SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 8, No. 1, Feb. 1999.

16.マイアミ HTS99 会議報告


■その1 擬ギャップとストライプが最大の話題に

 1月6日から13日にかけてアメリカ・マイアミ大学においてConference on High-Temperature Superconductivity and Related Topics (HTS99) が開催された。この会議は、91年、95年、99年と4年おきに開催されている。参加者リストによると125人が登録されていたが、会議期間が長いこともあり、参加者の出入りが激しかった。日本からは3名が出席していた。会議は口頭発表(64件)とポスターセッション(62件)に分かれていたが、ポスターセッションでは欠席が目立っていた。

 常伝導状態と超伝導機構に関しては、アンダードープ領域の擬ギャップをどのように理解するかが一つの焦点となったが、様々な機構が提出されていた。(spinon pair, preformed pair等)また、常伝導状態の異常や、超伝導のメカニズムを電荷・スピン秩序(ストライプ)の揺らぎとして理解しようという立場からの議論が多いのが会議の一つの特徴であった。マンガン系やニッケル系では静的な電荷秩序が実験的に確定しているので問題ないが、銅酸化物ではホール濃度が1/8の La 系を除いては確実な実験データはなく、銅酸化物全体に拡張できるかどうかは意見が分かれていた。95年の会議に参加した人によると、前回はフォノンによる超伝導機構の講演が多かったとのことだった。そのためか、今回もフォノン機構が幅を利かせているようだった。日本の会議では考えられないことである。

 高温超伝導および関連物質全般にわたる会議なので、その全てを報告することは筆者の能力を超えている。以下に、強相関電子系という立場から筆者が興味を持ったいくつかの講演について報告させていただいてお許しを願いたい。

 理論の発表では、やはり初日一番目の登壇者、 P.W.Anderson (Princeton)による "RVB revisited" を紹介すべきであろう。彼はこの間、超伝導の機構として inter-layer tunneling モデルを提唱してきただけに、どのような話をするのか注目された。RVB に関する初期の考え -- 超伝導状態はスピノン・ペアーの凝集 -- が間違っていたことを紹介した後、スピンギャップ(擬ギャップ)こそがスピノン・ペアーの凝集の結果であるとした。また、いわゆる異常金属相に関しては、彼の提唱している "Tomographic Luttinger Liquid" に変わりはないことを強調していた。最後に超伝導のメカニズムに関しては、層間ではpair tunneling が重要であるとしたものの、面内の pairing に関しては "??" となっていた。今話題のストライプに関しては、反強磁性相と超伝導相の間の低温(いわゆるスピングラス相の領域)ではありうるが、決してスピンギャップの起源ではないと強調していた。

 Anderson の次の講演者が、Hg1201とTl2201 のc軸方向の侵入長をSQUID microscopy から決定し、inter-layer tunneling モデルによる予測より10倍ほど長いことを見つけた、J.R.Kirtley (IBM) であったのが印象的であった。

 一方、ストライプ機構に関しては、実験面から J.M.Tranquada (Brookhaven)、理論面では V.J.Emery (Brookhaven) による講演があった。特に Emery は、通常のフェルミ液体論や BCS 理論はドープされた強相関絶縁体である高温超伝導体には適用できないことを強調し、彼の提唱するストライプ模型を超伝導の新しい模型として紹介した。Tranquada の講演のあと、Anderson が "超伝導状態はきれいなd波だが、それと合わないのではないか"、"なぜホールの部分とスピンの部分に分かれるのか" という質問をしていた。ストライプが超伝導の起源と主張する限り、明確に答えなければならないと思われる。上でも述べたように、いまのところ全ての銅酸化物でストライプの存在が確認されているわけではないので、今後の実験の進展(銅酸化物に不変の現象なのか,それともLa系超伝導体の特殊性なのか)が期待される。

 マージナルフェルミ液体の提唱者 C.M.Varma (Bell Lab.) は銅と酸素を含んだいわゆる d-p 模型から出発して、時間反転対称性と4回回転対称性の破れた相(ただしそれらの積は保存)を見つけ、それが擬ギャップ相であるとした。また、その相を確定するための中性子や光電子分光実験を提案していた。

 光電子分光に関しては、M.Norman (Argonne)が擬ギャップが角度分解光電子分光スペクトルにどのように現れるのか要領よく報告していた。また、C.Kim (Stanford) は、絶縁体物質 Ca2CuO2Cl2 に対する最近の実験結果について述べた。特に、絶縁体でもフェルミ面の痕跡が残っており、その分散は金属相と同じd波で説明できることを紹介した。これはRVB状態と関係している可能性があり,今後,議論を巻き起こすであろうと思われる。

 E.Demler (California) は,SO(5) 理論を用いると,超伝導の凝集エネルギーを,非弾性中性子散乱によって見つけられている Q=(p,p) の共鳴ピークから評価することができることを示した。Z.Y.Weng (Houston) は 高温超伝導を記述すると考えられている t-J 模型を,彼の提案している phase stringに基づいて調べた結果を報告した。中性子散乱の共鳴ピークと非整合ピークを同時に説明できるという興味深い結果が得られていた。

 今回の会議で最も面白かったのが、非弾性中性子散乱実験に関する最近の発展だが、これについては実験を中心にした次の記事で紹介される予定である。その他、超伝導の対称性や超伝導状態の相図、マンガン系やニッケル系、ルテニウム系といった幅広い分野の発表があったが、とてもすべて紹介することは不可能なので、AIPから"High Temperature Superconductivity"(ed. S.E.Barnes) として会議のプロシーディングが出版されることを報告して筆を置く。(T.T.)

■その2 スピンダイナミックスの話題

 既に、上記にHTS99の全般的な講演について述べてあるので、ここでは、多少筆者の色眼鏡を通した感想を述べたいと思う。この会議を通して殆ど総ての出席者の共通の認識はスピン・ギャップが存在し、それが非常に大きな役割を超伝導機構に対して持っていることである(これは私の認識と同じである)。ただ、このスピンギャップの生い立ちの理解については、十人十色的なところがあり、まだまだその収束には時間が掛かりそうな雰囲気である。また、我が国に於いては既に決着が付いたと考えられている超伝導の対称性が、米国ではいまだ決着が付いていないようで、現在においても何を言ってもみんなまじめに聞いていること、また、未だに多くの理論が白黒つかず、それぞれの立場を変えることなく主張し合っていることである。これらの点、国内の研究会等ではとうてい味わえない楽しさを感じた。筆者が最も期待を持って聞いたのは、やはりストライプ構造に関する最近の知見であった。提案者のTraquadaの講演には、あまり新しさが無く、これまで知られているLa2-xSrx-yNdyCuO4について以上のことにはあまり言及していなかった。

 オークリッジのMook等による報告では、YBa2Cu3O7-dの低濃度組成について中性子散乱がなされ、この物質についてもLa214系同様に非整合スピンダイナミックスが存在すること、またその散乱の異方性は、La214系と同じものであることが報告された。このことは、非整合スピンダイナミックスがフェルミ面の形状によるものではなく、他の要因によるものである可能性を示すものである。同様な観測が新井等によっても観測されている。また、最適組成で41meVに観測されるレゾナンス・ピーク・エネルギーの組成依存性は、Keimer等により報告されているTcリニアーな変化ではなく、Tcが60Kに及ぶ領域まで、余り変化のないことが報告された。更に、レゾナンス・ピーク強度は最適組成ではTc直下より、また、低濃度組成ではTcよりずっと高い温度より観測されており、スピンギャップの形成と何らかの関連のあることが報告された。一方フォノンについては、(0.25,0,0)の位置に異常が観測されており、チャージ・ストライプ構造の存在を示唆していた。ただし、Mook本人はストライプ構造の存在にはハッキリと触れずにいた。

 同様なフォノンの異常がLa2-xSrxCuO4においても観測されていることが江上によって報告されたが、その解釈は、電荷ストライプの存在のために、ブリルアンゾーンがフォールディングを起こすことにより生じたものとする考え方である。ここでは電子ーフォノン相関の強さが超伝導機構には重要であることが主張されていた。 また、遠山等は、ARPESの強度の角度依存性をストライプを導入したモデルで説明し、La2-1-4系に特にそれが顕著に現れることを示した。フランスのグループによるYBCOの中性子散乱についての報告では、未だに、非整合スピンダイナミックスの存在の確認はされていない。これは、試料に問題があるものと考えられるが、見逃してならないのは、非整合ピークの存在すべきエネルギー領域で磁気相関長が、Tcが60K級から90K級に移るところに大きな飛びがあり、磁気的相関の大きな変化が超伝導温度に大きく影響を及ぼしていることであった。現在、ストライプ構造が直接超伝導機構に重要であることを述べている理論モデルにEmeryが主張しているモデルがある。これは、この一連の物質系においては相分離することが本質的性質であり、スピンドメイン内のスピンがスピン・ギャップに重要な役割を果たし、一次元電荷列内の電荷がシングレット・ペア‐を形成するというものである。これらを証明する直接的実験結果は現在のところないようであるが、中性子散乱による詳細なスピンダイナミックスの研究が機構解明の最後の重要な手がかりを与えてくれるものと感じた。

(MA)