磁場配向は物質内部の磁化率の異方性が大きいほど起こりやすい。しかし、一般に有機物は反磁性物質であり、磁気的異方性も非常に小さいので、磁場配向は起こりにくいことが予想される。例えば平面構造を持つベンゼンでは、芳香環の面に垂直な方向の磁化率 (c⊥)と面に平行な方向の磁化率(c//)には差があり、磁場中では面と磁場の向きが平行になるように配置する方がエネルギー的に安定である。ところが実際には、磁気的な安定化エネルギーの大きさは熱エネルギーに比べて非常に小さいために、数テスラの強磁場を印加したとしても磁場配向は観測されない。では、芳香環が何万個もつながった高分子ではどうなるであろうか?芳香環を持った高分子は液晶と似た性質を示し、分子鎖画が集合してドメインを作りやすい。物質の磁性は加生成則が成り立つため、熱エネルギーに打ち勝つに十分な大きさのドメインが出来れば、磁場による配向が十分あり得るというのである。伊藤研究員らの実験では、上記のような条件を満たす物質として液晶性高分子のXydar (図1) が用いられた。
これを370℃、6テスラの超伝導磁石中で熱処理したところ、10分後には配向度が80%以上に達する事が観測されたという。配向度はX線回折パターンより算出されている。
また、この試料を用いて、引張り強度、弾性率、破断歪み、熱膨張率などの物性を測定し、機械的延伸により得られた同じ配向度の試料の物性値と比較したところ、特に熱膨張率・弾性率ついては、機械的配向試料に比べて、磁場配向試料の方が異方性が小さいという結果が得られている。また、破断面のSEM写真 (図2) から、機械的に配向させた試料については切れたFibrilが収縮しているのが見られるのに対し、磁場配向試料では収縮していない様子が示された。以上の結果から、同じ配向度の試料でも磁場配向試料と機械的配向試料では内部の高次構造が異なるとの結論に達している。すなわち、磁場配向試料は分子鎖が集合したドメインが形成され、それらが配向しているのに対し、機械的配向試料は、延伸時に強く引き伸ばされることでドメインが破壊され、個々のFibrilが延伸方向に配列しているということであった(図3)。
また、上記に加えて、ポリスチレン(発泡スチロール材料)、PET(飲用水容器材料)、その他数種の汎用性高分子についても既に磁場配向実験が行われており、磁場配向が可能であることが紹介された。配向の機構については、結晶化の始まる前の結晶化誘導期において液晶のような何らかの秩序構造が形成され、配向の手助けをしている可能性が高いとの事であった。理論の裏付けのため詳細な実験が進行中とのことである。
高温超伝導発見を発端として超伝導研究が急速に発達し、超伝導線材や冷却技術も同時に発展を遂げたおかげで、現在では比較的容易に数テスラクラスの磁場を利用できるようになってきている。今回紹介した磁場配向は、新たな強磁場の利用法として注目すべき技術であり、強磁場科学及び超伝導磁石技術の発展に拍車をかける事が期待される。講演して頂いた伊藤研究員によれば、「磁場配向の大きな利点の一つとして、分子鎖をフィルムの厚さ方向に配向させることが出来ることがある。厚さ方向に分子鎖を傾斜配向させ、非線形光学材料を作る等、今後、磁場配向の研究は盛んになると期待される。」ということであった。磁場配向の原理を利用して、新材料・新技術が開発される日が待ち遠しいところである。
(Breakthrough)
図2 破断面のSEM写真。(a), (b)は、それぞれ、磁場配向によって得られた試料と機械的延伸によって得られた配向試料のもの。(b)では切れたFibrilが縮んでいるのがわかるが、(a)では収縮が見られない。
図3 磁場配向(a)と機械的配向(b)による試料の内部構造モデル。(a)ではドメイン構造を形成しているのに対し、(b)ではドメイン構造が破壊されてFibril状になっている