SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 5, Oct. 1998.

15.超伝導ディジタル応用に新たな提案
____名古屋大学 ____


 名古屋大学工学研究科の小川教授・早川教授・片山助教授・藤巻助教授の共同研究グループは、移動体通信基地局の究極の形態ともいえる「インテリジェント・スーパー・ベースステーション」を提唱している。このインテリジェント・スーパー・ベースステーションのフロントエンドには超伝導技術が必要不可欠と見込まれることから、超伝導エレクトロニクスの新たな応用先として期待されている。

 移動体通信の加入者は年々増加の一途をたどっており、1998年6月現在では国民の3人に1人が携帯電話もしくはPHSを保有している勘定となっている。サービスもさらに多様化を進めており、2000年の導入を目標に、音声やデータだけでなく画像も伝送できるような新しいサービスを提供する世界共通方式が計画されているなど、マルチメディア通信の具現化の過程でさまざまな変化を遂げていくものと見られている。

 現在の移動体通信では、周波数と電力の有効利用をはかるため、多数の基地局を分散配置してサービスを行うセルラ型の構成がとられている。ところが、現在はそれぞれのサービス毎に基地局が設置されているため、基地局の設置スペースの枯渇や、サービスの変更の都度に膨大な数の基地局の変更が余儀なくされるなどの問題が生じている。これは、異なる周波数・異なる変調方式の各サービスに対応して変復調装置がハードウェア的に実現されているという制約から起きている。したがって、もし変復調機能をソフトウェアで行うことができたならば状況は一変する。名古屋大学の研究グループが提唱しているインテリジェント・スーパー・ベースステーションはまさにこれを実現しようというものである。

 ソフトウェアをもとにしているので、周波数の変更、通信方式の変更に柔軟に対応することができ、また将来の新しい通信方式に対してもソフトウェアのダウンロードという形で対応できる。当然のことながら、現在の基地局の機能はすべて統括することが可能となる。この基地局は将来にわたるすべての基地局を網羅するという意味でまさに「スーパー」という名前にふさわしく、超伝導のスーパーと掛け合わせてスーパー・ベースステーションと呼ぶことにしたと同研究グループは語っている。

 一方、ソフトウェア的に行われる信号の変復調はこれまでにない新たな効果を生み出す。たとえば、適応アンテナ技術を応用すればある特定のユーザーの方向にのみ電波を送ることも可能である。これは、同じ時間に同じ周波数を使って複数のユーザーとの通信を可能にし、更なる周波数の有効利用を導く。このようなシステムの柔軟性はほかにも多くの副次的な効果をもたらすが、それを支えているのが知的信号処理技術である。インテリジェント・スーパー・ベースステーションの「インテリジェント」にはこの基地局がより柔軟に適応的になって欲しいとの願いも込められている。

 さて、このようなインテリジェント・スーパー・ベースステーションのハードウェア構成はどうなっているのだろうか。はっきり言って、無線システムというよりは超並列コンピュータと呼んだほうが実態にあっているのかもしれない。(図参照)受信側だけの流れを追っていくと、周波数や通信方式の異なる多数の無線システムの信号が同じアンテナで受信され、同じようにディジタル化・周波数変換されて超並列計算機に送られる。そこには従来の受信システムに見られるミキサや局部発振機あるいは検波器の姿はもはやない。超並列計算機が到来信号を判定し、その結果に基づきディジタル的かつ知的に復調が行われる。インテリジェント・スーパー・ベースステーションの優劣はまさに超並列計算機内のアルゴリズムで決まるといっても過言ではない。一方、入力部のアナログ・ディジタルコンバータは1 GHz程度の入力帯域幅と100 dB近いダイナミックレンジが要求される。「入力をいくつかに分割することを考えても、100 MHz100 dBは最低限必要ではないか。これを達成し得るのは回路構造上本質的に半導体より3桁高性能なジョセフソンΣ-Δ型ADコンバータしかない。」と同グループの藤巻助教授は話す。

 Σ-Δ型ADコンバータはアメリカで以前から研究されており、すでにそのプロトタイプは動作実証されている。これを受けて同グループで、インテリジェント・スーパー・ベースステーションのフロントエンドに必要なジョセフソン接合数を見積もったところ、約2000個となった。この数はNbをベースとした回路であれば現状技術で十分実現可能であり、高温超伝導体ジョセフソン回路の良い目標ともなる。

 インテリジェント・スーパー・ベースステーションの実現にはまだ克服すべき多くの課題が山積しているという。しかし、同グループでは「一個一個問題を解決することで近い将来なんとか究極の基地局を実現したい」と意欲を見せている。

 この提案に対し、通信工学が専門の大阪大学工学研究科の小牧省三教授は「超伝導素子を移動通信に適用することにより、周波数利用効率を向上させる試みは各所で実施されており、ホットな話題となっている。しかし,フィルタやミキサ等の個別の基地局デバイスの超伝導素子化、端末の中間周波段以降でのソフトウエア化とは異なり,ソフトウエア無線用の直接送受信機フロントエンドすなわち、高速なアナログ・ディジタル変換を必要とする広帯域無線周波数の直接処理を伴う回路に適用する試みは、従来ほとんど検討されておらず、現在の検討方向を大幅に拡張するものとして、将来性が期待でき興味深いものと考える。」とコメントされている。

 また、日立製作所基礎研究所の高木一正氏は「ソフトウエアラジオのフロントエンドに超伝導磁束量子素子を応用する本提案は、高温超伝導素子の研究を進めている者にとって格好の目標である。接合技術等の現状を考えれば、まだまだ要求を満たせるものではなく、どこまでダイナミックレンジが下げられるか、などの検討が必要であるが、超伝導フィルターとの組み合わせなど超伝導の特徴が最も活きると考える」とのコメントを寄せている。

(大奈)



図 インテリジェント・スーパー・ベースステーションのシステム構成図