SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 5, Oct.1998.

1.号 外
高温超伝導デバイスに画期的進展 ___ NEC基礎研 ___


 これまで高温超伝導エレクトロニクスはアキレス腱を抱える状況にあった。その理由は、きちんとしたジョセフソン接合特性が得られなかったからである。その原因は酸化物に固有のものではないかと考えられ、半ば諦められていた面もあった。しかしながら、今回、つくばのNEC基礎研チームにより、10年来の問題にブレークスルーが生じたことが発表された。いわば、シリコンにおける自然酸化膜と同様の極薄膜が「自然に」得られたものである。

 同チームが9月14日−18日にパームデザートで行われた応用超伝導国際会議(ASC)で行った発表によれば、100個のランプエッジ型ジョセフソン素子集積回路において、トンネル障壁型特性(SIS型特性)を示し、かつ、その特性のばらつきを示す標準偏差sが8 %、重要性能指数の一つである IcRn 積が 2〜3 mV (4.2 K) という高性能を示す結果が得られた。これは世界中の関連研究者が目指していた夢をかなりのハイレベルで達成したもので、超伝導エレクトロニクス分野への大きな朗報といえる。ASC会議での発表論文は佐藤哲朗(スピーカー)、日高睦夫、田原修一氏らの連名である。

 高い特性を示す証左として同グループは図に示す電流―電圧特性を発表した。これは直列接続された100個のジョセフソン接合について得られたもので、特性が揃っているために、全部の素子がほぼ同じ電流値で電圧状態に転移すること、また、ヒステリシスを示していることが大きな特色である。すなわち、「SIS接合特性と多数素子特性の均一化」という2 つの重要課題が一挙に進展を見せたことになる。詳細はウェブサイトにまもなく発表されるという。

 発表によれば、今回のブレークスルーは基板と層間絶縁膜を (La,Sr)(AlTa)O3に代えたことに大きな原因がある。YBCO膜は通常と類似の方法で形成し、エッジの加工方法も従来と同様である。接合特性を改善できた原因については、現在検討が進められているが、今回の作製方法では人工的に堆積させたバリア層を用いておらず、接合作製中に形成された何らかのバリア層が重要な役割を果たしていると考えられている。SrTiOやSrAlTaOなどのほかの基板や絶縁膜を用いたときには同様の結果は得られず、(La,Sr)(AlTa)O3が接合の特性に何らかの影響を与えているものと予想している。今後、他の物質の組み合わせで得られる可能性も否定できない。

 この成果は以下の点で非常に重要なものと考えられる。すなわち、半導体においてシリコンがなぜあれほどの高集積化を可能にしたかという重要因子の一つは SiOxという自然酸化膜があったことが上げられる。ゲルマニウムにはそれがない。丈夫な自然酸化膜の形成は化合物半導体から見るとうらやましい存在であり、シリコンの王者を決定的にするもので、「神からの授かり物」と言われてきた。一方、超伝導素子ではこれまでNbにおいてアルミニウムを利用することで自然酸化膜に近いものが得られ、これにより、界面全体に短絡のない均一絶縁障壁が得られ、SIS型特性が均一に得られていた。「残念ながら酸化物超伝導体はすでに酸化物であるために、自然酸化膜が作れない」ことが、多くの研究者の悩みの種であった。今回の成果の重要性は酸化物超伝導体にも自然バリア膜に近いバリア層の作製が可能ではないかと示唆している点にあると考えられるのではないだろうか。 10月7日に開催されたISTEC〈 国際超電導産業技術研究センター)の第IIIフェーズ発足を記念する超電導工学研究所研究報告会では、このブレークスルーが田中昭二所長により冒頭で紹介され、また、田辺圭一第6研究部々長より、この技術がフェーズII研究計画において重要技術として活かされていくことが発表された。フェーズII研究では、超電導工学研の第4研究部(塩原融部長)が開発した大型20 mm角YBCO単結晶ウェーハの大量供給を受け、グランドプレーン型構造の素子開発が企画されていることも述べられた。このウェーハは原子レベルの平滑表面を得られることが示されており、この超電導工学研究所でしか作ることができないウェーハを基板に用いることで、素子間のばらつきをσ値でNECの得た8 %以下に更に絞っていけるとする期待が述べられた。s値が5 %を切れば、ジョセフソン集積回路の実用レベルでの作動が可能になるとされる。

 NECチームのリーダーである田原氏は本誌の取材に対して「今回の結果は私たちも正直のところ驚いている。まだ界面の状態が明らかにはなっていないことや、界面を制御できるかなど、解決すべき課題は残っているが、今回の結果は酸化物超電導接合の実用化にとって大きな進展になる可能性があると考えている。」と述べた。また、フェーズIIの超電導エレクトロニクス部門を統括する超電導工学研の田辺部長は「今回のNEC基礎研の発見により、フェ−ズIIの最重要課題である高温超電導SFQ回路用高品質接合の開発への突破口が得られた。この接合のTEM断面構造観察は超電導工学研究所でいち早く行われたが、今後材料開発及び評価技術の蓄積のある超電導工学研究所とプロジェクト参加企業の実質的なコラボレ−ションを進めていくことにより真に世界をリ−ドする成果が本プロジェクトから生まれものと信じる。」とコメントした。フェーズIIは本年より5年計画で行われるが、数10ギガヘルツクロックで動作する論理・記憶回路をターゲットとして、単一磁束量子(SFQ)デバイスを中心に高速情報処理用デバイスを目指しているが、2年後には100接合、5年後には1000接合のジョセフソン集積回路の実証が目標とされている。今回の成果はまさにプロジェクトの発足を祝うかのようなタイムリーな話題を与えた。(JJY)