SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 4, Aug. 1999.


8. 高磁気力小型超伝導マグネットの設計
_古河電工・東京大学工学部_


 東大工学部北沢研究室廣田憲之助手、院生の植竹宏往氏らは古河電工超電導開発部三好一富氏らと共同で、水などの液体の磁気浮上に用いることのできる高磁気力小型超伝導磁石の設計をコンピューターシミュレーションにより行っている。このたび、低温工学会主催の1999年度第1回新磁界工学調査研究会において、関連する一連の成果が「高磁気力発生用小型マグネットの検討」と題して植竹氏により紹介されたので、その概略を報告する。

 宇宙空間で得られる微小重力環境は、無容器状態からの結晶成長が実現したり、大きく良質な単結晶成長が可能になるなど、材料プロセスの観点から興味深い場を提供する。近年、地上でこのような非接触状態を実現する方法として知られるようになった「磁気浮上」法は、宇宙実験に比べ安価で実現し、実験機会も増加する事から、新しい材料プロセスの場としての利用が期待されてきている。ここでいう磁気浮上とは、磁場により反磁性体が受ける反発力(磁気力)と重力を釣り合わせる事で反磁性体を安定に浮上させる手法であるが、例えば、水を磁気浮上させる場合、磁気力の指標となる磁場と磁場勾配の積は1400 T2/m程度必要となる。しかし、現状ではこのような大きさの磁場と磁場勾配の積を達成できるマグネットはごく限られた強磁場施設が有する巨大なものに限られており、宇宙実験ほどではないにせよ、実験機会が制限され、ランニングコストも高額である。長時間の材料プロセス、さらに工業的な応用のためには、普及型の小型超伝導磁石によって磁気浮上が実現するようになる事が望ましい。この問題を解決する1つの方法として同グループでは磁気アルキメデス浮上法(Y. Ikezoe et al. Nature, 393(1998)749)を報告している。これは浮上させる物質の周囲に高圧の常磁性酸素を配置し、酸素に対して下向きに大きな磁気力を作用させることで、その重量を見かけ上増加させ、浮上に必要となる磁場と磁場勾配の積を緩和する方法で、10 T程度の小型超伝導磁石での物質の浮上を実現した。しかし、この方法では高圧の酸素を浮上物質の周囲に配するため、酸化を嫌う系への適用が難しいという問題が生じてしまう。そこで、このような制約のない浮上を一般の研究室レベルで実現することを目指して、計算機シミュレーションにより、高磁気力発生用に特化した小型超伝導磁石の検討・設計がすすめられている。これまでのマグネット開発の方向性は、より高い磁場の発生を志向するもの、より均一な磁場を志向するもの、の2つに大別できる。従来の磁気浮上は、より高い磁場を発生する目的で製作された超伝導磁石の端部付近で形成される急峻な磁場勾配位置を利用して行なわれていたものだが、今回は強くて急峻な勾配を有する新しいタイプの磁石を設計しようという試みである。

 設計にあたって目標とする磁場と磁場勾配の積は、水の磁気浮上に充分な値1400 T2/mと設定されていた。磁場と磁場勾配の積を大きくする方法として、手軽に実験を行うため既存の10 T超伝導マグネット(磁場と磁場勾配の積〜420 T2/m)ボア内に、強磁性体である鉄、あるいはサブコイルを挿入して内部の磁場分布を変化させることを検討している。それぞれの場合に、各種のパラメータを変化させ、計算機により磁場分布シュミレーションを行うことで、磁場と磁場勾配の積を算出している。

 まず、鉄リングを挿入することで磁場と磁場勾配の積が強化されることについて定性的な説明がなされた。厚み20 mm、内径20 mm、外径100 mmの鉄リングを底面位置が磁場中心z=0から80 mm上方の位置に固定した時のボア軸上での磁場Bと磁場と磁場勾配の積BdB/dzの分布を、リング無しのものと合わせ図1に示す。鉄リングを挿入すると、強磁性体である鉄が磁化されることで軸上にある磁束を鉄の内部に引き込むため、リング底面付近のボア軸上では磁束密度が急激に減少し、急勾配が形成される。そのため、鉄リング底面付近で磁場と磁場勾配の積が大幅に大きくなっている。一方、鉄リングの上面付近においては鉄の内部に引き込まれていた磁束が軸上に戻るために磁場と磁場勾配の積は正の方向に増大していることが分かる。なお、鉛直上向きを正の方向と定義しているので、反磁性体が浮上するためには正の方向に磁気力が作用する必要があり、この条件を満たすのは磁場と磁場勾配の積が負の場合となる。磁気力が最大になる鉄リングの底面では、ボア軸上、すなわち中心点が安定位置となるが、挿入物をリング状としているため、この空間の利用が可能となる。

 紹介された数多くの計算は、挿入する鉄リングの外径を100 mmで一定とし、磁場中に挿入する鉄リングの位置、内径、厚みをパラメーターとして進められている。鉄リングを挿入する位置を変えて計算を行った結果、磁場中心に鉄リングを挿入した場合には大きな効果は得られないが、勾配のある位置に挿入すると磁場と磁場勾配の積の増大に寄与する。また、厚みを変えて計算した結果から、厚みに対する依存性は小さく、ある程度の厚み以上(〜20 mm)では同様に磁場と磁場勾配の積が増大すると示された。さらに、内径を変えた時には、内径を小さくするにつれて、磁場と磁場勾配の積は大幅に増大することが示され、内径が10 mm程度の鉄のリングを挿入した際には磁場と磁場勾配の積は1850 T2/mまで達するとのことである。

 また、磁場中にサブコイルを挿入し、その発生磁場方向を操作することで磁場と磁場勾配の積を大きくする方法についての検討も紹介された。内径40 mm、外径100 mmのコイルを磁場中心、あるいは勾配位置に挿入し、外側の磁石による発生磁場方向と内挿コイルの磁場方向の組み合わせを変化させることで、磁場と磁場勾配の積の変化を評価している。その結果、勾配位置にコイルを挿入した場合、外側コイルの磁場と反対方向の磁場を発生する事で磁場の急勾配を形成でき、磁場と磁場勾配の積を増大できると理解された。これらの結果を踏まえ、図2のように磁場中心側、磁石端側に一つずつのコイルを挿入し、これらの発生磁場方向の組み合わせを変化させて計算を行うと、図中に矢印で示した磁場方向の組み合わせの際に最大の磁場と磁場勾配の積が得られ、その磁場分布は図3のようになる。これは、高磁場側の磁場をより強化し、低磁場側をより低い磁場としたために、その境界で勾配が急峻になったためと解釈できる。実際にボア中にサブコイルを挿入する際には電磁応力、線材能力等を考慮に入れなければならない。

 これらを踏まえると上記のようなコイル組み合わせは現実的には困難を伴う。しかし、ここで得られた知見に基づき、実機作製のための計算を進めた結果、現在までにカスプ型コイル(大きさの違う対向する一対のコイル)を用いてφ30 mmのボア空間に直径20 mm程度の水の磁気浮上が可能となる磁石の設計ができているという。

 講演を行なった植竹氏は「今回検討したマグネットは、小型であるため浮上物質に対してアクセスが容易なこと、弱い磁場で高磁気力が得られること、あるいはランニングコストが安く長時間の実験に適しているという特長を持っている。このようなマグネットの実現は浮上状態における材料プロセス等の研究を加速させると共に、磁気力を利用したプロセスの発達を促すと考えられ、磁場の工学的な応用に弾みをつけるのではないか。」と、高磁気力発生用小型超伝導磁石への期待を語った。

 当日の出席者からは、「実機作製が早期に実現してほしい」などの声があがった。今後の展開に期待したいところである。        (松吉)