SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 1, Feb. 1999.

5.超強磁場発生用Bi系酸化物超伝導コイル開発
_TMLにおいて21 T発生中_


 科学技術庁金属材料技術研究所強磁場ステーション(Tsukuba Magnet Laboratory; TML)は、鞄立製作所、日立電線鰍ニ共同で開発したBi-2212コイルを金属系18 T超伝導マグネットに組み込んで、直径61 mmのクリアボアに21 Tの磁場を発生することに成功した。このコイルは既にTMLの21 Tマグネットとして外部研究者にも定常的に使用されている。酸化物超伝導コイルに3 Tもの磁場を担わせ、前述のような大空間に21 Tという強磁場を発生させた例はなく、この技術が今後、タンパク質の立体構造の全体的な解明に必要な1 GHz (23.5 T)級NMRマグネットをはじめ、金属系超伝導材料では到達するのが困難な25 Tを越える超強磁場を発生する超伝導マグネットの実現に道を開くものとして期待される。

 Bi系酸化物超伝導材料は、4.2 K近傍に冷却すると、20 T以上の磁場でも臨界電流が殆ど減少しない。これに対して、現在使用されている金属系超伝導材料は20 Tを越えると臨界電流が急激に減少し、それ以上の強磁場を発生することが難しい。Bi系酸化物超伝導材料はこのような超強磁場を発生するコイル用線材として期待されており、超伝導材料研究マルチコアプロジェクト第U期で金属材料技術研究所を中心に強磁場応用の研究が進められてきた。

 TMLでは、平成8年に鞄立製作所、日立電線鰍ニ共同で開発したBi-2212コイルを使用して、21 Tの外部磁場中で22.8 Tの磁場発生に成功した。しかし、このコイルは内径13 mm、外径49 mmと小さく、その内部空間を測定に使用することは困難であり、コイルの大型化が課題とされた。

 強磁場用超伝導マグネットの開発に当たっては、コイルに作用する電磁力の影響をいかに克服するかが問題となる。電磁力はコイルの直径と磁場の大きさに比例するため、磁場とコイルのサイズが大きくなるほど、コイル破壊を免れるための電磁力対策が重要となる。酸化物高温超伝導材料はセラミクス特有の脆さを有し、線材を被覆する純銀も強度が極めて低い。このため、強磁場中で動作する実用サイズのコイルを開発することは非常に困難とされてきた。

 このたび開発されたコイルは、有効内径61 mm、巻線内径64 mm、外径158 mm、巻線高さ223 mmで、実用上十分なサイズを有している。銀を被覆材とするBi-2212のテープ線材(幅5 mm、厚さ0.35 mm)を銀合金のテープ(Ag-0.5 mass%Mg、厚さ0.1 mm)と一緒にパンケーキ状に巻くことで、電磁力の問題を克服。20個のダブルパンケーキを接続してコイルとしており、通電電流200 Aで3 Tを発生する。 この酸化物超伝導コイルをTMLの大型超伝導マグネットの内層コイルとして組み込み、1.8 K運転で外層のコイルにより18 Tの磁場を出した状態で、中心磁場21 Tを発生できることが確認された。このマグネットは平成5年にNb3Sn線材で作製した内層コイルを組み込むことで、超伝導マグネットとして世界で初めて21 Tを越える磁場の発生(有効口径50 mm)に成功したものであるが、今回の結果から、Bi系酸化物コイルの性能がほぼ同じ水準に到達したことになる。

 このたび開発されたコイルはその後の連続的な運転でも安定した性能を示した事から、現在21 Tを発生する強磁場発生装置の一部として超伝導材料の特性測定等のために使用されているという。今後さらなる電磁力への対策を施すことができれば、25 Tあるいはそれ以上の超強磁場の発生が期待できるという。

 TMLのリーダーである和田仁総合研究官によれば、「超伝導マグネットによる強磁場の発生は、エネルギー、輸送、素粒子物理学などへの応用がよく知られているが、最近は、生命科学、特に構造生物学の分野でタンパク質の立体構造の解明に威力を発揮するNMR(核磁気共鳴)装置への応用が期待されている」という。これは、磁場の増加とともにNMR装置の分解能が向上し、分析可能なタンパク質の分子量が増加するためである。TMLでは、従来の金属系超伝導コイルで21.1 T、Bi系酸化物コイルで2.4 Tを発生する23.5 Tの1 GHz級NMRマグネットを開発中である。NMRマグネットでは磁場の強さの他に、優れた空間的均一度と時間的安定度も要求されるが、このたびの成果は、23.5 Tの磁場を発生できる見通しを得たという点でも重要である。高分解能NMRマグネットの場合、必要な磁場の安定度を満足するには永久電流モードでの運転が必須とされており、その実現が次の課題である。今回は1.8 K運転だったが、Bi系線材の場合、4.2 KにしてもIcが1割程度しか変わらないため、4.2 K運転の可能性も示唆されたと見る事ができる。4.2 K運転が実現すれば、ユーザーサイドとしては冷媒を扱わなければならない機会が大幅に減少する事になり、より使いやすいNMRが実現する。

 1GHz級NMRマグネット開発を直接担当しているTMLの木吉司ユニットリーダーは「酸化物系超伝導材料の強磁場応用は、電磁力の観点から悲観的な意見が出されていたが、十分実用に耐えることが実証できた。このたびの成果は、酸化物コイルを市販の強磁場マグネットの内層コイルとして20 T以上の磁場を発生したり、ヘリウムを2 K程度まで冷却することなく20 Tを発生する目的に直接適用することへの可能性を示したといえる。本コイルはまだその性能の限界まで試験しておらず、本年3月の運転では是非それを確認したい」と語った。

 写真はBi-2212ダブルパンケーキコイルの外観。左のコイルが今回開発され、現在使用中のコイル。右のコイルは平成8年に作製された外径49 mmの小型コイル。       (ピカチュウのパパ)



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