SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 4, Aug. 1999.

16.第1回Sir Martin Wood 賞NEC基礎研究所中村泰信氏に
―Millennium Science Forum―


 Millennium Science Forum 実行委員長を務める三浦登東京大学物性研究所教授より、以下の御寄稿を頂き、また、関連者のコメントを頂きました。

 Millennium Science Forum は昨年、Oxford Instruments社のサポートにより、
1.凝縮系科学に関する日本の研究者間の交流の場を増やす。
2.日英間の科学協力の機会を増す。
3.Sir Martin Wood 賞の授与によって若手研究者の研究のモーティベーションとインセンティヴを増す。
ことを目的として設立されました。幸いスポンサーのOxford Instruments社の他に英国大使館、読売新聞社が後援して下さることになり、今年3月に英国大使館において英国アン王女も出席されて第1回総会を開きました。このForumの活動の中でももっとも重要なものは上記のSir Martin Wood賞授賞です。Sir Martin Wood 氏は、商業的な超伝導マグネットを開発したパイオニアの一人であり、Oxford Instruments 社の創設者です。毎年、凝縮系科学の分野(広い意味でのCondensed Matter Science で化学や物質科学を含む)で、日本の研究機関で優れた研究を行った40才以下の若手研究者に贈られることになっています。受賞者には賞金50万円の他、英国の大学や研究機関を講演してまわるLecture trip の機会が与えられます。本年は8月31日に推薦が締め切られ、多数の応募がありました。多数の優れた候補者の中から厳正な審査の結果、NEC基礎研究所の中村泰信氏(31歳)が第1回のSir Martin Wood 賞受賞者として選ばれ、11月17日に英国大使館での第2回Millennium Science Forum 総会で、Sir Martin Wood から直接賞が授与されました。

 中村氏の仕事は「単一量子箱における量子コヒーレンスの観測」というものです。この研究は微小な超伝導量子箱(クーパー対箱)がジョセフソン接合を介して外部超伝導電極と相互作用するサブミクロンスケールの素子を用いて、固体電子素子を用いて初めて2準位系の量子状態を任意に操作できる(量子ビット動作)ことを示したものです。ここでは量子箱中のクーパー対数が1個変化することで生じる、異なる2つの電荷数状態を用いた人工2準位系を利用しています。同氏はこの2つの状態間の対称・反対称結合という固有状態間のエネルギー差を分光的に求めるとともに、ゲート電圧のパルス制御による2準位間のコヒーレント振動の観測にも成功し、これまで主に原子や分子の世界だけで観測されていた量子2準位系の動作をデバイスレベルで実証しました。

 これは極めて高度で難しい実験ですが、中村氏は種々の工夫によって困難を克服し、その観測に成功しました。この研究成果は基礎物理の問題としてもたいへん興味深いばかりでなく、将来の量子コンピュータの量子ビット素子としての応用の可能性を示したという点で応用上の観点からも注目されます。これは世界にも誇れる我が国の研究成果であり、このような優れた研究とこれを行った若い研究者が第1回受賞者として選ばれたことは、非常に喜ばしいことでMillennium Science Forum 実行委員会としても嬉しく思っています。中村氏は来年春頃、Oxford大学を振り出しに、英国各地で講演を行うことになっています。

 今回の受賞の喜びを中村氏は「なかなか良いアイデアが浮かばず苦しいときもありましたがひとつひとつ実験を積み重ねてきた甲斐がありました。研究の節目節目において内外の多くの研究者の方々から貴重なヒントを得ることができたおかげだと思います。このような先の長い基礎研究に会社の理解が得られたことは本当に幸運でした。自分の研究がこの分野の次の発展に少しでも多く寄与することができれば幸いです」と語っている。

 また、量子コンピューター開発の基礎研究に携わるNTT物性科学基礎研究所機能物質科学研究部長の高柳英明氏は「これまで固体デバイスを用いた量子コンピューターは原理的には可能と考えられていたが、その基礎となる巨視的量子コヒーレンスさえ実証できていなかった。中村氏は、見事にこれを実証したわけで、インパクトは非常に大きい。実際、氏の発表以降、低温物理国際会議をはじめとする多くの会議で、氏の講演は引っ張りだこであり、これを契機に世界の量子コンピューター研究人口は2倍に増えるであろう」と述べている。

 上記研究の詳細は雑誌Nature 398(1999)786、Phys.Rev. Lett., 79(1997) 2328、Solid State Electron., 42(1998)1471などで見ることができる。(PKK)