SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 3, Jun. 2000.

13.磁場の影響を受けない温度計発売
_Nanoway社_


 フィンランドのNanoway社から新しい動作原理に基づいた磁場の影響を全く受けない温度計が発売された。これは低温・強磁場を扱う研究者への福音となるかもしれない。

 超伝導体の特性評価をはじめとする様々な目的で低温・強磁場といった極限環境が利用されているが、研究者の共通した悩みは強磁場下でいかにして正しい温度を計測するかである。温度計に求められる重要な要素は、再現性・確度・分解能、そして熱的なレスポンスの良さである。これらを満たすものとしてゲルマニウム抵抗温度センサーをはじめとする様々な抵抗温度センサーが利用されている。しかしその最大の弱点は、抵抗値が磁場に大きく影響を受けてしまうことである。市販の温度センサーには零磁場での抵抗値と温度との換算表(校正曲線)がついてくるだけなので、磁場下での正しい温度を知ることはできない。しかも温度コントローラは、抵抗値(すなわち零磁場で校正された温度)が一定となるようにヒーターを制御するので、本当の温度を一定に保ったまま磁場を変化することも困難である。熱電対などの他の温度センサーでも事情は同じである。このため磁場に鈍感な温度センサーが求められていた。

 比較的磁場に鈍感な抵抗温度センサーとしてCernox抵抗温度センサー(米国Lake Shore 社)やRuO2抵抗体が用いられている。これらのセンサーでは、約20K以上の温度で磁場による温度の誤差は無視できるほど小さい(10Tの磁場下でも0.1%程度)が、より低温では数テスラの磁場下でさえ数%以上の温度の誤差が生じてしまう。磁場の影響を全く受けない温度計にSrTiO3の誘電性を利用したキャパシタンス温度計があるが、最大の泣き所は再現性の悪さで、それ単独では温度計として使えない。そこで抵抗温度センサーによって零磁場での正しい温度を計測した後、磁場下ではキャパシタンスが一定となるようにヒーターを制御し温度を一定に保つといった方法がとられる。他に磁場の影響を全く受けない温度制御の方法として、液体ヘリウムの飽和蒸気圧(これ自体が温度の定義になっている。)を利用する手もある。しかし利用できる温度は約1Kから4.2Kの狭い範囲に限られる。さらに高温ではヘリウムガスの圧力を利用する方法もあるが、試料部分に特別にヘリウムガス容器を設置する必要があり、しかも正確な圧力測定も簡便ではない。1 K以下の低温では事態はさらに厄介で、超伝導マグネットの磁場中心にある試料とマグネット外に設置した温度センサーとを銅バンドルで結んでおき、熱平衡に達した後に試料温度を計測することになる。温度センサーを零磁場下におくために主マグネットの漏れ磁場を打ち消すよう設計した副マグネットを設置することもある。いずれの方法にせよ、磁場中での正しい温度を計測するためには特別に設計された、しかも十分な経験がないと扱えないような、設備が必要であった。

 このような現状において革新的な温度センサーがNanoway社より商品化された。それが標題のCoulomb Blockade Thermometer (CBT)である。この温度計は(校正が不要な)1次温度計モードと、より早い測定ができる(校正が必要な)2次温度計モードの2つの測定モードを備えており、測定できる温度範囲は現在20mKから30 Kである。CBT用のエレクトロニクスを用いて通常の抵抗温度センサーと同様に簡便に使うことができる。更に、このセンサーは31Tにおいても磁場に影響を受けないことが実験で証明されており(図1)、磁場に影響されずに温度測定ができること、校正を必要としないという点で、その有用性が期待される。

 CBTは直列に並べたトンネル接合における単一電子トンネル効果を利用したものである。このようなトンネル接合系の特性は、熱エネルギーkBTと電子が1つトンネルした時の静電エネルギーの増加Ec、バイアス電圧eVによって決まる。kBT << Ec の場合、電子がトンネルすると静電エネルギーだけ損をするので低バイアスでは電流Iは流れない。これをCoulomb blockade と呼んでいる。CBTは逆の極限kBT >> Ecを利用していて、この場合、熱的エネルギーが静電エネルギーに打ち勝つので低バイアスでも電流が流れるようになる。接合のI-V特性から求められる微分コンダクタンスは図2のようになりディップが存在する。その半値幅は温度に比例しV1/2 = 5.439NkBT /e と表される。ここでNは接合の数、係数は普遍定数であり接合の形状などに依存しない。

 したがってV1/2を測定すれば校正なしに温度を知ることができ、1次温度計となることが分かる。またディップの深さは温度に反比例するので、ある温度で校正すれば2次温度計として働く。さらに、この特性を決めているのは静電エネルギーであるから原理的に磁場の影響は受けない。

 製品は、温度センサー、エレクトロニクス、およびソフトウェアから構成されている。センサーはシリコン基盤上に電子ビームリソグラフィーによって作られたナノスケールのトンネル接合からできている。現在製造されているのはCBT Sensor 10とCBT Sensor 0.1 の2タイプのセンサーである(表1)。エレクトロニクスとしてCBT Monitor 400R とCBT Monitor 210Hの2種類が用意されている。400R はPicowatt社製AVS-47 がベースになっており、両方の測定モード、両方のセンサーに対応している。 同時に4個のセンサーに対応できるマルチインプットがついており、Windows 95/98 および NT上で走るNanoway CBT ソフトウェアと共に用いる。210H はマイクロプロセッサーを内蔵し単体で使用できる。210H には自己補正中でも1秒以下の間隔で温度を読み取る機能がある。4つの測定レンジがあり、約1 Kから30 Kまでの温度を読み取ることができる。温度は4桁表示されるが、RS232ポートからコンピュータを介して読み取ることもできる。

 国内での取り扱いはロックゲート株式会社(電話03-3805-8411, e-mail:kado@rockgateco.com、URL: http://www.rockgateco.com)。技術的な情報は開発者による論文("Coulomb blockade thermometer: Tests and instrumentation", J. P. Kauppinen et al., Review of Scientific Instruments 69 (1998) 4166.)に詳述されている。

(MN)


図 4ビットRSFQ-D/Aコンバータの出力波形