待とその課題について述べてください。

A4:期待と課題(塚本):交流応用の観点から、Y系線材に期待するところは高いJc(超電導体部分の臨界電流密度)により交流損失の低減が可能になることで、さらに、磁界性能が良いこと、価格が安くなる可能性があることも大いに期待するところです。

 交流損失は大別して、線材に交流を通電することにより生じる通電損失と、線材に印加される外部交流磁界による損失とがあります。Y系線材のJcが高いこと超電導部が薄膜構造であるということ、これらが損失の低減に大いに役立ちます。

 まず通電損失についてですが、実験結果と良く合うNorrisの解析式によれば、線材1mあたりの通電損失(W/m)は、超電導層の断面が、もしBi系銀シ−ス線材のように楕円と見做せる場合はほぼJc2i3fに比例し(Jc:線材の臨界電流密度,i:交流通電電流のピーク値をIcで割った値,f:交流周波数)、Y系線材のような薄膜の場合はJc2i4fにほぼ比例します。即ち、Jcおよび通電電流が同じでi=0.5とすればY系線材の場合は通電損失がBi系線材の1/2になります。

 外部交流磁界に対する単位体積あたりの損失(W/m3)は外部磁界が一定ならばJc d・fに比例します(d:超電導薄膜の厚さ、ただし外部磁界は超電導薄膜面に並行に印加されると仮定)。線材の通電容量を一定とすればJcdの値は一定なので、損失の単位体積あたりの値はJcに依存しません。しかし、Jcが大きければその分超電導体の体積が減るので結局Jcに逆比例し線材の単位長さ、単位電流あたりの損失は減ります。その意味でJcの大きいY系線材が有利です。ただし、外部磁界が線材の薄膜面に垂直になる成分を持っている場合は損失は大幅に大きくなり、これの対応を考える必要があります。ただし、これはBi系銀シ−ス線材も同じですが。現在、高温超電導の交流応用で最も有望であると考えられている電力機器は電力ケーブル、変圧器、限流器です。電力ケーブル、変圧器では超電導線材に印加される外部交流磁界は小さく通電損失が主体であると言う意見もありますが、本格的な実用機器を想定すると外部磁界は意外に大きくこれによる損失の低減がカギになります。我が国で構想されている66 kV〜70 kV/1 GVA級管路設置型電力ケーブルでは、線材に0.17 Tの交流ピーク磁界がかかりBi系銀シ−ス線材では仮に非常に優れたバリア線材ができても外部磁界による損失がネックになり実現が難しいと予想されます。しかし、Y系線材でJcが0.2 T程度おいて50万A/cm2のものが得られれば原理的にはこの夢の大容量電力ケーブルも実現可能になります。変圧器もコンパクトさでその特長を出そうとすると線材にかかる外部磁界を大きくせざるを得ず、やはりY系線材への期待は大きいです。 限流器でSN転移型ではクエンチ時の抵抗が大きいこと、SN転移がシャープなことが重要で、常電導転移時の抵抗を大きくすることの難しいBi系銀シ−ス線材やSN転移がシャープでないバルク導体に比較し、Y系薄膜線材は、クエンチ時の保護技術の開発が必要になりますが非常に有利です。 さらに、モータやアクチュエ−タなど産業用機器では77 K領域で運転できること、コストが安いことが強く要求され、また,現在77 Kで1.5〜2 Tの補捉磁界が得られているバルク超電導体との両立性を考えればY系線材への期待が大きいのは言うまでも有りません。

 さて、Y系線材の課題で、巻線性の優れた、オ−バオ−ル臨界電流密度(Je)の高い長尺線材の開発が最重要ですが、交流損失の一層の低減を考えると、薄膜だけでなく線材断面形状に自由度が欲しいです。特にテープ面に垂直な外部磁界に対する損失の低減を可能にするにはこれが重要です。また、現在、Y系線材の交流損失特性のデータが集まりつつありますが、理論的に予測されている特性とは必ずしも合わず、その原因を明らかにし、優れた交流損失特性を得るための研究が基礎的な研究として重要です。

5.まとめ

Q5: 本プロジェクトの実施・推進責任者である塩原部長には、前記の6人の報告について総括していただき、世界的開発競争における日本の位置付けと今後の見通し(実現時期とコスト/性能目標、開発体制などを含めて)についてお答えください。

A5:(塩原):次世代線材とは所謂123系酸化物超電導材料の線材であり、主としてYBCO(Y-123)酸化物であり、そのなかには希土類元素を置き換えたRE123系酸化物も含まれています。この123系酸化物超電導材料の線材化研究は酸化物超電導材料が発見された1987年当初試行錯誤的に銀シースPIT法、MOD法を含めてかなり進められていました。その後BSCCO酸化物超電導材料の発見後、その銀シース線材が零磁場Jcが高く、長尺化が比較的容易であったことから、これまで超電導線材の開発は主としてBSCCO銀シース線材の開発に注力されてきており、既にkm級の線材がほぼ工業的にも生産されるレベルにまで発展し、マグネット、ケーブル等の実証試験に取り掛かっていることは御存知のとおりです。

 BSCCO線材に関して磁場中Jcが液体窒素温度では低いこと、交流応用に際しては交流損失が無視出来ないこと、銀シース線材中の銀比を1:1以下には到底出来そうにないことから、線材コストの低減に材料費の点で限界があることの3点の問題を解決することが重要であるとの認識から、最近になって、実際には約2年前から、この次世代線材の開発に真剣取り組む計画が日米で動きだしました。

 我が国に於ける123系次世代線材の開発は、これまでフジクラがSuper-GM、及び中部電力との共同研究で、住友電工が東京電力との共同研究で、東芝がSuper-GMで限流器応用を目標とした薄膜限流器の開発、またSRLでは材料研究の一環として、LPE, MOD法、デバイス用としての薄膜作製研究が進められていました。昨年度から通産省、NEDOからの委託研究として超電導応用基盤研究プロジェクトのなかで産業界をまとめたAll Japanの体制で本格的にこの次世代線材開発の研究を進めています。この応用基盤研究プロジェクトでは今年を含めてあと3年以内にこの次世代線材のプロセス、材料特性を把握し、実際に100 mを越える線材の作製とその線材特性を測定すること、さらには高Jc化、低コスト化の可能性を含めた高速成膜、非真空プロセス等を目指した革新的加工プロセスの開発が並行して進められています。

 次世代線材の開発に関して、我が国のこれまでの研究成果は、フジクラのIBAD法、住友電工のISD法、東芝、日立の金属銀基板の圧延/熱処理による再結晶化集合組織形成を使った結晶配向基板の開発、古河電工/SRLによるSOE法、SRLによるLPE法、Nd,Sm系超電導材料の開発等に代表されるオリジナル研究で、世界を一歩あるいは大きくリードしていました。しかし、この2年で米国では線材研究としてこの次世代線材を第2世代線材(Second Generation Wire)と位置付けDOE目標の$10 /kAm達成に邁進しており、Oak Ridge National Lab.主導でRABiTSの応用研究が進められているようです。また、IBAD法はLos Alamos National Lab.で、スタンフォード大学とともに日本のYSZ-IBADと異なるMgO-IBAD法の開発、Argonne National Lab. ではMOCVD法、Brookhaven National Lab. ではBaF2のex-situ プロセスの開発、また、最近ではOak Ridge, MIT, ASCによるTFAを用いたMOD法の開発が精力的に行われているようです。さらにWisconsin大学がこれらの線材の特性評価に注力しています。

 一方、欧州では、これまで大学、産業界が次世代線材の開発を独自の研究で進めていましたが、来年1月で欧州全体の超電導プロジェクトのうち多くのプログラムが終了することから、今後次世代線材開発のプログラムのスタートを計画しているようです。欧州ではGottingen大学によるIBAD及び高速PLDの開発、ミュンヘン工科大学及びTHEVAによる共蒸着法の開発等でかなりの成果を発表しています。

 このように米国では国研が主体となって研究が進められており、また、欧州では大学の研究が先導しており、日本がISTECを含めた産業界が主体で研究を進めていることから、日米欧の三極でその研究体制が大きく異なり、今後の次世代線材開発の研究における、競争と協調の在り方を慎重に計画する必要性を実感しています。

 現状の個別要素技術開発の進捗に関しては、研究開発担当会社の解説にあるように、十分満足出来るレベルであると思っていますが、今後、金属基板、中間層、超電導層、安定化層の積層など材料及びプロセスの複合化を進めることによるさらなる進展に期待しています。これは、一例ですが、米国、欧州ではすでにRABiTSの基板上へのIBAD法の適用で高Jc化を達成していること、米国でRABiTS上へのTFAプロセスの適用等が進められていることからも、必然であると思っています。尚、今年度から応用基盤プロジェクト全体でこの複合化プロセス研究を進めて行けるように各社との連繋をはかっています。

 さて、実現時期ですが、次世代線材の開発は未だ最終的な材料構成、最適プロセスを決定出来ていないため、実用を前提とした実現時期は明確には答えられませんが、次世代線材の性能を実証するための100 m級線材はこの2年以内に実現され、また、各要素技術もほぼ把握することが出来るものと考えています。2005〜2007年には1 km級線材作製技術の開発がほぼ確立され、その時点では応用のマーケットの見通しも明らかになり、産業界が独自あるいは共同で線材作製産業が軌道に乗るものと期待しています。

 この時に重要となるコスト/性能の観点での現状認識は以下のように考えています。コストは(設備費+維持費+材料費+人件費)/製造速度で与えられ、設備費、維持費はプロセス依存が高く、非真空プロセスが最もコスト低減に有効であり、材料費はLPE法では坩堝等の費用、MOCVD法ではMO原料の費用が無視できなくなること、製造速度は今後の開発次第で大きく変化しますが、数十m/hの製造速度が最終的には重要となるものと思います。現状認識としての一例を紹介すると、ArgonneのDr. Balachandran の発表では、MOCVD法で年産100 kmを前提にMO原料費が$1.8/m、金属基板が$0.2/m、人件費が$2.0/mであり線材コストは$4.0/mとなり、Icの200 A(両面成膜)達成でおおよそ$20/kAmとなるとのことです。また、IBAD法では成膜速度6.0 nm/minで$43.35/kAm、60 nm/minの成膜速度で$26.95/kAmが達成できると試算しています。SiemensのDr. Neumullerの発表を紹介すると、年産150 kmでは75 DM/kAm(〜$38/kAm)、年産5000 kmで25〜30 DM/kAm(〜$13〜16/kAm)が物理蒸着法で達成されるであろうこと、さらに、ASCではTFAプロセスにより15 DM/kAm(〜$8/kAm)を達成することを目標としているとのことです。因みにLTcのMRI用線材は年産10000kmで1〜2DM/kAm(〜$0.5〜1.0/kAmとのことです。このように欧米ではDOEの目標達成を前提に研究開発を進めています。このコスト/性能比は実際に100m級線材の作製とその性能を実証し、さらに各種応用に於けるコストの許容範囲も考慮することが妥当であり、現状の線材では詳細のコストの試算は重要ではないと考えています。当然、漠然としたコスト試算は前述2者の発表と同レベルと認識しています。

 最後に私見ではありますが、現在次世代線材開発に関して多少危惧している点は、(i)この次世代線材が実際どの程度Jc-B特性が過冷却窒素温度領域を含めて優れているのか、(ii) RABiTS法による配向金属基板の場合、その結晶粒径が数十mmと大きく、100mを越える数mm幅の長尺線材のJc劣化に対してパーコレーション確率の観点で問題点はないのか、(iii)IBAD法で十分な製造速度が達成できるのか、(iv) ISD法で1MA/cm2のJc値が得られるのか、(v)LPE法等で考えられている Icを高くするために膜厚を大きくする場合は、Jc劣化、曲げ強度の劣化が予想され、どの程度のJc値でどの程度の膜厚が適当であるのか未だ不明である点、(vi) Nd,Sm系のRE-123系次世代線材の高速製造速度、高Jc-B特性が線材形状でどの程度維持できるのか、(vii) TFAプロセスにおける複雑な結晶化熱処理パターンを数百mを越える線材化プロセスに適用できるものか、(viii)テープ形状の線材における交流損特性及びその実用化における導体化技術開発等々未だ不明な点も多くあります。ただ、この1年の成果でかなりの問題点が設備の大型化等で予想外に改善されているいることから、目標達成には大きな期待と自信を持っています。今後とも応用基盤プロジェクト内での連繋を緊密にし、目標達成に邁進する所存です。今後とも皆様方の御理解、御支援、御協力をお願いする次第です。

終わりに

 前回討論会から2ヵ年が経過し、この間、特に昨年6月、本プロジェクトが開始して以来の進展には目覚しいものがあります。基板形成では、配向Ni基板の長尺化(75m)を達成し、中間層形成では、IBAD法及びISD法により高Jc(≧105A/cm2)を有する数m級の線材作製に成功しています。高速成膜法についても、MOD法で短尺ながら、Jc=4.5MA/cm2を達成し、LPE法に適した基材と中間層積層構造を決定しました。このように短期間で達成された成果は、日本勢の高い実力を示すものと評価されます。本線材への期待が高まっていることから、今後、各社の技術を結集、融合して早期に高性能長尺線材が開発されるよう期待したい。討論参加の皆様には、なお一層の活躍を期待しております。

(編集部)