SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 2, Apr. 1999.

14.講演「超伝導磁気分離のきのう・きょう・あした」
_(1999年2月24日、東大工学部)_


 本誌の通巻36号 (1998.12) より低温工学協会新磁界工学調査研究会の概要を紹介している。平成10年度第3回は、電子技術総合研究所/金属材料技術研究所併任の小原健司主任研究官によって磁気分離研究開発状況が報告された。

 小原氏は、電総研企画室立案の「高勾配磁場を用いた産業排水処理に関する研究」が正式に開始された1977年度から超伝導磁気分離研究に取り組んできた。超伝導磁石による強磁場と非晶質磁性合金リボンを用いた磁気分離フィルターを提案し、最近では科学技術庁超伝導材料研究推進第2期マルチコアプロジェクトで高温超伝導磁石採用の磁気分離システム開発と新しい磁気クロマトグラフィー実証研究を95年度より行なっている。

 これらの研究成果は、電気学会論文誌, vol.102B, pp.339-346 (1982)、同誌, vol.117B, pp.1466-1474 (1997)、日本応用磁気学会誌, vol.6, pp.155-158 (1982)、IEEE Trans. Magn., vol.MAG-20, pp.436-443(1984)、同誌, vol.32, pp.5103-5105 (1996) などに掲載されている。

 講演では、まず1960年代末から世界的に急増した高勾配磁気分離(High Gradient Magnetic Separation - 略してHGMS)の研究が紹介された。英国、米国、日本の研究機関と研究者、研究テーマなどを一覧表にして示し、基礎研究では微粒子の分離メカニズム研究、応用研究では製紙業用カオリン粘土精製、石炭精製、製鉄排水浄化、発電所復水浄化、下水処理、湖沼浄化、放射性廃液の修復などが簡単に紹介された。日本電気グループが実用化したフェライト化法に基づく研究廃液(重金属を含む廃液)処理と、同グループによるガラス研磨廃棄物の再資源化も紹介された。また国別では、英国では研究実施機関及び研究従事者の数が少ないにもかかわらず、この30年間、テーマと人の途切れなく研究が着実に進展していること、米国と日本でははるかに多くの研究機関および研究者が取り組んだにもかかわらず、86年頃の超伝導フィーバー前に研究の火が一旦消えたこと、その後、液体ヘリウム不要の超伝導磁石あるいは高温超伝導磁石の実現性が高まった頃から、再び研究開発熱がもどりつつあることなどの全体状況が説明された。

 次に磁気分離とは何かが具体的に説明され、その原理、特長、装置例と超伝導化、分離限界などが分かりやすく解説された。磁気力を利用した微粒子分離技術(磁気分離)の特長は、(1) 粒子に直接分離力を働かせることができるので、従来の標準閉塞濾過に比較して非常に少ない(空間の占積率にして3〜6 %の)作用体とすることができる。したがって、圧損が小さく、500倍程度の高速濾過(200〜1,000 m/時)が可能、(2) 外部磁界OFFとすることにより作用体を再生できるので、二次廃棄物を伴わない、(3) 超伝導磁石の採用により、電力消費の低減、装置軽量化と処理性能の大容量化、弱磁性かつ微細粒子の処理が可能、などである。

 超伝導化が完了しているのは、米国ジョージア州のカオリン粘土精製である。85年頃にそれまでの内径約2mの銅鉄磁石に代わって低温超伝導磁石が導入された。ただし、当時は単なる磁石だけの置き換えであり、超伝導磁石を導入してはじめて可能になる稼働率の向上などの工夫はなされなかった。それがなされたのは英国で、89年のことである。その頃、米国 Carpco 社の子会社 Carpco SMS 社(SMS は Superconducting Magnetic Separation の略)が英国に設立され、Oxford Instruments 社から超伝導磁石の供給を受けて超伝導磁気分離システムを生産するようになった。その他の超伝導化は、現在、発電所復水浄化、湖沼浄化、放射性廃液の修復などの分野で検討されている。

 さて、基礎研究では、HGMSをはじめとする様々な分離メカニズムの解析研究がなされた。磁場勾配のある空間中を微粒子がその勾配方向に移動するという粒子航跡モデルを最初に提案したのが J.H.P. Watson(当時 Corning Glass 社、現在英国 Univ. Southampton)であり、それまでは粒子に作用する種々の力の比較でしかなかった磁気分離フィルター性能解析の手法を大きく前進させた。その後、F.J. Friedlaender ら(Purdue Univ.)の粒子捕獲パターンの観察や、R. Geber - M. Takayasu(当時 Purdue Univ.、現在それぞれ英国 Univ. Salford、米国 MIT)の一般化理論によって、被捕獲粒子の粒径に応じた捕獲形態が解明された。この結果、HGMS の理論分離限界も明確になり、応用上重要な設計指針が与えられた。またこれらの基礎研究を土台にして HGMS のバリエーションとも言える多くのアイデアが、従来の HGMS を補う、あるいは発展させた方式として提案されている。例えば、フィルタマトリックスに電流を流す方法や、高勾配磁場中で磁性流体がつくる磁化率分布を利用する方法、被分離用重金属の前処理として微生物を利用する方法などがその一例である。

 小原氏らは、フィルタ材料の耐食性改善の目的で非晶質磁性合金リボンを、弱磁性あるいは微細粒子の分離の目的で超伝導磁石による強磁場とを用いることを提案し、数値解析と実験でその有用性を実証した。すなわちそれまで採用されていた円断面の強磁性細線に比較して、リボン形状の非晶質磁性線が死角の小さい微粒子捕獲領域を形成し、したがって磁性線配列の変化に影響されにくい高性能フィルタを実現できることを明らかにした。

 また隣接する磁性線の微粒子分離性能に与える影響を検討し、磁場勾配の大きさよりも微粒子捕獲領域の形状の方が磁気分離性能に大きな影響を与えることを明らかにした。すなわち、微粒子分離性能が約 90% 以上の場合、単一磁性線の微粒子捕獲領域で計算した理論分離性能よりも隣接磁性線を考慮した性能の方が高い。これは、従来の常識−隣接磁性線が相互に干渉して磁場勾配が小さくなるので、単一磁性線で計算した方が高い分離性能になる−を覆すものである。理由は、単一磁性線の場合微粒子の捕獲領域の形状が円形に近いので、捕獲すべき粒子に対する死角が大きいためである。隣接磁性線があると捕獲領域がつぶれて死角が低減される。

 すなわち死角の低減効果が、隣接磁性線による磁気力の低減効果を上回っていることを明らかにした。

 これらの研究成果を活用し、一例として核燃料再処理の清澄工程に適する磁気フィルターの概念設計を行った。その結果、処理流量が与えられている場合には、運転磁場を高く、例えば 2Tに設定して小型化を図っても、微粒子の捕獲量がフィルタサイズにほぼ比例して少量になるため、運転時間を短くする必要性が生じる。例えばこれを 2Tで運転すれば 3 倍以上の時間稼働できるという結果が得られた。したがって、磁場とフィルターの大きさ、および稼働・逆洗サイクル内での磁石運転時間の三要素を最適に設計することが必要であることが分かった。すなわち磁気分離性能を高めるには、磁場強度は重要であるが、磁場空間の大きさもそれに劣らず重要な要素であり、強磁場だけを使用しても良い結果は得られないことが明らかになった。

 上記の HGMS フィルターに磁場を印加するための超伝導磁石の最適化法を考案した。すなわち円筒ソレノイドコイル内部にフィルタ設置空間を作る際に、使用する超伝導線材料を最少にする方法を検討し、厳密式を解く方法と接線法という近似的方法を考案して、最適化効果を調べた結果、モデルによっては数 10 % もの節約効果のあることも明らかにした。

 最近取り組んでいるテーマは、高勾配磁場を利用した磁気クロマトグラフィーである。磁気力による微粒子の濃度分布と流体の粘性力を利用して、磁性の異なる微粒子に流速差を生じさせる原理に基づく液体クロマトグラフィーを実証しようとするものである。従来の液体クロマトでは扱えない数100オングストロームという大粒径金属微粒子の分析手法として期待されるものである。

(薄氷流水)