超電導コイルに交流電流を通電すると、偏流、交流損失、線の動き、縦磁界効果の影響により、超電導特性が劣化する傾向がある。交流超電導の研究開発と実用化には、これらの問題を解決することが必要であるが、超電導コイルは、特に交流通電中に外的擾乱の影響を敏感に受けやすいため、計測線やセンサーを超電導巻線に取付ける従来の計測方法は、適用範囲に制約がある上、絶縁劣化の問題も起こる。AE計測は、(1) 超電導巻線から発生するAE信号を、巻線に非接触のまま計測が行えることから、コイルに擾乱を与えない。(2) 超電導巻線全体の情報を包括的に捉えることができる特徴を持つ。最近の信号処理技術により、これらの特徴をうまく生かせば、他の方式では計測不可能な交流超電導における諸現象を、計測可能にすることができるだろうという考え方により本研究が始まった。
電子技術総合研究所エネルギー部マグネット応用ラボのグループ(海保勝之ラボリーダ、新井和昭主任研究官、山口浩研究員)は、(株)フジクラ(材料技術研究所斎藤隆部長、定方伸行課長、富士広研究員)と共同し1 T級のNbTi交流コイルについて、液体ヘリウム中において商用周波数50 Hzの交流通電を行い、コイルから生ずるAE信号を共振周波数3 MHzのPZTセラミック振動子で捉えた。その結果、従来、直流超電導コイルで観測されてきたAE信号は、wire motionに基づくコンポーネントが主成分であったのに対し、交流超電導コイルでは、主に熱的要因に基づくAE信号が明確に生ずることが明らかとなった。例えば、高電流領域で生ずる瞬間的な常電導成分の発生消失と同期して、ミリ秒程度の非常に短い継続時間のAE信号が発生した。また、クエンチ直後の限流過程において、AE信号を高時間分解能で観測した結果、50 Hzの周波数で変動する通電電流による発熱と液体ヘリウムによる冷却との熱的バランスが刻々変化することに対応し、AE信号が変動する分析結果を得た。
今回得られた成果は、交流超電導現象をAE信号により分析する際の基本データとして位置づけられ、交流超電導機器の研究開発に寄与する技術として研究が継続される。平成11年度からは、成蹊大学工学部石郷岡猛教授、二ノ宮晃博士と共同研究を正式に開始することが決まっている。
新井和昭主任研究官は「従来行われてきた金属系直流マグネットに関するAE計測は、主にAEカウント信号、あるいは、周波数帯域が限られたものであるが短時間スペクトルを用いる方法が用いられてきた。直流の現象自体が静的あるいは準静的であるので、基本的にはこれらの方法で現象を説明することができた。交流超電導の場合、現象は動的に変化するため、今回は、試行錯誤の上、高時間分解能と高ダイナミックレンジを優先した計測を行った。今後、交流超電導におけるAE信号の一般性と複雑系の理解のためにはAE信号に含まれる振幅情報、周波数情報、位相情報を有効に利用し、AE信号を構成する各コンポーネントの抽出と色分けが重要となると思う。このため、交流現象のAE信号の分析に適した信号処理法を適用することが必要となり、例えば,パルス的に生ずるAE信号に関しては、Wigner Distributionの様な高時間分解能と高周波数分解能を同時に満足する手法、あるいはAE信号の波の形を時間領域あるいは周波数領域で特徴を捉えるための音声認識の手法が有効であると考えている。現在は、金属系交流超電導コイルを対象とするが、将来は酸化物交流超電導コイルについてもAE現象を調べる予定である。例えば、酸化物超電導の場合、ホットスポットが生じやすいが、AE計測をうまく利用すれば、酸化物超電導部分の任意の場所に生じるホットスポットの早期検出あるいは発生予測ができるであろう」と述べている。
(A&E)
時刻t=tb及びtcにおけるAE信号包絡線波形の拡大図