SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 9, No. 1, Feb. 2000.

8.Y123系の物質特許米国で成立か


 Superconductor Week誌の最新号(1999年12月13日)によると、米国特許庁はY123の基本特許はルーセントテクノロジー社(発明当時はAT&Tベル研究所)に与えられる可能性が高いことを報じている。本特許は、1988年の3月に、AT&Tベル研、IBM、米国海軍研究所、およびヒューストン大学からあいついで特許申請があったため、抵触審査の対象となっていた。実に、最終決着まで11年もの歳月を要したことになる。ただし、IBM社はこの裁定を不服として、裁判所に対し異義申し立てをする準備があることも報じられている。米国では、先発明主義を採用しており、先に発明したという証拠を提出すれば、この決定が覆される可能性もある。

 IBMとしては、自社の二人が高温超電導の先べんをつけノーベル賞まで受賞したという自負があり、意地でも譲れないという事情がある。ただし、ルーセントの特許では、超電導化に必要な酸素アニールが開示されおらず、この部分はIBMの特許になるとも報じられている。

 この報道に対して、希土類元素(RE)とBaが固溶体を形成するRE(La, Nd, Sm, Eu, Gd)123系の特許を米国、ヨーロッパ、日本で取得している超電導工学研究所の村上雅人第三研究部部長は、「Y123の基本特許のゆくえに関しては、多くの人が関心を寄せていた。これで、一段落ついたという気がするが、特許の権利関係はかなり複雑である。どういうクレームが認められているのかがはっきりするまでは、正式なコメントはできない。

 また、Y123の事実上の発見者であるHouston大学のChu氏が、米国の特許レースで早々と脱落したと報じられているが、この裁定を不服として、すでに連邦裁判所に異義申立をしていると聞いた。IBMの動向も含めて、最終決着したとは言えないのではないか。」と述べている。

 さて、今回の報道では、ルーセントは日本においてもY123系特許を取得した(1999年4月2日付)と報じている。これに関して同部長は、「確かに、Y123特許は成立している。しかし、それが123系の基本特許となるかどうかは分からない。第一の理由は、123系構造を示す希土類元素はたくさんあるが、そのすべての権利をルーセントが得ているわけではない点である。特に、123のストイキオメトリーをとらないLa, Nd, Sm, Eu, Gdは除外されており、これらの固溶系複合材料に関しては超電導工学研究所の特許が認められている。」と指摘している。

 この件に関しては、超電導を示す結晶構造を決定しない限り、(日本では、クレームに開示された内容に沿って発明品を第三者が製造できない限り)特許が認められないという基本方針に沿ったものである。一方、最近、日本で成立したChu氏の特許の動向も見のがせない。Chu氏の特許には「希土類元素、Ba、Cuからなる酸化物で、40 K以上で超電導を示す214構造以外の物質」という材料に関する広いクレームが開示されているからである。

 村上部長は「Chu氏の特許は、基本的には214構造に関するものが出発点であった。ところが、高い臨界温度を有する物質を発見したものの、それがY123と同定できていなかったため、このような広いクレームで請求したと推察される。しかし、クレームそのままに解釈すれば、当時は誰も知らなかったY124相なども含めて、すべてのRE123系超電導体を包含することになる。当然、ルーセントの特許も含まれるし、超電導工学研究所の特許も含まれる。Chu氏のクレームで第三者が超電導物質を合成できるわけではないので、その権利をどこまで主張できるか分からないが、この特許も無視することはできない。」と語っている。

 次に問題になるのが、Y123の基本特許で、どこまで権利主張ができるかである。例えば、超電導の電気抵抗がゼロになるという性質を利用したマイクロ波用のデバイスは権利が主張できるかもしれないが、磁束ピニングを導入しなければ大電流を流せない電力応用の機器に関しては、判断が難しい。さらに、Superconductor Week誌が指摘するように、大きな市場が形成されてはじめて特許の意味が出てくる。これには、マイクロ波応用や、次世代線材開発の成否が大きな鍵を握っていると同誌は結んでいる。(田町引越のS)

 ニュージーランド Industrial Research Corp. のJeff Tallon 氏によると、酸素アニールによる臨界温度向上に関して同社にもごく最近米国特許が認可された。また、同社が関係するビスマス系特許出願については、現在、米国および欧州特許庁で係争中であるという。前田弘氏らのビスマス系特許も、米国特許の行方は未だに不明である。この間、先願主義の日欧と先発明主義の米国の特許制度の差に由来する問題が浮上している。Y系もBi系も米国特許に関する限り、実際の発明者とは異なるグループに特許が与えられる結果となる可能性がある。ルーセントテクノロジーのある関連研究者によれば、Y系のノートは事後に相当に書き加えられたとされる。実験ノートを発明日の証拠として採用する米国特許は、日欧の先願の場合と違って非常に有利になるようにできており、かつ、事後のノート改ざんの可能性がある点で非常にアンフェアであり、日米欧の特許関連者はこの点で合意しているが、米国議会が米国特許法の改正を認めていない事情がある。

(事情通)