SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 2, Apr. 1999.

12.金沢工業大学におけるSQUID研究


 金沢工業大学は教育と研究の充実という大学の使命に加え、工業大学としての専門的研究と技術開発における産学協同の発展を目指すという方針の一環として昨年度から、エレクトロニクスの応用研究開発を専門とする先端電子技術応用研究所(以下、電子研、所長:賀戸久教授)を発足させた。電子研の研究の核となっている超電導エレクトロニクス関連の研究はもともと同大学の人間情報システム研究所(所長:鈴木良次教授)の一部門として活動していたグループが行っていたものである。世間のニーズに合わせた、よりさまざまな応用をめざすため、このグループが独立し、研究所の発足の運びとなった。

 電子研ではまず(株)横河電機との協同で、超電導量子干渉素子(SQUID)の応用の生体磁場計測システムを開発した。システムのキーテクノロジーの一つである超電導デバイスの開発は米国コンダクタス社との協力で行った。技術開発の成果は横河電機にトランスファーされ、目下、製品化のためのソフィスティケーションが行われている。生体磁場計測システム、特に脳の神経活動による微小磁場を測定する脳磁計は、海外のベンチャー企業による製品化がなされてきたのみで、(株)島津製作所によって、1年前にようやく製品化が発表されたほかは、大手医療機器メーカーなどの本格的な活動はこれまであまり見られなかった。

 一方、脳医学に携わる医師や脳科学の研究者には、診断や研究の手段として新しいもの、使えるものはなんでも使いたい、試せるものなら試したいという思いがつねにあるだろう。つまり、製品化のニーズはあるが大手メーカーの企業戦略上手におえないところを、その隙間をベンチャーが埋めているというのが現状ではないだろうか。

 「1980年代の終わりに、米国BTi社が開発した37チャンネルシステムが登場した際に、脳磁計のチャンネル数はもう十分、今後は測定データを解析するソフトウェアの充実へと技術開発の重点が移行するという意見もあった。しかし、それから10年を経て、いまや200チャンネル、300チャンネルというシステムが登場する時代になっている。けれども、それで計測装置としての脳磁計が円熟を迎えたかといえば、いまだ脳磁計自体の評価が完全に定まっているとは言えない。その原因が脳磁計から得られる情報の本質に問題があるのか、それとも技術の問題で脳磁計本来のもつべき性能を引き出せないでいるのか。もちろんそれは技術の問題であると私は考えている。黎明期のころからのチャンネル数の少ない脳磁計システムのイメージで脳磁計が本来持つポテンシャルが低く見られているのではないか。現在出回っているシステムに満足せず、今後さらに高度な技術を開発し、高精度化、高機能化をめざし、そのような評価を払拭したい」と賀戸所長は語る。

 横河電機のシステムもいまだベールを完全に脱いだわけではないが、そのクローンともいえる電子研で稼動中のシステムについて取材を行った。金沢市天池にある電子研の本所には脳磁計システムと0.2 T永久磁石型MRIが設置され、電子研のいわば親研究所である人間情報システム研究所などの認知科学の研究に使われている。また、人間情報システム研究所が窓口となり、他大学、他研究機関との共同利用も可能だとのこと。

 電子研の脳磁計システムは、被験者が椅子に座って測定するタイプで、縦型の全頭型ヘリウム容器内に80チャンネルのセンサを有する。容器はShip-in-a-bottle-approachと呼ばれる独自の技術が導入されており、ヘリウム消費量を従来型より抑制している。センサーはオーソドックスな同軸型1次微分グラジオメータで、従来の脳磁計によって行われてきた先行研究との関連を求めやすい設計である。

 システムの制御や測定データ収集、解析を行うコンピュータはWindowsベースで開発されており、エンドユーザになじみやすいという配慮がなされている。「実際にこのシステムを利用することになる研究者や医師はコンピュータの専門家ではないので、やはり日ごろから使い慣れているパソコンと同じ環境でソフトウェアが動くほうが使い勝手がいいのでは」と賀戸所長。測定中はリアルタイムで加算平均などのノイズ除去処理が行われ、同時に加算結果がモニタに表示される。測定をしている間にも、すでに測定済みのデータの後処理が行え、測定直後に解析結果がわかるなど、すべての点において実際の医療現場、研究現場での利用を考慮に入れてソフトウェアが設計されている。これらに加えて、他の解析ソフトウェアでのデータの利用を考慮に入れたデータのエキスポート、インポート機能やMRIの画像データとのスーパーインポーズなどが完備されている。また、データファイルを移せば、別の研究室や書斎に持ち帰ること、逆に解析処理したデータを、システムにフィードバックさせることなどが容易にできる柔軟性に富んだソフトウェアである。筆者がたまたま持ち込んでいたモバイルノートパソコンでも脳磁計のデータ処理ができるということで驚いた。

 これらのハードウェアやソフトウェアには産学協同の研究開発において得られた豊富なノウハウが反映されており、エンドユーザにとって非常に使い勝手のよいものとなっている印象を受けた。もはやこのシステムも、情報処理マシンの一つであり、昨今のインターネットに関連する多くの情報システムと同じように、日々進歩するシステムの観がある。なお、電子研ではSQUIDセンサの設計から、クライオスタット、磁気シールドルームの構築にいたるまで、脳磁計システムのすべての要素技術を独自の技術で行ったということである。

 電子研は技術の研究開発を行うことが本来の目的であるので、開発した成果であるシステムそのものは、同大学の人間情報システム研究所などの、認知科学の研究グループが利用しているのは前述のとおりである。現在は、ハプティックセンセーション(触覚)や運動関連のパラダイムによる研究や、随伴性陰性変動(CNV)などの研究が行われている。

 電子研に設置されている脳磁計には縦型のクライオスタットが使われているが、電子研が開発したクライオスタットにはほかにも被験者が横になるタイプや、縦横両方に使えるタイプがあり、これらの技術もやはり横河電機にトランスファーされている。

 電子研の脳磁計開発はその多くが、横河電機を中心とする企業グループに産学協同開発の成果としてトランスファーされており、その詳細は横河電機からの発表を待つことになる。

 今後の電子研の活動としては、生体磁気計測システムのみならず、超伝導エレクトロニクスを核としたシステム応用の研究を行うとのこと。デバイス作りの施設の整備、システム設計、試作、計測などの一連の技術開発を行いながら、生体磁気や、非破壊検査だけでなく、他の応用も視野に入れた研究開発を行うとのことだ。たとえば、超電導光子検出、重力波、暗黒物質の検出などの宇宙物理、地球物理、環境地球物理、などの超電導エレクトロニクス応用システム化技術を軸に、今後、磁性材料エレクトロニクス、オプトエレクトロニクス等をもとにしたシステム化技術をめざすとのこと。

 「日本の大学は、本格的な少子化の時代の到来で、そのアイデンティティーまでもが揺らぐような、厳しい状況にあり、各大学で生き残りをかけたさまざまな試みがなされている。そんな中で、金沢工業大学は工科系大学としての使命を全うしながら、産業界と積極的に協力し、新たな技術開発を行うという、従来の日本の大学には見られなかった新しいタイプの研究所を設立したといえるであろう。またこれは戦後最大ともいわれるこの不景気のさなか、研究開発も停滞しがちな企業側から見ても大学との協力という新たな研究開発のシーズを得られるよい機会であるに違いない。今後の工業大学が進みうる一つの方向ではないだろうか」と賀戸所長はコメントしていた。