現在、高磁場マグネットで一般的に用いられている超電導線材はニオブ3スズであるが、4.2 Kにおける臨界電流密度は18 T程度で急激に低下する。そのため、現在市販されている4.2 K運転のNMRマグネットの最高磁場である750 MHz(17.6 T)を越える高磁場を実現するためには、マグネットの運転温度を下げることが必要であった。液体ヘリウムを減圧することにより運転温度を下げる事が実現できるが、NMRマグネットのように長期間連続して運転されるマグネットを減圧するためには、液体ヘリウムの補充方法や停電時の対策などを考慮する必要があり、装置が大型化する事は避けられない。更に、NMRは、時間的および空間的に極めて安定かつ均一な磁場中で測定を行う非常に高精度な分析装置である。そのため、振動を伴う減圧装置を用いたNMRマグネットは一般には受け入れられにくく、4.2 K運転の800 MHz NMRの開発がユーザーから強く望まれていた。
(株)神戸製鋼所では、14%Snブロンズを用いることにより、従来より高性能なニオブ3スズ超電導線の開発に成功した。この線材は、18 Tを越える高磁場領域で従来より極めて高い臨界電流密度を実現しており、18 Tを越える超高磁場を4.2 K運転の超電導マグネットで実現できる。(株)神戸製鋼所グループでは、これまで蓄積してきたマグネット製作に関わる諸技術を駆使して、この新開発の超電導線を用いることにより、4.2 K運転の800 MHz NMRマグネットの開発・商品化につなげた。
(株)神戸製鋼所は金属材料技術研究所と共同で15%Snブロンズを用いた更に高性能なニオブ3スズ超電導線を開発しており、この線材を用いて、より高磁場となる1GHz NMRマグネットの開発を現在進めている。
NMRは、物質の構造を探る手段として、物理・化学・医学などの広い分野で利用されており、S/N比すなわち分解能は磁場強度の3/2乗に比例して高まるため、近年マグネットの高磁場化の要請が急速に高まっている。800 MHzの商品化により、特にタンパク質などの高分子化合物では、今まで不可能であった複雑な物質に対する構造解析への道が開かれる事が期待される。
「従来の線材では、4.2 Kで18.8 Tを永久電流モードにて発生させる事は不可能と思われた。しかし、高性能な線の開発によりこれを可能とした。本マグネットの成功は、超電導線とマグネットの開発を一体で取り組んできた成果である。800 MHzをゴールと考えず、更なる高磁場化に取り組みたい。」と同社開発推進センター 超電導グループの吉川正敏氏は語っている。(MY)
今回開発されたマグネットの諸元は以下の通りである。
*中心磁場強度 18.8 T
*室温空間 54 mmφ
*運転温度 4.2 K
*磁場均一度 0.01 ppm/(10 mmφx20 mml)以下
*磁場安定度 0.02 ppm/hr以下
*液体ヘリウム補充間隔 60日以上
*液体窒素補充間隔 18日以上