SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 4, Aug. 1998.

9. 高温超電導ジョセフソン接合を用いた
分周回路で200 GHzの動作を実証
- 東芝 -


 (株)東芝基礎研究所は、高温超電導ランプエッジ型ジョセフソン接合を用いた単一磁束量子 (SFQ)モードの分周回路を試作し、この回路を温度12 Kにおいて200 GHzの周波数まで動作させることに成功した。今回開発された回路には、埋め込み型の超電導グランドプレーンやウェハー内での配置に制限を受けない接合構造が採用されている。高温超電導ジョセフソン接合を用いたSFQ分周回路に関しては、これまで、粒界接合を用いた試作例がいくつか報告されているが、本格的な集積回路技術を用いて高速動作が実証されたのは始めてのことという。

 高温超電導ジョセフソン接合を用いたSFQ回路は、冷却が比較的容易に行える温度領域において、100 GHz以上の周波数での動作が可能であり、将来の超高速・大容量の通信システムや、情報処理システムへの応用が期待されている。東芝のグループは今年3月に完了した、通産省産業科学技術研究開発制度「高温超電導素子の研究開発」において、高温超電導ジョセフソン接合とその集積化技術の開発を進めてきた。今回のSFQ分周回路は、その最終成果として公表されたものであり、今後の実用化に向けた研究開発に大きなはずみをつけるものと言える。

 SFQ分周回路は、時間軸上での面積が量子化されている電圧パルス列の発信器、電圧パルスを転送するジョセフソン伝送線路、到達したパルス列のうち2つに1つだけを出力端子に通過させるT-フリップフロップ、の3つの部分から構成されている(図1)。この回路の作製プロセスは以下の通りである。

 まず、SrTiO3基板上に200 nm厚のYBCOグランドプレーンと、200 nm厚のCoドープPBCOの上下をSrTiO3でサンドイッチした構造を持つ層間絶縁層を形成した後、その上にYBCO下部電極層とSrTiO3絶縁層を積層する。グランドプレーン上の層間絶縁層を多層構造としたのは、CoドープPBCOの比較的小さい誘電率を利用して容量の低減を図りつつ、直流的なリークも小さく押さえるためとのことである。この積層膜上にレジストパターンを形成した後、やや高温のベーキングによってレジストを軟化させ、近似的に台形状の形態とする。次に、基板を回転させながらArイオンによるエッチングを施し、SrTiO3層のみに底角20°のエッジ形状を作製する。レジストの剥離後、再びイオンミリングを施し、YBCO下部電極層を加工する。エッチング工程をこのように2回に分けることでYBCO電極エッジ部の有機溶媒などによる汚染が防止できるという。この後、試料を製膜装置に移し、加工損傷を回復させる熱処理を行った上で、バリア層であるCoドープPBCOとYBCO上部電極層を堆積すれば基本的な素子構造は完成であり、後は、上部電極層を所定の回路パターンに加工すれば良い。

 今回のSFQ分周回路の試作においては、CoドープPBCOバリア層の厚さは7.5 nmとした。この場合の接合のIcRn積は4.2 Kにおいて0.5 mV程度であるが、バリア層を6 nmにまで薄くすることで1 mVを大きく越える特性も得られることが確認されている。敢えてやや厚めのバリアを用いたのは、接合寸法4 mmという緩い加工ルールで、回路動作に必要な所定のIc値を得るためだとのことである。

 SFQ回路における電圧パルスは高さがmV程度、幅がpsecのオーダーであるために、現状のいかなる計測器をもってしても、これを直接測定することはできない。このため、回路の動作周波数を求めるには、パルスの通過する端子間の平均直流電圧を測定し、これを1つのSFQパルスの面積(2.07X10-15 Vsec)で割ることで、毎秒何個のパルスが通過したかを算出する、という方法が用いられる。分周回路では発信器で生成されたパルス列のうち、2つに1つだけがT-フリップフロップの出力端子を通過する。したがって、回路が正常に動作している場合には、出力端子での平均電圧 (Vout)が、発信器端での平均電圧 (Vin)の1/2に一致していなくてはならない。図2は温度12 Kでの測定結果を示したものである。Vinとして0.4 mVまではVin=Voutx2の関係が成り立っていることが分かる。これは、今回開発された分周回路が200 GHzの繰り返し周波数を持つパルス列まで正しく動作していることを示している。

 東芝基礎研究所の吉田二朗研究主幹は「今回開発した回路は半導体で言えば、光通信用デマルチプレクサの構成要素であるD-フリップフロップに相当する。半導体技術ではヘテロ接合バイポーラトランジスタでの40 GHz動作が、このような回路としてのトップデータとなっている。高温超電導ジョセフソン接合を使った分周回路は、少なくとも、この5倍の周波数で動作できることが実証されたわけであり、電子デバイス屋の夢である1 THz動作も十分にスコープに入ってきたと思う。このような技術をどう使っていくか、という面も含めて開発を推進していきたい」とコメントしている。

(祥と悠のお父さん)



図1 分周回路の電子顕微鏡写真



図2 測定された分周回路の端子電圧