SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 2, April. 2000.

10.第4回誌上討論
「Bi系線材開発はどこまで進んだか?」


はじめに

 スーパーコムでは、本紙Vol.7, No.1(1998.2)でBi系線材開発を主題とする第1回誌上討論会を企画・収録しました。その後2年が経過しており、Bi系線材の高性能化が着実に進展する一方、応用開発も広がってきています。国内ではBi系線材を用いたSi単結晶引上げ用大口径(1.2mφ)コイルの試作・試験成功、1GHzNMRモデルマグネットの成功、高電圧型800 kVAトランスの試作、100 m送電ケーブル(66 kV.3φ)の試作・試験計画の発表が相継いでおり、一方米国では、CSACの全高温超電導変電所建設計画発表やASC社によるBi系線材の意欲的な価格情報開示などが報じられています。

 今号では、再度Bi系線材化開発の現状をレビューして、現在の到達点を確認するとともに、今後の開発課題を摘出し、実用化加速の一助としたいと考えております。将来展望あるいは抱負もお伺いしたいと思います。

 今回の誌上討論参加者は次の方々です(敬称略)。:下山淳一(東大助教授)、熊倉浩明(金材研第一グループ)、林和彦(住友電工電力システム研)、三村正直(古河電工超電導開発部)、岡田道哉(日立製作所超電導センタ)、林征治(神戸製鋼電子技研)

 第5回討論では、「次世代線材開発プロジェクトの進展」を取り上げ、8月発行号に掲載する予定です。

1.開発の到達点と問題点の整理

 Bi系酸化物超伝導体の線材開発は、他の酸化物超電導材料開発に比べて著しく進歩しており、すでに実用化も始まっています。

 しかしながら、Bi (Pb)2223またはBi2212銀シース導体の応用領域は約30 K以下に限られており、より高温、特に磁界下での実用はJcが急激に低下するため困難です。この中高温でのJc特性の劣化は電気的磁気的異方性が大きいBi系超伝導体の本質的な性質を反映したものであり、線材構成、加工技術の最適化によって克服できる問題ではないと考えられます。

 また、実用的に重要なトランスポートJcは磁化測定などから見積もった結晶粒内のJcに比べて一桁以上小さいことがわかっています。また、電流−電圧曲線のn 値が金属系超伝導線材に比べてかなり小さい等、結晶組織制御あるいは線材化技術に係る問題点も残されています。

Q1-1(下山先生に): Bi系線材の基本的特性および線材化技術の基礎の観点から、問題点の整理とその対策、さらに高濃度Pbドープ線材化の困難性と解決の見通しについてお答えください。

A1-1(下山): 少しまわりくどい感じになりますが、高温超伝導体の磁場下での応用を考えた場合、結晶のc軸に平行な磁場成分が臨界電流特性をおよそ決定するので、以下にはc軸に平行な磁場下でBi系を含めて代表的な高温超伝導体単結晶についての研究から明かになってきていることから議論したいと思います。まず、きれいな単結晶で観測される磁束線の熱ゆらぎによる一次相転移条件(温度・磁場)が、物質やキャリアドープ状態によらずTcと異方性パラメター(g2=mc*/mab*)によってほぼスケールされてしまうことを挙げます。g2H vs T/ Tcのプロットでは相転移曲線はある狭い範囲に収束するわけです。理論的にも提唱されているように磁場侵入長や銅酸素面の間隔も取り入れれば、より良くスケーリングされるのですが、ここでは物質、キャリアドープ状態によって最も大きく変化するg2に着目します。Bi2212の最適ドープ状態(Tc ~90K)ではg2は約25000という非常に大きな値をとり、300 Oe程度の低磁場下でも約50Kまでしか磁束固体の状態を保てません。キャリアをオーバードープ状態にするとTcは70K台に低下しますがg2がおよそ1/3まで小さくなるので50Kで約1kOeまで磁束固体状態を保ちます。一方、g2が50以下の90K級のY123では50kOeという高磁場下でも相転移温度は80K以上です。なお、磁束線の一次相転移は物質がきたなくなると観測されなくなることもあり、ピンニングを十分に強くすればこの相転移は材料物質設計上問題にならないという考えもありますが、これは誤りです。きれいな単結晶の不可逆曲線は必ず一次相転移曲線より低温、低磁場側に位置しており、元素置換などによって"きたなく"してピンニング力を強化しても相転移曲線より数K高温側まで移動するのがせいぜいです。照射欠陥の導入以外に不可逆曲線を相転移曲線より大幅に高温、高磁場側に改善できた例はありません。つまり、不可逆曲線を高温、高磁場側に動かすにはTcを下げずにg2を小さくする工夫が必要なわけです。最近我々のグループでBi2212ではPb置換によってg2が1200程度まで下がることを確認しました。これは元素置換がg2を本質的に低下させた初めての例ですが、相生成を容易にするために従来からPbを置換しているBi(Pb)2223でもその置換量から類推してg2は3000~5000と低くなっているはずです。しかし、この110K級のBi(Pb)2223の単結晶が得られたとしても77Kでの不可逆磁場は1.5kOe程度と類推され、Bi(Pb)2223テープの磁化法によって決定した不可逆磁場と良く一致します。以上のことは、Pb置換よりはるかにg2を低下する手法が見つからない限りBi系材料を液体窒素温度などの高温、数十kOe級の高磁場発生用途で使うことが極めて困難であることを示しています。

 磁束線の一次相転移はある磁場を境に消失し、高磁場側では磁束線格子に代わって磁束線の銅酸素面間の結合がほとんど無くなった2次元的な磁束グラス状態となります。この状態では点欠陥的なピンニングがより有効に働くようになるため、不可逆曲線は温度の低下とともにより急峻に立ち上がりますが、様々な高温超伝導体について単結晶や配向試料の不可逆磁場を(1-T/Tc)に対して両対数プロットしたときにTcの半分位の温度で屈曲が現れるのはこのためです。高磁場下でBi系材料を用いる場合を考えると、まず磁束グラス転移条件の制御が重要になります。春の低温工学会で詳細は報告しますが、Bi2212, Bi(Pb)2212単結晶では磁束グラス転移曲線もg2とTcでかなり良くスケールされることがわかってきました。これは同種の欠陥が異方性の小さい物質において、大きな凝縮エネルギー分の利得を獲得できること、つまりより強いピンニング力を発揮することで説明できます。極低温ではBi2212線材が超高磁場発生用材料の最右翼となっていますが、軽負荷冷凍機冷却による20~50Kでの高磁界発生用途材料となるためには、やはりg2を小さくすることが必要になるわけです。Bi2212、Bi(Pb)2223線材を比較した場合、後者のほうが異方性、Tcの両方で勝りますから、20K以上の応用に有利です。高濃度Pbを置換したBi2212線材については、Pb置換量が多い分でBi(Pb)2223とのTcの差をキャンセルしますので、粒間結合に優れる線材作製手法が開発できればこれも中温域での実用候補となります。しかし、様々に条件を制御して溶融凝固法によるBi(Pb)2212線材の作製が続けられていますが、粒間JcをBi2212線材レベルにする有効な答えは見つかっていません。Bi(Pb)2223同様に溶融状態を経ずに焼成、プレスを繰り返す方法による作製も考えられますが、Pb置換量を大きくできず変調構造が消えたPbが高濃度の領域が出現しないため旨味は無いと思います。

 さて、目的とする高温、高磁界下で実用できる線材には、その条件でかなり高いJcを持たなければなりませんが、多結晶線材の通電Jcには希土類123単結晶や溶融凝固バルク、Bi(Pb)2212単結晶などに現れる大きいピーク効果がありません。粒界が通電Jcを制限しているためと考えられます。Bi系線材は一般的にゼロ磁場近傍を除いて、Jcは磁場に対して指数関数的に減衰する傾向を示します。よって、配向組織の改善によって基体との界面近傍など局所的に高いJcを超伝導層全体にわたるようにできれば、高温、高磁場下まで使えるようになりますが、不可逆曲線は動かないので大幅な応用可能領域の拡大にはなりません。ここまでの議論を模式的に図に表してみました。少し複雑なものですが、Bi系線材特性の理解の助けにはなると思います。

 結局、Bi系線材の場合は異方性が高いことが致命的であり、磁束固体状態が約0.5 Tc以上の高温では非常に低い磁場で壊れてしまいピンニングが極めて効きにくくなります。このため高温での高磁場発生用途への応用は悲観的で、Bi(Pb)2223線材応用で期待されている液体窒素冷却式大容量ケーブルにおいて自己磁場を克服して高Jcを維持できるかどうかが、物質本来の性質としてギリギリのところだと思います。約0.5 Tc以下ではまず運転温度20~40Kでの冷凍機冷却装置への応用がありますが、この温度ではPbを置換して異方性を低くした物質を用いる必要があります。 Bi(Pb)2212線材の通電Jcが大幅に改善できればBi(Pb)2223線材に置き換わることも考えられますが、高Jc化の糸口が見つかっていないのが現状です。但し、Bi(Pb)2212線材が実用レベルの通電Jcを備えた場合には、単結晶の特性から磁束クリープが極めて遅いことが予測されるので、永久電流モード運転への展開が期待できます。よって、現状は厳しいもののBi(Pb)2212線材の開発研究は是非継続されるべきものと考えています。

Q1-2(熊倉さんに): Jc、Birrおよびn値の改善に向けた結晶組織制御、線材化技術(加工・熱処理)の観点から、問題点と対策について、さらにその後判明した知見について述べてください。

A1-2:(熊倉) ここではビスマス系線材の微細組織に注目して、臨界電流特性の現状と今後の展望を簡単に考察してみたい。

 ビスマス系線材については、基本的な製法は従来と変わりはないが、作製条件の最適化や種々の工夫により、かつてよりも高いJcが達成されつつある。特にBi-2212テープでは、熱処理前に中間圧延を行うPAIR法により、優れたc軸配向度が得られて50万A/cm2(4.2K,10テスラ)以上のJcが達成されている。このテープの磁気光学効果(MO効果)を観察すると均一なイメージが得られることから、超伝導電流は大体均一に流れていると考えられ、これまでのいわゆるパーコレーティブな電流の流れはほぼ克服されていると考えられる。ただし、Jcの層厚依存性や断面組織のc軸配向度、あるいは不純物等の分布から、大きな超伝導電流が流れているのは、優れた配向度を有する銀界面近傍の厚さが数μmの領域のみであり、この電流がMOイメージに反映していると考えられる。仮に超伝導層全体にわたってこのように優れた配向組織が得られたとすると、Jcは200〜300万A/cm2という大変大きな値になる。Bi-2223線材に対しても、少なくとも定性的には同様な傾向があると認められる。このような考察から、ビスマス系線材では、まだまだ配向組織の改善のみでJcが向上する余地は大きいと言える。酸化物層全体にわたってこのような高配向度を達成するのは現在の手法では困難と考えられるが、例えば、超伝導層の厚さを現在の半分にすることができれば、現在の二倍程度にまではJcが向上することになる。しかしながら、更にこれよりもJcを高くするには、現在のPowder-in-tube法や塗布法のみでは難しく、何か新しい手法をプラスする必要があるであろう。このような新しい方向としてまず考えられるのが、Y-123系などと同様な面内の配向化であろう。ただし、気相法を適用したのでは、簡単に長尺化ができるビスマス系のメリットが生かせなくなるので、他の方法を探すべきであろう。このような方向で、既に幾つかの面内配向の試みが始まっている。

 また、ビスマス系ではE-J曲線のいわゆるn値が金属系線材に比べ小さいということも実用上問題となる。ただし、n値は線材試料の出来不出来によってかなりバラツキがあること、また、磁化で評価したn値がかなり大きいことなどから、実際の線材のn値が小さいのはビスマス系超伝導体そのもののn値を反映したものではなく、やはり組織が不完全なためと考えられる。これは一般にJcの高い線材ほどn値が大きくなる傾向のあることからも言えるであろう。従ってn値の場合も組織を改善することによって値を大きくすることができると考えられる。

 上述したようにJc値が向上してきているビスマス系線材ではあるが、これは主として組織の改善により、電流経路をより多く確保することにより得られたものであるため、残念ながらJcの温度や磁界依存性にはほとんど進歩が見られない。言葉を変えると不可逆磁界についてはほとんど改善がなされておらず、この方面では足踏み状態にある。この方面の改善にはピンニングセンタの導入や異方性の制御が不可欠と考えられ、単結晶で優れた特性が得られている高濃度Pb添加をはじめとする異種元素の添加や置換が、線材においてもうまく行くような工夫が待たれる。

2.Bi系線材商用化の課題

Q2:Bi系線材の商用化を図るためにはQ1の基本性能に加えて銀を含めたover all Jeを大幅に向上する必要がある。長尺化は、すでに実用水準(〜1000 m)に到達しているが、機械的強化及びツイストを含めた量産化技術はどう進んだか、その後、製造実績はどこまで来ているか。金属系との比較を交えて、商用化の現状と課題をおうかがいします。

林和彦さん(住友電工)、三村さん(古河電工)は、主としてBi2223関係について、その中高温応用対象と優位性の紹介を含めてお答えください。

岡田さん(日立)、林征治さん(神戸製鋼)は、主としてBi2212関係について、その低中温応用対象と接続技術の紹介を含めてお答えください。

A2-1(林和彦):

開発の現状と課題

Je:Jeの向上のためには、Jcの向上と銀比の低減が必要。超電導部のJcについては、最近長尺・量産レベルで従来の20 kA/cm2が30 kA/cm2レベルに向上している。また、低銀比化についても従来の3レベルが2以下に低減できるようになりつつある。これによって、Jeは長尺・量産レベルでも10 kA/cm2レベルが実現できつつあり、漸くNbTi並の電流密度に近づいてきた。

機械的特性:銀シースにMgやMn添加が行われ、純銀シースの場合に比べてJcの劣化し始める引っ張り応力が3〜4倍に向上している。また、高強度化に伴い、曲げ歪み特性も改善されている。高強度化によって局部的な劣化が起こりにくくなり、コイル巻線時の取り扱いが容易になっただけでなく、電磁力に対する補強も容易になった。具体的には純銀シースで補強に用いられていたステンレステープが不要になるなど、コイル電流密度向上の観点からも格段の進歩である。但し、高強度化したと言っても軟銅線の0.2 %耐力程度であり、用途によっては更なる高度化が必要である。なお、高強度化によりNbTiで実績のあるPVF被覆ができるようになった意義も大きい。

交流損失:素線レベルでは、電磁気的な多芯化を実現するために、フィラメントのブリッジング防止、ツイスト、垂直抵抗の高抵抗化(マトリックスの合金化・高抵抗化または、高抵抗バリア)が必要であるが、いずれも短尺のレベルで原理検証が進んでいる段階。低交流損失素線の長尺化や、機器としての検証はこれからである。また、複数素線を集合した導体レベルでの低交流損失化では、偏流を抑制するための転位、撚線化が必要で、この観点から撚線化が比較的容易な丸線の開発も進んでいる。

線材形状の問題:前記丸線の必要性とも関連するが、現在は基本的に4 mm×0.25 mm程度のテープ線がJcが高い理由によりすべての用途で使用されている。今後はコストや巻線方法の多様化、使用温度、運転電流等を考慮したそれぞれの応用に適した線材形状のバリエーションを考える必要が出てこよう。

製造実績:工業的な意味では、未だ本格的な量産には至っていない。但し、これまでのプロトタイプ試作が、小型コイルなど機器というよりは線材の長尺特性の検証的な意味合いが強かったのに対して、シリコン単結晶引上げ炉用マグネットや100 m級ケーブルの開発などに見られるように実用規模の試作へと進展し、それぞれの試作に必要な素線量は数十kmのオーダーになっている。これに伴い、量を作る技術も着実に進展している。なお、工業製品と呼ぶためには、Je以外にも寸法精度等の課題も残っている。

応用対象について

高温低磁場応用:ケーブル、鉄芯入変圧器などの交流(商用周波数)、低磁場(<1 T)応用では、長距離を冷却すること(ケーブル)、交流では比較的大きな発熱を冷却する必要があることや電気絶縁の観点から液体窒素等の冷媒を使った冷却が主流になると考えられる。

中温高磁場応用:数Tの直流・パルス磁場応用は20〜40 Kレベルの冷凍機冷却が主流となろう。なお、20 Kでの使用は2212とも競合するが、電流密度、テープ垂直磁場に対するJc特性から、2223が有利と考える。

低温超高磁場:4.2 K、>20 Tでは2212が有利と考えられる。

 なお、長尺のY系線材が開発されれば、液体窒素温度領域での数Tの磁場応用が実現できるだけでなく、すべての温度、磁場領域で使用できるようになる可能性がある。

A2-2(三村): 酸化物超電導線材を電力機器に応用していくには、長尺線での高Ic(Je)化が必須です。我々はSuper-GMの国プロでBi-2212系の高Ic多層丸線材を開発し、20K以下の低温で優れた高磁場特性を持つソレノイド型マグネットを試作しました。しかし、Bi-2212系線材は低温での応用に限定されるため、液体窒素を用いた電力機器への応用ではTcの高いBi-2223系線材が有利となります。そこでBi-2223系で銀比1.3の低銀比の多層線材を開発し、77 K, 0 TでJe=9.3 kA/cm2を得ることができました。

 一方、東京電力と古河電工は共同で高温超電導送電ケーブル開発を進めていますが、ケーブルに用いる線材には高Ic(Je)のみならず、機械的特性や交流損失等の実用性能をバランス良く改善していくことが重要です。我々はこのような観点から、純銀シース線の約3倍の強度と、約1/3の交流損失を有するAgMg合金シースツイスト線材を開発しました。合金シース線と純銀シース線の室温での限界応力はそれぞれ90MPaと35 MPaで、限界曲げ歪みはそれぞれ0.3 %と0.2 %でした。これらの機械的特性の改善はシース材の補強としての働きの他に、シース材とBi-2223の熱膨張の差に起因する残留圧縮歪みによるものと考えています。線材における交流損失特性の評価方法はまだ確立してはいませんが、我々は送電ケーブルを想定して実効的な交流損失としてQf/Jeを提案しています。ここでQはT=77 K, Bm=60 mT(テープ面に並行)での磁化損失、fは周波数で50 Hz、Jeは77 K, 0 Tでの値です。合金シース線と純銀シース線の実用交流損失Qf/Jeはそれぞれ0.13 mW/Amと0.34 mW/Amで、約1/3の交流損失の低減に成功しました。また交流損失の低減はツイストによるフィラメントの電磁気的な結合の防止の他に、フィラメント同士の空間的なブリジングの抑制も重要であることがわかってきました。

 この高強度/低交流損失の線材は従来の純銀シース線と同様に量産化が可能で、長尺線材においても均一なIc特性が得られています。またこの線材を用いた送電ケーブルのモデル試作においても、機械的特性の改善と交流損失の低減を確認しています。このように、Bi系線材の開発は着実に進展していますが、まだ研究開発の段階であると言わざるを得ません。また金属系線材は既に多くの製品が生まれていますが、汎用的な工業製品はあまりありません。金属系、酸化物系ともに新しい応用製品が望まれるところです。しかしBi系線材の商用化の課題としては、長尺線材におけるJe(Jc)の向上、コストの低減、特許問題があげられます。 Jc向上については先に議論されているように、材料的な観点からの基礎的研究が必要でしょう。またコスト低減については後述するように、量産化と銀比の低減がポイントであると考えています。特許問題はかなり複雑ですが、クリアーにしていかなければならないでしょう。

A2-3(岡田):日立グループの酸化物超電導線の量産化技術については、Bi-2212については概ね金属系の超電導線と同等の水準に達しつつあります。直径2 mm程度で長さ2000 m級の線材がもう痲もなく登場するのではないかと思われます。機械強度は中低温ではあまり問題になりません。多くのビスマス系線材は、中低温度では高々数テスラの磁場強度で応用されるからです。Bi-2212は4Kでは20Tを超える磁場でもきちんと動作していますから、強度の問題は解決されており、実用レベルに達していると言って過言ではないでしょう。ツイストは交流コイルを作るときは重要な技術です。しかし、以下に述べるように、Bi-2212は特に静磁場マグネットとして応用することに最も意味があるのではないかと感じており、ツイストについてはまだあまり詳しい検討は行っていません。これまでの予備試作結果によればツイスト加工自体はそれほど難しくなく、むしろフィラメント間の短絡の問題を解決することの方が優先と思います。

 さて、ご承知のように、Bi-2212は20K程度の温度で利用できる産業機器の可能性を秘めています。日立は、金材研・日立電線と共同でBi-2212を使った10T級の伝導冷却マグネットの開発を現在進めています。このマグネットは永久電流では運転しませんが、ROSAT丸線をソレノイド巻して製作されるので、大変均一な磁場を発生することができます。先行しているBi-2223マグネットは主にテープ線を巻いたパンケーキコイルが主流です。従って、ここが両者の差別化の大きなポイントのように思っています。更に、Bi-2212は、実績として、酸化物系材料で唯一永久電流モード運転が実証されており、この特性を応用したシステム開発が考えられます。身近で代表的なものはMRIや磁気浮上列車でしょう。これらを伝導冷却で運転できるようになるとメリットは大変大きいと思います。実現のキーになるのが、材料の本質にかかわる微小抵抗問題と超電導接続の二つです。これらの内、超電導接続については、神戸製鋼さんが大変すばらしい成果を上げられていますし、我々のグループでも、4 Kですが500 Aを超える臨界電流を持つ超電導接続が、Bi-2212/Bi-2212 及びNb-Ti/Bi-2212の間で可能になってきています。特に後者の開発は大変工学的に意味があります。一言でいうとPCS(永久電流スイッチ)の設計が非常に楽になりました。酸化物でPCSを作ると伝導冷却では(熱式PCSでは)Tcが高いためオン・オフにとても時間がかかってしまいますし、コイル自体も加熱されて不安定になることが心配されます。酸化物マグネットにNbTiのPCSを利用できれば、信頼性や価格、動作速度などの点で工業的に応用が広がるわけです。そもそも、NbTiと酸化物の接続ができるようになったということは、これからは酸化物と金属系を組み合わせたハイブリッドなマグネットが登場することを意味しています。材料を上手に使い分けることで、システムとして安価で高性能なマグネットが出現するかもしれません。また、酸化物超電導マグネットがクエンチすることはまず考えられませんから、高度な信頼性が要求される医療機器や交通機関には大変好都合です。ヘリウムフリーのMRIなどでは大変信頼性の高い機器が実現できるはずです。夢のような話ですが、将来は、実質的にヘリウム供給のない離島や山村、開発途上国などでも電気だけあれば高温超電導MRIによる先進医療をうけられるようになるかもしれません。

A2-4(林征治):商用化という事を議論するときは、そのアプリケーションが、 1)他の技術で代替不可能なものか、2)競合技術が存在するか その何れかによって随分違って来るように思います。金材技研の1GHz-NMRマグネットプロジェクトで進められている酸化物内層コイルは、従来の金属系線材では原理的に不可能な部分を担うわけで、1)の代表例だと思います。

 Bi-2212線材がこの高磁場NMR用としてどういう段階にあるかですが、まず溶液用NMRマグネットには、磁場強度、磁場均一度、磁場安定度それぞれについて極めて厳しいスペックが課せられます。これらは、線材に対してはそれぞれ "23 T近傍での高いJc"、"ソレノイド巻き線可能な丸または平角形状"、"永久電流運転" と言い換える事ができます。現状を一言で言うと、日立/金材研グループのROSAT線材をはじめJcの改善は著しく、ドライブモードでは優に実用レベルにあると言えます。ただ、永久電流モードではいま一歩というところでしょう。

 永久電流運転に対しては、超電導接続、そしてJcと共に高いn値が必要です。超電導接続については、ほぼ要素技術が確立された段階に来ました。Bi2212/Bi2212 接続については、金材研・当社・日立の岡田さんらのモデルコイルでの実証があります。また、Bi2212/NbTiの超電導接続にも金材研-当社が昨年秋共同開発に成功しました。唯一残っている問題がn値が15程度にとどまっているという事です。

 n値は線材の加工性との議論が良くおこなわれますが、私は、Bi2212線材のn値は加工性よりも寧ろ最終の部分溶融-徐冷プロセスそのものに起因しているのでは無いかと考えています。銀の粒界に沿って楔状の結晶成長が随所に見られるからです。当面は、n〜15を許容して、Iop/Ic を小さくするためにJcを上げる努力をするという方向になろうかと思います。

 冷凍機冷却コイル等への応用は、もう少しボリュームは見込めるものの競合もあり、それだけコストが大きなウエイトを占めます。Bi2212のコストに対して特徴的な点は、プロセスの安定性に関する事です。最終熱処理のプロセスウインドウが狭く、極めて不安定です。イールドが稼げずこれが大きなコストアップ要因になっているというのが正直な所でしょう。全く同じプロセスを経たと思っていても、銀に僅かのクラックが入っていて酸素分圧が変わったり、絶縁被覆との反応が起こったり、カーボンが多かったりすると、一挙にBi2201をはじめ不純物生成に反応が進んでしまい、後戻りがききません。部分溶融徐冷プロセスは、丁度山の峠の様な準安定点をめざしてBi2212を生成させているような感があります。プロセスウィンドウを拡げ、より安定化するには、別ルートの開拓というのもまだまだ考慮の必要があるのではと思います。これは、n値向上とも密接に関連しています。

3.Bi系線材のコスト低減策と今後の見通し

 最近米国のASC社は、Bi系線材の低価格化情報を開示して、拡販を促進する方針を発表する一方 (本誌Vol.9,No.1)、米国の業界団体CSACが全高温超伝導変電所建設構想を打ち上げるなど線材メーカー、およびユーザー双方から積極策が提案されています。

Q3:線材メーカーのみなさんには、これら米国ASC社低価格化情報の開示(300→50$/kAm)と、意欲的な拡販政策に対するコメントをお願いいたします。

 難しい設問ですが、各社は前回も取り上げた「DOEの価格/性能目標」の達成について、どのような見通しを立てているでしょうか。

 最後にASC社、IGC社、NST社等、欧米のBi系線材メーカーに伍して、開発競争を戦っている皆さんの抱負あるいは自信をお聞かせください。

A3-1(林和彦):性能、長さあたりのコスト(円/Am)が重要であるが、まずは性能の向上が必要。なぜなら超電導機器としてのコンパクトさのメリットを実現しないと超電導化すること自体の意味がなくなるからである。性能の向上には、A2-1でも触れたように、低銀比化等も含まれるし量を作るためには歩留りの向上も必須になってくるので、これらの開発を通して、性能、長さあたりのコストは大幅に低減できると考えている。しばしば誤解を生ずるのは、現状の性能が必ずしも十分でないレベルの線材で、長さあたりのコストがいくら低下したかが話題になることでありそのような議論は余り意味がないように思われる。

 ASC社が意欲的な価格情報を公表しているが、発注数量の制約等があることも考慮すべきであろう。応用分野にもよるが、ビスマス系線材が広く普及可能なコストとしてDOEが示しているレベルは目標にしないといけないと我々も考えている。

 また、本格的な商業化にあたっては、特許の問題が無視できない。以前に比べて基本的な特許がいくつか権利化されつつある状況であるが、未だ権利関係は混沌としている部分も大きい。問題を生じないような措置を今から考えておく必要があろう。

 やっと実用規模のプロトタイプが試作可能なレベルにBi2223線材技術が到達した。今後は、試作された機器からのフィードバックを受けながら、まずはJcを初めとする超電導特性の向上を実現し、来年に迫った21世紀のできる限り早い時期での本格実用化を目指していく所存である。

A3-2(三村):最近ASC社から開示された現状の線材価格300$/kAmは現時点ではかなり安いという印象ですが、ASC社の将来価格50$/kAmは我々の予測とほぼ同様でした。コストダウンのポイントは量産化、銀比の低減、Ic向上であると考えています。

 DOEから報告された機器別の価格/性能(C/P)目標は、既存の線材価格と同レベルに設定してあるようです。たとえば、銅線のC/Pは約15 $/kAm(R.T.)、金属系のNbTi線材では約10 $/kAm(4.2 K 2 T)、Nb3Sn線材では約0.6 $/kAm(4.2 K,12 T)となります。HTS線材の価格は冷却等を含めたシステム全体の中で議論されるべきでしょうが、線材単体での販売を想定しますと既存の線材価格を一つの目安とすることは妥当であろうと思います。

 そこで、DOEの代表的なC/P目標である10$/kAmの達成見通しについて検討してみました。1998年2月号の本誌で既に示されているように、銀シースBi系線材の仕様を5×0.5mm2、銀比1、Ic=500 A(Je=20kA/cm2、Jc=40 kA/cm2)としますと、銀成分のみの占めるC/Pは4 $/kAm(銀価格151.7 $/kg)になります。現在ではこの線材仕様はかなり現実味を帯びてきているのではないでしょうか。しかし、これにBi系の原材粉末、線材作製などの費用が加わりますので、究極的なC/Pは20$/kAm程度と予想しています。C/Pを10$/kAm以下にするには更なるJcの向上、及び銀比の低減が必要で、現在の銀シース線とはやや異なる構造になるでしょうが不可能ではないと思っています。

 Bi系線材は10年間でやっとコストの議論がなされる段階にまでなったことになりますが、先に述べたようにIc(Je)特性、交流損失、機械的特性等は着実に進歩しています。特に注目すべきはASC社の高Je線材の開発です。これにより長尺のBi系銀シース線でJeが10 kA/cm2を超えることが実証された訳で、我々の開発している高強度/低交流損失の線材においてもJe=10 kA/cm2を達成できるものと確信しています。

A3-3(岡田):.値段ですか?当社の方針は、「価格は市場が決めるもの」です。これでお答えになりますでしょうか。あたりまえのことですが、DOEが決めるものではありません。何でも米国に倣うことはもうやめてもいいのではないかと思います。価格は市場の成長の具合と、需要供給のバランスで変動します。私としては無責任な数字をここで掲げることは控えさせていただきます。ASC社の価格目標開示は一つの方向性としてはすばらしいと思いますが、いささか熱意だけが先行し具体性を欠くように感じます。個人的には、銀シース線の低価格化については一つの案があります。高温超電導線の利用の仕方にもよるのですが、MRIなどの固定型の永久電流マグネット利用では、含まれる銀の重量については、予め資産価値を持たせて損金計上しなくする方法も考えられます。マグネットの寿命が10 年として、10 年後に廃棄処分しても含まれる銀の重量に変化はないので、含まれる銀の価格以下にはスクラップ価値は下がらないからです。従って、契約を工夫することで、減価償却分のみをユーザーに負担していただく形で製品を市場に提供することは、原理的には可能だと思います。メーカーとしては銀価格が急騰するような爆発的なインフレが起きたら、投資を全て回収できる場合もあるかもしれません(もちろんその逆のリスクもある訳ですが)。材料メーカーと共同で銀の買い取り価格を保証させるとか、銀のリサイクル・回収のしくみを共同で確立しておけば、実質的な減価償却コストは銀以外の材料費と加工費・人件費とにできるので、化合物系線材に近い水準まで価格を下げることが可能になるかもしれません。高温超電導が広く社会に根付くような時代になれば、銀価格に関する問題は社会経済のしくみによって解決できる領域であって大きな問題ではないように思っています。

 ビスマス系は日本で発見された材料です。これを世界中の人々の生活に役立つ材料として育て上げることがメーカーに身を置く私の使命と心得ています。すでに不況による逆風で何度もころんで怪我をしましたが、幸いなことにまだ健在です。社内外の理解ある方々に励ましのお言葉を頂き、大変勇気づけられております。国際競争は大歓迎です。決して負ける気はしません。

おわりに

 前回討論から2年が経過し、この間Bi系線材の長尺化と高性能化が着実に進展していることが確認でき、嬉しく思います。特に、Ic及びJcの向上はもちろんのこと、機械的特性の向上、丸線化・ケーブル化技術及び永久電流接続技術の開発が行われるなど今後の高温超伝導(HTS)応用におおきなインパクトを与えるものと高く評価します。また、重要課題である線材の低価格化についても率直かつ貴重な意見を開陳していただきました。そして何よりも線材メーカー担当者の力強い抱負及び自信を頼もしく聞きました。今後の活躍を期待しております。