SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 3, 1999.

1.リニアモーターカー体験記


 21世紀の夢の一つといわれる超高速輸送。その実現の期待を担っているのが、マグレブ(超電導磁気浮上方式鉄道)、いわゆる超電導リニアモーターカーである。

 平成9年から山梨実験線での走行実験が始まり、実験概要や成果を本誌でも、すでに何回かお伝えしてきた。これまで試乗列車は70便ほどを数え、2000人以上が試乗を体験しているという。先日も有人走行最高速度552キロ達成が報じられたばかり。格別の鉄道ファンでなくても、そんなスピードを体験し、近い将来の交通手段を実感として味わってみたいと思うことだろう。現在でも山梨実験線は走行試験が主目的ということで、ごく限られた範囲の試乗に制約されているようだが、代表的なキーテクノロジーである超電導・冷凍機の開発関与者に試乗の機会があり、同行することができたので、感じたままをご紹介して、その乗り心地を共に味わっていただきたいと思う。

 当日の試乗走行については、控え室で(財)鉄道総合技術研究所浮上式鉄道開発本部長中島洋氏に、また試乗車両では関秋生山梨実験センター所長からタイミングよく、わかりやすい説明をしていただいた。

走行距離・軌道

 実験線は上から見下ろすとアルファベットのrのような形に軌道が敷かれ、rの右肩の部分に位置する実験センター直結の試験乗降場から出発する。本線との分岐装置までは時速50〜70キロのタイヤ走行。本線に入った後、いったん車両基地のある東京方始点へ最高時速300キロで移動して停止、その後甲府方終点までの17.7km(先行全区間は18.4km)の距離を走行する。中央線の東京‐阿佐ヶ谷間の距離に匹敵するこの間を時速450キロ維持の35秒間を含めて5分弱で走る。ほぼ同じ行程を私は朝夕22分、満員電車にもまれている。具体的な時間差を考えるとこの速さが納得できる。甲府方終点より分岐までは最高時速400キロで戻った(この日、座席は回転なしで甲府方向を向いたままだったので後ろ向き)。

 この軌道は走行区間の起点、終点を結ぶ断面ではすり鉢状で、最大勾配は40‰、平面のカーブは最小曲線半径8000メートルと、山間部の多い日本の地形の一典型をなしている。カーブは軌道面に左右の傾斜がついて遠心力で引っ張られないようになっており、指摘されないとカーブとは気づかないほどで、小刻みな横揺れ以外はあまりない。

リニアカーは深窓の令嬢

 これまで記録の出た折りなど、マスコミでは車両外観や走行する様子が大きく紹介され、その魅力をかきたてていたのだが、実際にその全貌にふれるのは容易でない。現地に行っても車両はなかなか姿を現さないのである。なぜなら、走行区間18.4kmの90 %はトンネルであり、明かり区間(トンネルでない周囲の開けた区間)は高架で、しかもコイルの設置されたガイドウェイを含む側壁が立ち上がっているため、一般の道路などからは垣間見ることしかできない。実験車両への乗り込みは、実験センター4階から飛行機のボーディングブリッジのような 乗降装置を通って行なうようになっているので、これまでの列車ホームのように、乗車前に車両を背景に記念スナップをパチリ、とは様子が違う。これはホームにおいては磁気シールドと転落防止のため、また走行中には軌道内と周辺部に対しての安全確保と、安定した走行のための必然的な結果ではあるが、やはり夢の乗り物であるからには颯爽と駆け抜ける姿を見てみたいのが一般ファンの心情である。

 しかし、この最も長い明かり区間1.4 kmも時速 500キロでは約10秒で通過してしまうので、近くか 飛んでいくような心地でもある。トンネルの出入りは特別風圧を感じることなくすんなり通過した。耳のふさがった感じは自覚していなかったが、減速してみると耳抜けをした。

眺め

 明かり区間が最高速度450キロでの走行区間内に位置していて、遠望のきく開けた地形なので景色が流れることなく、新緑のまぶしい田園風景が従来の列車のように楽しめたらではとてもまともに見ていられないだろう。実験センターに隣接した山梨県の見学センターの展望室からはガラス越しではあるが、出発していくところや、トンネルを出て小形山橋梁を走ってくる様子を見ることができる。やはり、手の届かない深窓の令嬢のような存在である。

車両

 乗車したのはMLX01 A編成(5両)の長尺中間車(先頭車両に直接連結されていない)。車両は、車体の断面積を小さく、軽くすることを主眼にして設計され、現在の新幹線より幅は50 cmほど狭いが、中央に通路(幅47 cm)をとり、両側に2人掛け(106 cm幅)の座席配置で、座席の前後は88 cmと比較的ゆったりとしている。すっきりとして、明るいが窓は小さ目である。走行区間の大半がトンネル部分である、ということと、ガイドの設けられた側壁が高く立ち上がっているため景色はほとんど見えないことなどによる。

 実際には、市街地などたてこんだ地域ではハイスピードで駆け抜けて行くと、近くのものが次々と視界にとびこみ通り過ぎて行くことになり、目も疲れるし、乗り物酔いも誘発されかねないだろう。

 室内の前方上部に設置されたディスプレイには、列車の先頭CCDからの光景が常に映し出されており、どのようなところを通っているのか座席から確認できる。これはセンターの指令室と同じ画面である。また、その時点の速度と、通過地点の指標も常に表示されるようになっている。ちなみに運転操作はすべて地上から自動的に制御されるので、走行列車に運転室はない。

浮上

 走行時の浮上高さは10センチである。これまでの私の浮いた経験は、水中でのいわゆる浮きの姿勢、浮くというよりは飛び上がる飛行機の離陸時、それに遊園地で遠心力を利用して壁に張りついて上がっていくアトラクション、くらいのものである。今回の試乗ではスピードもさることながら、やはり浮く感覚の確認をしてみたかった。浮くというとき、なんとなく風船で曳き上げられるようなフワリとした浮遊感を想像してしまうのだが、姿勢がきちんと制御された今回の場合そんなことはないのだった。超電導体の浮上実験のイメージから、ゆらゆらを想像してしまうせいだろうか?

 実は試乗のあいだは確認したい事項が多くて、集中できず、なかなか浮いた感じは実感できなかった。加速して、ふっと音が変わることで、タイヤ走行から替わって浮いたらしいと感じたくらいである。

スピード

 正直なところ、速さは比較するものが見えないと、わかりにくいが、一番スピードを体感できたのは、加速時である。新幹線の3倍の加速性能をもつ(20秒で時速100キロになる)というだけに、最初はタイヤの振動や、細かな揺れが伝わってくるものの、急速にグーっと前方に引っ張られる感じ(加速時に0.15のGがかかる)は、漫画だったら太筆で描き込みをするところだ。思わずシートベルトはしなくていいの?、と口を衝いてしまう。飛行機の離陸時よりも、加速を身体で感じるようだ。

 時速160キロまではタイヤ走行をするので、加速また減速のときには揺れや騒音が段階的に変っていくのを座席の下の方から感じとれるが、窓での風切音はあまりなく、従来の新幹線にくらべれば遥かに静かな乗り物になっている。ことに高速になって安定した速度で走っていると、とても静かで、まさに滑るようなものである。松坂投手の球の3倍の速さですよ、といわれればなんだか自分自身が直球になって。むろん、すごい速さなので一瞬に近いのだが。ともかく短い区間を高速で走るので、加速、停止、加速、高速走行、減速、カーブなど要素がもりだくさんで、高速体験はほんとうに夢のように短かった。

 乗っている間は周囲の風景もやはり窓から確認したいし、現在の速度や、どの地点を通過中なのか数字としても把握したい、また、スピードの体感も味わいたいと欲張っているので、目はキョロキョロ、耳はそばだて、時には揺れ具合も憶えなくてはと集中してみたりで、あっという間に試乗走行は終了してしまった。

 東京―大阪間を1時間で結ぶ中央リニア新幹線構想や、大宮―成田空港間の計画も取り沙汰されている。営業化にいたるまでには、技術面だけではない課題もまだまだ予想されるが、時間地図は近い将来大きく変っていくという期待がますます膨らんできた。

(スーパーコム事務局・近藤幸子)


見学センターよりMLX01(甲府方先頭車)


車内風景