SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 5, Nov. 1999.

9.特別企画
高温超伝導メカニズムの論点は何か?
_理論家を囲む座談会_


 高温超伝導発見以来すでに13年。メカニズム候補はかなり絞り込まれてきたものの、どれが決定打なのか(あるいはどれもが決定打ではないのか)いまだにはっきりしない。物理学会や物理学会誌でかなり盛り上がっていると聞くが、実際のところはどうなっているの?という疑問をお持ちの読者も多いと思う。そこで特別企画として、高温超伝導理論の世界的な論客3人をお招きし、これに3人の実験家(各々K、S、T氏)が火付け役として加わり、好きなことをしゃべっていただくという座談会をさる9月4日に都内某所にて行った。3人の代表的理論家として、フェルミ液体論から攻めるU教授、フェルミ液体である金属から絶縁体への転移の臨界現象の現れとしての切り口から攻めるI教授(量子臨界派)、スピン−電荷分離を旗頭に非フェルミ液体の立場で攻めるN教授(非フェルミ液体派)という豪華な顔ぶれが予定されていたが、あいにくN教授の都合がどうしてもつかず、欠席裁判で座談会を開くことになってしまった。したがって以下の座談会の内容は若干偏っている可能性があるが、近いうちにN教授からの反論コメントをいただいて掲載することにしたい。

 議論前の世間話の段階で、すでに議論が白熱し、緊迫した空気が流れるという波乱含みの幕開けで、超伝導の話に入ったとたんいきなり核心の議論に入ってしまった。そのまま3時間にわたって議論は盛り上がったのだが、専門外の方にわかっていただくという趣旨を出席者全員が忘れてしまい、専門外の方にもわかる座談会の記録にはなっていない。せめて、雰囲気だけでも感じていただければ幸いである。また長時間にわたる座談会のため、今回は全体の約半分だけを掲載していることをお断りしておく。

(座談会前に事務局からの予習項目としていた部分に付き、東大新領域創成科学研究科高木英典教授研究室のポスドクである堀井滋氏に下調べをしていただいたので、多くの方にはイントロとして頂きたい。アドバンストコースの方はその部分を飛ばしていきなり座談会部分よりお読み頂くのが適当と思われる)。

事務局 電子-格子相互作用に基づく超伝導機構は完全に消えてしまったのか?

答 電子−格子相互作用のみに基づくBCS理論では高い転移温度が説明できないという点は、発見直後の比較的早い時期からコンセンサスをえました。しかしながら、論争の場から消えてしまったわけではありません。ヨーロッパを中心にバイポーラロン理論(電子−格子相互作用によって強く結合した電子対がボーズアインシュタイン凝縮を起こすと考える)を支持する根強い流れがあります。しかし、ごく最近、バイポーラロン理論の旗頭をつとめてきたフランスのグループが、バイポーラロン理論では高温超伝導は説明できないとする、いわば自己批判の論文をPhysical Review Letters誌に投稿するという衝撃的な事件が起こりました。まだまだあきらめないという研究者もいますが、多くの人はバイポーラロン理論を信奉する研究者の事実上のギブアップ宣言と捉えたのではないでしょうか。この間の事情は、Physics Todayがジャーナリスティックな記事として取り上げました。(日本のパリティ誌(本年1月の高温超伝導特集号)にも翻訳掲載)

事務局 強相関と呼ばれる強い電子間の反発相互作用が本質であるということがほぼ確立しつつあるようだが、どうしてそこまで到達しながら、メカニズムが解明されないのか?

答 電子間相互作用が非常に強く、結果として生じる反強磁性的に相関したスピンと電荷の複雑な絡み合いによって生じるd波超伝導、というイメージには多くの研究者が同意すると思います。ところが具体的なシナリオを作ろうとすると話は簡単ではありません。そもそも単位体積あたり1022におよぶ多数の電子の多体問題を扱わなければならないので、理論的な取り扱いが難しい。厳密に解くわけにいかないので、物理的洞察力に基づいて、本質を表現するのに最低限必要な舞台を設定してやる必要があります。この出発点の選び方には様々な流派があるために、その間で激しい論争が繰り広げられています。

 金属の理論として20世紀を風靡したフェルミ流体論に依拠し、これにどのような修正を加えるべきかを考えるフェルミ流体派(U氏)、一方、これとは連続的につながることはないとされる(すなわち水と油の関係で、その二つのアプローチの間には相転移が存在しなければならないとされる)新奇相派(これまで強相関派とか非フェルミ液体派と呼ばれている)(N氏)、さらに、両者よりやや独立のスタンスを保つ量子臨界派(I氏)(ある相より相転移が生じる状態に近づくに連れて現れる量子臨界現象そのものが高温超伝導の本質と捉えようとする)の3派に典型的に分類しても良いでしょう。すなわち、高温超伝導はフェルミ液体からモット型絶縁体との間で生じているが、超伝導相がそのどちらかに連続的につながると考えるか、それとも、途中で生じる相転移での臨界現象が超伝導を引き起こすと考えるかの3つに分類してみたい。

 たとえば、高温超伝導体が常伝導状態で示す異常な物性の一部;過小ドープ領域から最適ドープ領域で観測される輸送現象の振る舞い、がこれまでの金属電子論を支えてきたフェルミ液体論からは単純には説明できない。これらの結果をフェルミ液体論の破れと捉える研究者たちはフェルミ液体論を捨てて、スピンと電荷という電子の持つ内部自由度が独立の粒子(スピノンとホロン)として振る舞う、これまでの金属とは概念的に異なった状態が存在すると考える。その前提のもとで理論を展開し、高温超伝導の出現や様々な異常物性を矛盾なく説明することで、高温超伝導メカニズムへの出発点としての正当性を主張しようとしました。(非フェルミ流体派) これに対してフェルミ液体の概念を尊重しながら、その延長線上で更なる展開を図り、高温超伝導を探っていこうとする立場の研究者も多数います。フェルミ液体派とここでは呼びましょう。両者の間には非常に激しい論争が繰り広げられ、学会などで口角泡を飛ばす議論を目にされた読者も多いと思います。
 フェルミ液体と非フェルミ液体は断熱的につながりませんから、我々が目にする現象の起きている領域がどちらの相に属するのかという質問には本来、どちらが正しいかというはっきりした答えがあるはずです。両者ともに正しいということは有り得ない。しかし、実験はそれを絞り切れていない。
 一方、これとは別に、高温超伝導の出現や様々な異常物性は、ある明確に区切られた相自身のもつ性質ではなくて、ある相から別の相への転移の近くにいるために、転移に伴う大規模な臨界性が見えた結果生じたものなのではないかという考え方があります。この場合には、異常物性は相転移に近づいたことの前兆現象であり、相転移が起きてしまっているわけではありませんので、通常の金属相から明確な相境界で区切られておらず、断熱的につながってはいます。
 しかし、相転移の臨界性の結果、異常性が生じていますから、ある相に特有の性質ではなくて、単純に何々液体派などと呼ぶことは出来ません。この臨界性を生じる相転移が何であるかという点でさらにいくつかの異なった考え方があります。この相転移はモット転移であるという考え方、金属相中の反強磁性相転移であるという考え方、ストライプのような電荷秩序相転移であるという考え方などです。
 この10年の間、新たに擬ギャップ現象(過少ドープ領域で転移温度よりはるかに高い温度スケールから超伝導ギャップと同じ対称性を有するギャップ的な構造が出現する)やストライプ現象(ホールの濃度が1/8のときに一部の系でホールとスピンが縞状の秩序を示す現象、ほかの系や組成でも動的なストライプ揺らぎがあるともされる)などの存在が認識されるようになり、これらの異常をそれぞれの立場でどう理解していくのかが、多くの対立する考え方の優劣を決定する重要な試金石であるとされています。

事務局 フェルミ液体論とは何か?

答 そもそもどんな電子系でも多かれ少なかれ電子の間には相互作用が働いています。にもかかわらず、基本的には一電子近似であるバンド理論に基づいて、金属の様々な物性が導き出されるのは、ランダウが提唱したフェルミ液体論がその根底にあるからです。相互作用のない電子系から出発して連続的にゆっくりと電子間の相互作用を導入していくならば、途中で相転移が生じない限り、低エネルギーの励起は相互作用のない系と一対一の対応関係でつながった「準粒子」をもちいて記述することができる。これがフェルミ液体論です。「準粒子」を用いて、系をあたかも相互作用のない電子系であるかのように扱うことができるというのがその霊験あらたかなところです。
 相互作用のない状態からの連続性がポイントとなるこの枠組みは、例えば高濃度近藤系の重い電子状態の理解に本質的な役割を果たす。フェルミ液体論の立場に立つ理論の多くは、反強磁性スピン揺らぎが電子格子相互作用に代わって準粒子の仲を取り持ち、d波の対称性を有するクーパー対を形成すると考えています。

事務局 スピン−電荷分離理論とは

答 相関した厳密な一次元電子系の基底状態では、フェルミ液体流の準粒子がよく定義できず、スピノンとホロンという二つの素励起によって記述される特殊な量子流体状態(朝永―ラッティンジャー液体)が実現しています。アンダーソンは酸化物超伝導体の発見直後にその物性の異常性を認識し、二次元で非常に強く相関した銅酸化物でも一次元と同じような非フェルミ液体状態が実現していると主張しました。その後、この直感を定式化することが日本や米国で進められ、電子相図や輸送係数など実験と直接比較できる予言ができるほど理論は進化しています。スピン−電荷分離は、一次元と異なり二次元の場合にはその存在が証明されているわけではありませんし、実験的に「スピン電荷分離相」というのが明確な相として見い出されているわけでもありません。また、二次元で物性が議論されるときのスピンと電荷の分離の仕方は、一次元の場合とは全く違っており、単純に一次元を二次元に拡張したものとはなっていません。
 一次元でのスピン−電荷分離の場合は電荷密度やスピン密度という、二体の励起によってスピノンとホロンが表わされますが、二次元での取り扱いでは一つの電子をさらにスピノンとホロンに分割したような取り扱いとなっており、その関係がよくわかっていません。しかし、いったんその存在を仮定してしまえば、これまで進展してきた理論の処方箋によって、様々な異常物性や擬ギャップの存在などを自然に導き出すことができると主張されています。

(場所が変わって、いよいよ本番座談会)

どの立場からアプローチすることが妥当なのか?

(幕開けにいきなりスピン−電荷分離の理論展開で使われるt-J模型のJ(スピン間の反強磁性相互作用)は絶縁体では非常に明確な物理量だが、金属状態でのJというのはよくわからない量である。したがって出発点ですら怪しいのだという批判がいきなり出た後)

I:t-J模型の研究に際して留意すべき点は二つあります。ひとつは、ハバード模型やd-p模型のような模型の強結合展開から、t-J模型は導かれるわけですが、この強結合展開はクーロン相互作用Uを無限大から小さくしてきたときにどこまで有効かという問題です。t-J模型そのものは不十分でも、もう少し先まで、展開を系統的に行なえば、有効だという考え方もあります。いずれにしても、このタイプの展開の仕方で現実的なUの大きさの時の正しい答えにたどりけるのか、それとも途中に特異点があって、たどり着けないのかについて、二次元系の場合には誰も確たる答えを知りません。もう一つのもっと重要な留意すべき点は、当り前のことなのですが、仮にt-J模型が現実的なUを考える上でも良い模型であるとしても、そのことは、t-J模型をある近似で解いた結果が正しいということは意味していないということです。t-J模型の信頼できる解は誰も知らない訳で、その段階でこの模型が有効かどうか断定するのは、かなり不遜なことですし、無意味です。ただ私は個人的には、展開は有効であって、t-J模型や関連する模型を調べ信頼できる解を求めるように努力することは意義があると思っています。
 しかし、現状でのいくつかの近似的な答えには、ほとんど平均場近似の限界がつきまとっていますので、二つ目の点は重要だと思います。例えば、時々、t-J模型から出発することを、非フェルミ液体的なアプローチの代名詞のよう看做す例を私は何度も聞いていますが、これは大いなる誤解で、t-J模型の正しい解はフェルミ液体であるのに、近似のせいで間違った相を予測してしまうことは十分にありえます。平均場近似をすると、揺らぎのために存在できない相をあるかのように予測してしまう例はいくらでもあります。ただし、現実問題としては、強いクロスオーバであれば第ゼロ近似としては、存在しない相を存在すると思ってはじめたほうが、理解しやすいのではないかという控えめな考えにはそれなりの理由はあると思いますが。

U:t-J模型をきちんとした解を求めて研究すること自体の意義は、確かにあると思います。一方で、例えばスレーブボソン近似というのは、重い電子系の研究で1970年代に提唱され、70年代に既にその平均場解の限界についてはわかっているわけです。つまり、正しい答えからは遠く、実際には存在しない対称性の破れを予測してしまうという点です。この轍をまた踏んでいるように思えますが。

I:銅酸化物超伝導の場合は70年代の重い電子系のときと違って、平均場近似で簡単に擬(スピン)ギャップ状態の性質を(明確な相としてなので問題はあるとしても)ある程度再現出来たというメリットはあります。

T:そう、スピン−電荷分離の人たちは、平均場近似のもとで電子相図(キャリア数と温度の関数としての相図)をつくり、擬ギャップの存在が実験的に確立する前からギャップ相のある相図を求めています。

U:平均場近似の相図では、擬ギャップ相とその他の相の境界は明確な相転移として存在しています。ところが、実験的には擬ギャップの出現は明確な相転移ではありません。そこのところのつじつまを合わせるために、最近、境界は実はクロスオーバーなのだといい始めているわけです。
 ところが、クロスオーバーを持ち出して相転移を消したときに、もとの相図にそれだけの意味があるのかという判断が理論家にとって問われるわけです。

I:スピンと電荷が分離している相というのは、フェルミ液体とは明確に違う相であって、断熱的にはつなげられません。このような新しい液体相が今考えている次元で存在しているならば革命的に重要なことなんです。従ってこの点はきちんと決着をつける必要がある。少なくとも実験的には通常の金属から明確に相境界で区別されるようなエキゾチックな金属相の存在は見つかっていない。また、理論的には色々曲折があったけれども2次元系では、摂動論や繰り込み群、低濃度展開などで、フェルミ液体は破綻せず新しい相はないという研究が蓄積している。

U:そう、ここ最近の摂動展開などで、ずいぶん進歩があって、少なくとも、低濃度の極限では相互作用があってもフェルミ液体状態は保たれるということは確立した訳で、最近の重要な成果だと思います。

I:金属の異常さが明確な新しい相の存在に起因するのではなくても、強いクロスオーバーなら新しい相が存在するとして出発した方が、理解しやすいのではないかという考え方は有り得ると思う。つまり、状態をより良く表わすのにどちらから近づくほうがeconomicalかという視点です。ただ気を付けなくてはいけないのは、断熱的につながらない相の側の記述から出発してしまうと、結局は本来収束半径の外ですから、自分自身の出発点の破綻しているところをゆくゆく扱わなきゃならないという辛い道のりになる。ただ有限温度の性質ならそこそこいいんじゃないかという逃げ道はありますが・・・
 最初の出発点が正しいかどうか、というのとは別に、理論としてその先をやろうとする場合、系統的な展開のようなことをできるかどうかはプラクティカルには重要です。フェルミ液体論はそういう意味では歴史のある理論であるからいろいろ研究されているわけです。

U:努力すれば、間違いのない進歩がある理論です。

I:フェルミ液体理論は相互作用のない電子から始めているので、フェルミオンという非常に良く定義された統計性のあるものから始められるのですが、スピン−電荷分離の理論のように強結合の極限から始めると出発点そのものが全然わからない。したがって、系統的な展開をやろうとしてもどうやったらいいのか良くわからない。プラクティカルな意味で見通しがなかなか立たない。ゆらぎを全部取り入れればいいだろう、というが、確かにそのとおりであるが、誰がそれを実現できるだろうか?という問題が出てくる。

K:そのときに取り入れるべきゆらぎはどんなもの?

I:ゲージ場のような形で取り込むというのが一つのやり方で、魅力的だと思うが、そのゲージ場のゆらぎの取り込み方が、今のところ概ねガウス近似にとどまる。その先のゆらぎの取り込みがそんなに進んでいるとは思えない。

T:相転移を消さなければならないわけですね。

I:相転移を消すだけなら、できるけれども。

U:消してしまうと、対称性の破れを生じた(相転移を起こした)状態とずいぶん変わってしまう。最初に取り入れた効果はどこへ行ったかわからなくなる。

I:ゲージ場のゆらぎが強いことは認識されているが、ただ、それをどのように系統的に展開していくか見出されていない。

K:日本では、フェルミ液体派と非フェルミ液体派によく2分されますが、I先生は自分を何派だと思っていますか? (笑)

I:この区分けの仕方がそもそも変だとは思います。風変わりな金属の性質を説明しようというんだからフェルミ液体派じゃあ派にならない。風変わりであることの原因が何であると考えるかを表現しないと派の名称にならない。この区分けではなくて、異常さや超伝導の根本原因がフェルミ液体以外の新しい相の存在と考えるか、或いは何らかの相転移が近くにあることを物質が知っていて、その臨界効果でおかしくなっていると考えるかでまず分類すべきでしょう。新奇相派と量子臨界派ともいえる。この分類で私は後者です。後者にも問題となる相転移が何であると考えるかでたくさん流派がある。モット転移が第一義的に重要だというのが私の考えですが、他にも、電荷秩序(ストライプ)への転移派、反強磁性秩序転移派などがあります。U先生はこのなかの反強磁性秩序転移派に属するのじゃないかと思います。量子相転移に伴う量子臨界性による異常を、非フェルミ液体現象と呼ぶ呼び方が重い電子系の研究を中心に見られますから、これら量子臨界派を非フェルミ液体のアプローチといえなくはない。フェルミ液体であっても必ず絶縁体への転移に向かって破綻するわけですから…。でも、相そのものとしては、(私はしばしば安定固定点の本質としてはという言い方をしますが)Fermi液体派が間違っているとは思っていないのです。

K:え?

I:かろうじてフェルミ液体状態を保っているんでしょうけど、それがどう破綻していくのか理論的に解明されない限り、満足な理論とは言えないということです。そういう意味ではフェルミ液体派とも言える。あまり意味はありませんが。

U:私の場合、フェルミ液体派とよばれていますが、例えば、擬ギャップという問題について我々はそういう風にとらえているわけです。

K:そういう風にといいますと?

U:フェルミ液体からモット絶縁体に近づいていったときに擬ギャップは起こるべきものである、ということです。

I:わたくしとはちょっと違うかもしれません。

U:たぶん、ちがうかもしれません。

I:モット絶縁体の近くで擬ギャップの出現は必然的ではないと考えているという意味で。ただ、モット絶縁体の浸みだし効果で起きることがあるというんであれば、広い意味ではいっしょかも。

K:ただ、フェルミ液体からモット絶縁体に近づいていったときに、それは起こっても構わないと思っているのと、こういうことを考えればこれが必然的に起こると思っていることとは別ですよね。

U:そうですね。多分必然的だと思います。あくまでも想像で、実際に計算をしてそれにもとづいて言っているわけではないですけど。

I:強いて分類すれば、私は3つの派があると思ってます。非フェルミ液体派は、フェルミ液体とは別の相があると思っているわけですから必ず境界があると考えていることになる。また、フェルミ液体派は、フェルミ液体に摂動として取り込めば済むということで、フェルミ液体論は破綻する必要がないと考えています。私たちはどちらでもなくて、相転移点がモット絶縁体へ向かうところにあって、そこに向かってフェルミ液体は破綻するわけですから、どう破綻するか明らかにしない限り解明したとは言えないという考えです。

T:あるいは破綻にむけての前兆現象が異常だと考えているのですね?

I:そうです。普通のバンド絶縁体への転移とは転移が全然違う場合が多いので、その前兆も大規模に異常だと…。

T:繰り返すと、三つの派閥をA,B,Cと呼ぶと、Aはとにかく革新的に行こうと言う人たちで、非フェルミ液体の相がなくてはならないと思っている。

K:それを革新的と言うのかな?

T:どう言えばいいでしょうか?

U:冒険主義?(笑)

K:どっちが守旧派になりますか?フェルミ液体派(FL)は守旧派ではないですよね?

U:守旧派とは言わないですね。むしろ、進歩をめざしています。(笑)

T:Cというのは、FLに摂動を入れる立場で、Bというのは、FLが崩れるところに何か変なものがあるという立場で、I先生はBですね? U先生は、擬ギャップが開いた状態というのはフェルミ液体論で記述できるとお考えですか?

U:そうですね。相転移がない限りは記述できると思います。記述するのは大変なことと思いますけど、連続的だろうと思っています。ただ、それが起こる場合とそうでない場合があると思います。例えば、常磁性金属の状態から始まり、超伝導が起こって、あるいは反強磁性金属になって、絶縁体に向かうときに、その行き方にはいろいろなモデルがあります。何が擬ギャップの必要条件なのかわかったときには連続的に擬ギャップを経てモット絶縁体に到達すると思います。

K:I先生の場合は、そこにフェルミ液体論が破綻した新しい相があるとお考えですか?

I:いえ。ないと思います。もちろん超伝導や電荷秩序などは別です。連続的だと思うのですが。ただ、フェルミ液体を出発点としたときに、破綻するところまで扱うのは少なくとも今はできていないですし…。

K:U先生のおっしゃったことと本質的には差がないのですか?

I:ただ、そこから出発点として取ったときに辿らなければならない道が大変遠い。

K:"遠さ"に差があるだけで定性的には差がないのですか?。

I:相転移点から出発した方が早いのではないかと考えています。ちょっと誤解があるようですがモット絶縁体への転移はバンド絶縁体への転移と大きく違っている場合があって、その場合は転移の性格の違い(これを普遍性クラスの違いと呼びますが)のために、波及効果として金属が変になる。実際、金属が悪い金属になってしまうことが自然に説明されてしまう。でもフェルミ液体論に立って、自己の破綻を予測するのは容易なことでないし、実際今のところうまくいっていない。

U:Iさんのおっしゃったことを翻訳すれば、ここに金属-絶縁体転移というものがあって、その存在がこちらを支配している。フェルミ液体から外れていく行き方をそちらが支配していると考えていらっしゃるわけです。ただ、私がわからないのは、それが単に金属-絶縁体転移という一般的な相転移の一つとして記述して良いのか、です。モット絶縁体が崩れていくときの崩れ方とか、そういうことによっても擬ギャップが影響を受けているのではないかと考えているので、多分、もうちょっと複雑になるであろうと思ってます。

I:金属-絶縁体転移にはいろいろありうるので、それによって、異常金属近傍の異常さもそれぞれ変わってくるはずです。だから、擬ギャップが出来るかどうかも、モット絶縁体の近くの必然とは思っていない。モット絶縁体が崩れていくときの崩れ方というのがすなわちモット転移の臨界領域がどうなっているかということに答えることに他ならないんです。いずれにせよ、相転移そのものの性格を理解しないとフェルミ液体から近づいてもわかったことにならないのではないかと考えています。

U:金属-絶縁体転移が一般的に言う相転移といえるかどうかの認識にもよっているのでしょう。

****************************************************

ストライプ(1/8問題)について
(ホール濃度が1/8になる組成で縞状の電荷配列が生じていることが中性子散乱などの結果から指摘され、この2−3年はその話題が特に米国などでは大きく取り沙汰されており、一部にはこの電荷整列がダイナミックに揺らいでいる状態こそが超伝導の本質と考える立場もでてきている)

K:その他の派はないのですか?

T:ストライプとか?

S:これは海外での主張ですね。

U:金属-絶縁体転移に近い強相関電子系には、実はストライプような現象は多いと思います。電荷秩序化とか。しかし、1/8にこの現象はあってそれ以外のフラクションはないのか?きっと、FLから金属に向かうときに、金属性の悪い金属というのは、居心地の悪い状態なので、それならば、古典的な秩序を作った方がいい。多分、このような系の一般的な問題であり、高温超伝導体にとって本質的で重要な問題なのかと言うと疑問を感じます。現象として1/8問題があることは本当だと思うけど、ただ、それが1/8を通り越して、アンダードープ領域全体を支配している普遍性のある現象であるかと言うと、これには疑問を感じています。

T:動的なストライプの存在を超伝導の起源だと考える人たちがいますが、これを分類するとしたらどうなのでしょう?

I:私の考えでは、モット転移の波及効果における一つの重要な現象です。波及効果として悪い金属になるので、電子がよたよたして、色々な不安定性に巻き込まれ易くなっているので…。

T:とすると、ストライプ派はI先生グループに属しているのですか? (笑)

I:いいえ。違いますよ。(笑) ただ、何に着目できるかと言うと、電荷の揺らぎが非常に激しくなっているのがモット絶縁体近くの臨界効果の一つであり(これは私達が明らかにしたことですが)、これはスピンのゆらぎとは違います。モット絶縁体に近づいていろいろなゆらぎが一斉に噴出してきているので、電荷のゆらぎとしてストライプがあると思います。EmeryもKivelsonも広い意味ではBグループに入れられなくはないが、Bグループにもさらに派閥があって…・。何が私と違っているかというと、私はモット絶縁体の近くにいて、モット転移が最も重要でそれ以外は単なる波及効果と考えていて…・。なぜならギャップが2eVもあって全体を規定していると考えるから。ストライプ派はストライプ転移が最も重要と考えているんでしょう。

I:ただ、ストライプ派も人によって違うと思いますよ。Zaanenとかも全然違うと思います。それはともかく、フェルミ液体から出発するとして、スピンゆらぎを重要と思うのと、電荷ゆらぎの方を思うストライプ派がいて、、、両方効いていると私は思ってるわけです。モット転移に近いから。

K:電荷ゆらぎを重要視しているのは誰? Zaanen?

U:アンダードープ領域では、縞状電荷整列の影響でスピンゆらぎがどう影響を受けるのか、という考えがスタンダードなストライプ派なのでしょう。仮に電荷ゆらぎが重要だとしても、それが超伝導を含めてすべてを支配していると思っている人なんていないですよね…?

T:いえ、そう思っている人も少なからずいます。

U:オーバードープ領域までどうやっていくんですか?

T:電荷のゆらぎが消えたところがオーバードープ領域です。

U:そうすると、電荷ゆらぎがすべての基本であるということですか?

T:はい。今は恐ろしいほど、そういう雰囲気になってます。

S:マジョリティを形成しつつあるといえるかも。

I:まあ、電荷ゆらぎが大事だ、と言うことを流布させたということは言えます。ただ、私は大騒ぎする必要はないと思います。モット転移の波及効果なんで。

U:モット絶縁体に近づくにしたがって、純粋な系ではそれはそれで面白い問題だと思います。ステアウェイケースのようにいくのかどうかという点で。

I:NiやMnでも、電荷整列が見えるのはいろいろあって、面白いですね。

T:説明できない実験結果が出てくると、すぐストライプのせいにしますね。(笑)

S:実験でみているのは電荷のストライプではなくて、どちらかと言えば、スピンのストライプですよね。

U:これはオフレコですが、最近のストライプの実験を見ていると、昔なら質が悪くて捨てていたようなデータが、ストライプという名目のもとで、先を競ってpublishされている印象をもっています。(私もそう思います、という声)

I:典型的なアメリカンカルチャーだと思っていますけど…禁煙運動と同じでヒステリーの一種だと思ってます。真面目な研究も多いのですが。

U:たぶん、一、二年で大部分は消えていくと思います。もちろん、いくつかの重要なものは残っていくとは思います。

K:ただ、ストライプは存在する、ということに関しては同意されているのですよね?

U:8分の1問題はあると思っています。

T:静的なところは疑う余地はないです。

K:超伝導の領域でも存在する?

T:超伝導と共存するかどうかは別の問題です。ある領域で静的にオーダーするということは誰も疑わない。

K:ダイナミカルにあるか?ということに関しては?

S:非弾性中性子散乱の結果についてはどうなんですか?

T:インコメンシュレイト(中性子散乱で観測される長周期の変調のかかった反強磁性スピン励起)の結果を見て、なんでもストライプと言うのは言い過ぎだと思います。

U:あの結果は全然関係ないと思います。インコメンシュレイトなスピンゆらぎがあるという実験事実だけで、それがすぐストライプにつながっていくという議論はおかしいですね。ナイーブに実験事実を見てみると、8分の1でTcが落ちているわけで、なぜストライプが超伝導を引き起こすという議論になるのかわからない。

T:静的なものでは共存しないがダイナミックでは良い、と言っている人もいるし静的でも良いという人もいる。

S:共存するかどうかには意味がないです。実験的には間違いなく、ストライプは壊す方向にしか働いていないです。これがペアリングの形成に効いていると主張するのなら、実験的証拠を出して欲しいです。

I:それは静的なもので見るからでしょ?

S:では、ダイナミックなものも…(笑)

I:今のところ、ダイナミックなものは見ようがないですね。(笑)

S:では、静的なものがなんで超伝導を壊すかということですが、超伝導になったときにキャリアの伝導が抑制されて金属ではなくなることによって超伝導が消失すると考えるのならば理解できるのですが、高温超伝導体のストライプの場合、実験結果はそうではない。静的に電荷が整列していても常伝導状態で金属です。伝導はほとんど死んでいない。でも、超伝導だけが死んでいるのです。

I:しかし、電子格子相互作用の場合も同様で、スタティックに格子が歪んだら何の関与もしないはずです。

S:ただ、それは絶縁体になっているからですよね?

I:いいえ。格子が歪んでも絶縁体になっていない場合があって良いと思います。そうではなくて、BCSのときは、格子がダイナミカルに揺らいでいるときだけ超伝導が出ると思うのですが。

U:CDWと超伝導という古典的な問題ですね。

I:CDWが起こったらだめで…

S:CDWが起こるとキャリアもなくなりますよね?normal stateのときに。

I:そうでない構造相転移を考えることはできると思います。電子的な原因でない構造相転移を考えれば、金属のままフォノンのゆらぎを減らすことができると思います。

T:100 %静的に整列したストライプができていた場合、本当の意味の金属になっているのですか?

S:それはわからないです。確かめようがないので…・。もし、静的だとして少なくとも常伝導状態は影響を受けていないです。

T:例えば中性子でみて、100 %整列したしたサンプルで電気抵抗測定した場合、ちゃんとモットリミット(系の基底状態が金属となる目安の抵抗値)より下の抵抗値になるのでしょうか?

S:なると思います。にもかかわらず、Tcだけを下げているので、ストライプは悪さをしているようにしか見えないですね。でも、I先生がおっしゃったような逃げ道が理論的にはあるのかもしれない…

  銅酸化物にスピン揺らぎの超伝導は存在するか?−フェルミ液体の超伝導

K:ジャーナリスティックに3種類に、A、B、Cと分けていたのですが、Bは何派?穏健派でもないし…どのようにみえますか?

T:自由党と民主党と自由民主党?(笑)

U:どうでしょう…私はジャーナリストではないので。(笑)

I:BがACと違うとすると、超伝導が起こる領域で、何か良いコレクティブモード(集団励起)があって、それが常伝導状態で異常を起こしているし、そのモードが媒介して、ある種のボゾンの役割を果たして、超伝導を引き起こしていると見るのはAもCも同じです。Bの考えではそもそも良いコレクティブモードがなくなっていくところにモット絶縁体転移に近づく特徴があります。

K:理論的な大きな流れとして、その他にはいないのですか?

I:人によると思いますが、そういう意味では、ストライプ派は、ストライプというゆらぎがスピンの代わりに良いコレクティブモードであると思いたいのではないかと思います。

T:とすると、Cですか

U:とすると、Bにコレクティブモードはない?

I:はい。電荷励起には良いコレクティブモードは全部なくなって、あらゆる自由度がダンプします。 T:インコヒーレンスに本質を求めたいわけですね?

I:そうです。

T:フェルミ液体論ではほんのちょっとだけあるコヒーレントなパートを取り込んで、それがいろいろな現象を支配している。I先生の場合は、普通の金属電子論で主役を演じる準粒子に焦点を当てるのではなくて、その周りにあるもやもやしたところが本質だと考えていらっしゃるわけです。

U:ダンピングを大事にしましょう、ということですね。

T:そうですね。

U:でも、それはCとそんなに変わらないということになりませんか?フェルミ液体から始めるとだんだんダンピングが増えていくわけですから。

I:そうなのですけれど、私は、スピンのコレクティブモード、つまりスピンの相関距離が伸びていくということが大事であるとは見ていません。人間というのはnon-interactiveな描像を持たないと物事を理解できないようなところがあるのでわかりにくいんでしょうが…。
それにフェルミ液体論ではインコヒーレント部分をどう扱うかという処方箋は何も与えられない。モット転移に近づくとこのインコヒーレント部分のほうが主要になるにもかかわらず、です。

T:例えば、フェルミ液体派のスピンゆらぎの理論では、超伝導のところにはちゃんとした反強磁性スピンゆらぎがあって超伝導が出るけれども、過剰ドープ領域ではゆらぎがダンプしていって超伝導が消えていく、と理解しているのですけど、U先生はそうですよね? I先生の場合、逆に、アンダードープ域では電荷の(p,0)のところにだらだらしたものがあって、そのせいで (p,p) 付近のスピンのゆらぎもダンプしてしまう、そこに本質があると言っておられます。

U:たぶん、Iさんの場合、一つのコレクティブモードではなく、もうちょっと複雑なコレクティブモードがこちら(アンダードープ領域)に行くにしたがって絡み合っていると考えているとおっしゃりたいのですよね?

I:そう言えなくはないですが、私は、相互作用のない波が伝播することによって、ペアリングを媒介していると考えるのは良い出発点ではないと思っています。でも、BCS理論などで(歴史的に)慣れているので、なかなかそれでないと理解しづらい。

U:私の感覚では、高温超伝導という現象は、フェルミ液体の範疇から説明できるところにあって、アンダードープ領域になるとだんだんモット絶縁体のそばに近づいていくということでいろいろな現象が見えてきます。そこには、面白い物理があるのだけれども、高温超伝導自身にとってはその現象がどこまで本質かと考えれば、たぶんそうではないと思う。それは、ヘビーフェルミオンの超伝導と同じ範疇にある超伝導ではないかと、私は思っています。

K:ただ、フェルミ液体派は、評論はする、だけれども、人から叩かれるかもしれないはっきりとしたモデルは出さない、ということにはなっていませんか?

U:ジャーナリストの本質が出た。(笑)

I:私がフェルミ液体派かどうか別にして、そういうことではないと思います。モット転移の性格を理解することが重要だと見ていますし、それがどういう性格かという具体的な主張もしています。

K:おっしゃることはよくわかるのですが私にとって、フェルミ液体派はまじめな議論をしているようには聞こえるのだけれども、実験によって定量比較でそのモデルを叩くことができる具体的定量的予言ができるかというと、それが出てこない。

I:叩く材料がない、ということに関しては、金属-絶縁体転移の性格が私達が理解したものではない、あるいは、それがアンダードープ領域で重要な影響を及ぼしていないという実験的、理論的根拠があれば、これは重要な反証になります。つまり、アンダードープという異常なnormal stateだと思われている部分が、絶縁体の波及効果で起こっているのか、いないのかということに関わっています。AとCでは、波及効果ではないと考えるのがもともと出発点です。

K:Aもなのですか?Aの場合は、絶縁体が本質で、絶縁体が擬ギャップ領域を支配しているのではないですか?

I:明確な別の相があるのです。だから、相転移の臨界現象とは関係はないんです。ですから、フェルミ液体派にモデルがないわけではないのです。叩きやすいかどうかは別として…(笑)

T:過剰ドープ領域については、フェルミ流体派はあまり難しく考えなくても超伝導は出てきますが、B派は難しいところまで行かないと超伝導は出てこないと言っていますね。だから、どこで超伝導が消失するかのポイントは両者で随分違っているわけですね。

I:そうでしょうね。

T:あまり難しく考えなくでも超伝導発現のエッセンスはつかめるという主張に対して、それだけではだめで、難しい物理が出てきたところでやっと超伝導がでてくるとおっしゃっているわけですね。

I:転移温度にもよると思います。

T:オーバードープではスピンゆらぎが多少強くなってきてもまだ難しいことは起こっていない。ところが、いろいろなゆらぎのパラメターを使って計算するとそれなりの転移温度が算出できてしまうわけですよね。そういう類の超伝導は存在してはいけないのですか?

I:大体の場合において、このときの転移温度はoverestimateになってしまうのですが、overestimateという点に関しては大方の意見は一致すると思います。ただ、どれくらいoverestimateになってしまうかについては意見がわかれます。

T:希釈冷凍機温度で測ったら、その類の超伝導が存在してもよいのですよね?

U:つまり、超伝導にも、どこかで「難しい」超伝導と「平易な」超伝導の間に相転移はあるのかないのかということを意味しますね。

I:それは存在しないとみんな思っていますね。

U:存在しないでしょうね。そうすると、次の問題は、「平易な」超伝導では、High Tcにはなりえなくて、「難しい」ところに来たときだけ、High Tcが実現する。それは重要なクロスオーバーである。たぶん、そう言いたいのですね?

T:私の質問は、実験的にどう見えるべきかということです。過剰ドープ側から攻めていくと、まず、「平易な」超伝導、つまりスピンゆらぎ超伝導がまず出てきます。このとき、overestimateだから実は50mKしかTcがない。あるところで「難しい」効果がはいってきてエクスポネンシャル的にTcが上昇する。これが「難しい」超伝導、ということですね?

I:例えば、反強磁性の金属になる物質は多々あります。それらの臨界点近傍で、十分に温度をmKオーダーまで下げてはいると思うのですが、超伝導が見つかった例は少ないですね。

T:臨界点を制御したうえで、温度をmKまで下げるのは簡単なことではないですよ。また超伝導がそれほどたくさん見つかっていないのには理由があって、良質な試料がたくさんあるわけではないからではないでしょうか。量子臨界点超伝導の場合、超伝導が存在するとしてもTcが低いので、コヒーレンス長が長くなり、試料がきれいでないと超伝導が出現しないということもあると思うのです。

I:しかし、スピンゆらぎの特徴的なエネルギースケールはそんなに小さくない、例えばネール温度が数百Kのオーダーをもつ物質は多くあると思いますが、そういう物質の臨界点近傍に普遍的に超伝導が見出されるかというと…

T:例えば、10mΩcmを切るような高純度な物質で常に量子臨界点の超伝導を探していたかというとそうではない。今から探せば見つかるような気が。

U:もう一方では実験事実として、反強磁性が消えた量子臨界点近傍で超伝導が出現しています。量子臨界点超伝導は、もう今では例外とは言えなくなりつつあります。例えば、ヘビーフェルミオンとか。

I:いくつかはありますね。

U:それから、ヘビーフェルミオンのTcは低いと言いますが、effectiveなフェルミエネルギーが数十度で通常金属より3桁も低いことを思うと、比をとればけっこう高温超伝導だとも言えるので、Tcの絶対値がそれほど意味を持つわけではない。必ず、系全体のエネルギースケールに比べてTcがどうかということが重要だと思う。

T:例えば、酸化物などにもっとエネルギースケールの高いものがあります。量子臨界点のところにそれでスケールされるTcは一体…

Uでは、逆に必ずこれが起こるのかということをおっしゃりたいのだと思いますが、これにはいろいろな理由があると思います。

I:それはわからない。

U:どうなのでしょうか?

I:試料のクオリティの問題は別にして、非フェルミ流体とフェルミ流体の両方から、なぜ超伝導になったりならなかったり違うのかという理論がわからないと、理論としてわかったことにはならないんじゃないでしょうか?少なくともネール温度の高い反強磁性転移点の近くを探すというだけのガイドラインをもっとはるかに超えた処方箋を理論的に提起しないと、よりhigh-Tcは見つけられない。

U:仮にt-jモデルで出発しても、この磁気的な特徴的な温度スケールが、high-Tcの場合、遷移金属酸化物の中で例外的に高いですよね?

I:そうです。

U:やはり、スピン揺らぎの特徴的なエネルギースケールの大きいことがhigh Tcの本質の一つだと思います。

I:しかし、LaTiO3の場合、キャリア濃度が8%くらいまでメタルです。しかも、ネール温度は100 Kのオーダーで、8%まできているわけですから、温度を下げれば何か起きるか?と言うと、実際は何も起こらないです。

T:でも、あれは汚いサンプルですから…。

I:汚い、というのはcuprateに比べて汚いということですか?

T:d波やp波の対称性を有するエキゾチック超伝導体の物質開発の難しさは、試料のきれいさに対するしばりが厳しいことです。これらの超伝導体では不純物の効果が劇的に大きく、電子の平均自由行程がクーパー対の大きさに対応するコヒーレンス長より短くなると超伝導が消えてしまう。したがって、超伝導を観測しようとするならば、平均自由行程の長い非常にきれいな試料でなければならない。特に転移温度の低い、いわゆる量子臨界点超伝導の転移温度の低い超伝導体では、この問題は深刻です。たとえば転移温度が十分の一になり、その結果としてコヒレンス長(フェルミ速度と転移温度の比に比例する)が十倍長くなれば、超伝導を観測するためには平均自由行程は十倍長くなければならないわけです。高温超伝導体の場合は幸運で、コヒーレンス長がせいぜい10−30Aですから、誰がどんなもの作ろうと超伝導になる。ところがキャリアの平均自由行程が300 Aの試料を作れ、となると、そんなに簡単なことではないです。

K:仮に高温超伝導体で平均自由行程を10 Aくらいに減らすことができたら超伝導にはならないということですか?

T:Znをドープして超伝導を消す効果は一面ではこのような効果を見ています。

I:BCS超伝導体というのは平均自由行程がコヒーレンス長より常に長いわけではない。

T:それはs波だからです。

I:d波だからいけないわけですか?

T:d波でのdirty limitの超伝導体はないです。

(さらに 次元性の効果へと議論は続くが、回を改めて掲載したい。)