SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 6, Dec. 1999.

13. 新方式の高温超電導フィルタの開発
―京セラ―


 京セラ株式会社中央研究所(武田重喜、棚橋成夫、松永佳典、井上貴之各氏のグループ)は通産省からの補助金の支援を受けた「大容量ディジタル移動体通信の基地局用超電導フィルタに関する実用化開発」プロジェクトのもと、新方式の高温超電導フィルタの開発に着手した。現在、高温超電導フィルタの応用分野としては移動体通信がもっとも期待されている。将来の移動体通信であるWideband-CDMA、ソフトウェア無線等の第3世代、第4世代移動体通信方式では、ディジタル信号による大容量情報伝送が行われるようになる。特にソフトウェア無線が実現されると、図1に示すように一つの基地局で複数の通信方式の信号を送受信することができ、設備費の軽減と新しい通信サービスへの切り替えの早期実現が可能となる。

 ディジタルの伝送方式では、通信の品質は符号誤り率で決まる。符号誤り率は希望信号以外の妨害信号により悪化するが、元来それを改善するためにフィルタを用いている。しかし、特に大容量情報伝送においては、そのフィルタ自体の特性により逆に符号誤り率を悪化させてしまうという問題が起こる。これを避け、大容量のディジタルの希望信号を劣化させること無く妨害波を除去するフィルタは、阻止域で十分な減衰を確保した上で、通過域での振幅特性と群遅延特性が同時に平坦でなければならない。しかし、通常のフィルタ構成ではこの特性は実現できていないのが現状である。

 これまでの開発で、同社は、従来設計が困難であった非最小位相推移回路を用い、通過域で振幅特性と群遅延特性が同時平坦で、阻止域で伝送零点を有するフィルタの実現方法を構築した。従来一部でわずかに経験則的に楕円関数を用いてこの特性に近づける試みがなされていたが、群遅延特性については要求特性とは程遠い状態であった。京セラのグループは、正確にこの特性のフィルタを設計する理論を確立し、合わせて実際のストリップ構造のフィルタパターンに変換する一連のプロセスを世界で初めて完成させたもの。図2は設計したフィルタの伝送特性(回路シミュレーション)である。同グループの武田重喜氏は「理論が複雑で、また、実現するための良い素子材料が無いために、四半世紀前に姿を消した非最小位相推移回路による低波形歪みのフィルタですが、超電導材料の出現と、ディジタル移動体通信の高度な発展で、再び着目されて実用化されようとしているのは感無量です」と語っている。

 しかし、このフィルタを実現するには、ほとんど損失のない超電導体を用いる必要がある。金、銅等の金属を用いると通過域での群遅延特性と振幅特性の平坦性が劣化してしまうからである。そのため、通過域で振幅特性と群遅延特性が同時平坦で、阻止域で急峻な減衰特性を有するフィルタを開発することが、このプロジェクトの目的である。このフィルタをディジタル移動体通信基地局に設置することにより、符号誤り率の非常に低い大容量情報伝送が可能となり、この大容量情報伝送を生かした全く新しい情報伝送サービスも生み出されていく、とみられている。さらに基地局が高感度化されれば、携帯端末の送信パワーの低減による携帯端末の省電力化、小型化、低価格化等、移動体通信事業への様々な寄与ができるものと期待されている。

 2001年にサービス開始予定のWideband-CDMAでは、PHSとの干渉問題、3通信事業者の周波数割り当て問題、将来のさらなる大容量伝送に必要な広帯域化対応等の問題により、通信事業者別に大変高性能な基地局用フィルタが要求されると予想される。特に通信事業者への周波数割り当て問題は、京セラグループとしては注意深く見守っていく必要があるといえるだろう。このような状況下で、本プロジェクトのフィルタの開発によって今後の移動体通信事業がどのように進展していくのか注目されるところである。

(せるら)