SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 3, Jun. 2000.

8.日本でもTFA法による高Jc膜の作製に成功
−超電導工学研究所―


 TFA(トリフルオロ酢酸CF3COOH)法によるYBCO膜は106/cm2級の高いJcが得られ、また、製造コストも低価格になることが予想されるために、米国においてASC社ほか多数の機関で盛んに開発が進められている(本紙Vol.8, No.6、Vol.9, No.2で報告の通り)。一方、日本においてはまだ目立った成果が報告されておらず、米国に大幅に遅れを取っていた。YBCO第2世代線材化プロジェクトは、日米双方で同時進行し、日米間競争の様を呈しているが、米国から報告されるTFA法YBCO膜のJcの値が上がるにつれ、日本でも本方法への興味が大きくなっていた。

 こうした状況の中、最近、超電導工学研究所名古屋研究所から、有望な結果を得たとの報告がなされた。2000年5月16−18日に開催された第7回国際セラミックプロセシング会議(愛知県犬山市)での報告によれば、LaAl2O3基板上で臨界電流密度Jcが4.6×106 A/cm2、CeO2/YSZ基板上で3.6×106 A/cm2(いずれも77K、0T)の高い特性を得ている。特に、YSZ基板にCeO2のバッファ層をつけたものでは、図1に示すように、Jcの厚み依存性が無く、厚み約5000 Aのものでも高いJcを保持しており、極めて有望と思われる。本研究を担当した荒木猛司研究員は、「非常に原料溶液の作製に苦労したが、できてしまえば膜の作製プロセスは単純であり、原料も安く、線材の低コスト化の点でも有利と思う。」と語っている。

 また、超電導線材として、実用上は、酸化物当たりの臨界電流密度Jcだけでなく、線材全断面当たりの臨界電流密度Jeが高いことが要求される。その基準はJe=104 A/cm2が良く使われるが、この実用ラインを図1中の破線で示した。YBCO超電導長尺線の開発においては、従来から蒸着法で0.1mm厚のハステロイテープなどが基板として良く使われている。今回開発に成功した超電導膜の場合にはJcが非常に高いので、こうした厚みが0.1mmの基板に使っても、ゆうにJe=104 A/cm2を超えてしまうことになる。

 その作製プロセスであるが、図2に示すようにY, Ba, Cu各々のTFA塩の混合メタノール溶液を基板に塗布し、2回の焼成を行うだけの極めて簡便な方法である。ただし、焼成段階でフッ素化合物を追い出すために、酸素、湿度を微妙にコントロールする必要がある。今回、超電導工学研究所が開発した方法は、特に原料調整に工夫を施しJcに有害な炭素の残留を減らすようにしている。通常、こうした有機の塩を使う方法ではBi系で知られているように、炭素が残り易く、これが粒界などに偏析し、Jcの大幅な低下をまねく。このため、開発初期段階から炭素の残りにくい系を原料にすることを目指したという。確かに、これまでに報告されている米国のJcと比較すると、同程度の膜厚、例えば、5000 Aのものでは2×106 A/cm2級に対して超電導工学研究所の値3.6×106 A/cm2は倍近い高い特性である。

 本研究を指揮している超電導工学研究所名古屋研の平林部長によれば、「我々はかねてよりナフテン酸などの有機酸塩を使う塗布熱分解(MOD)法で超電導体の合成を試みてきたが、今回、TFAを使う方法でこれだけ早く成果が出せたことは、長年の研究の蓄積のためかと思う。第2世代線材の開発で数m級の長尺化がレーザーアブレーション(PLD)法で進んでいるが、今回の成果はJcではそれらに匹敵するレベルであり、かつ、めんどうな真空系の装置も使わないのでかなりの低コストでできるのではないか。ひょっとしたら、第2世代線材の本命になる可能性もある。」と語っている。同研究チームでは、さらに線材化に焦点を絞って、有望な金属基板、フッ素に耐えうる中間層などの探索に勢力を注いでいる模様である。

(HiTcJAPN.com ハイテシー ジャパン ドット コム)