SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 4, Aug. 1998.

3.小型超伝導磁石で反磁性・常磁性液体の磁気浮上に成功
(磁気アルキメデス浮上法)
―東大―


 水や木、プラスチックなどの反磁性物質を最大印加磁場27 Tのハイブリッド磁石により浮上させた例がフランス・グルノーブルから報告されたのは1991年のことだった。その後、国内も含めいくつかのグループから水やカエルなどの浮上例が報告されたが、いずれも20 Tを超えるような強力なハイブリッド磁石・超伝導磁石を用いたもので、反磁性物質の磁気浮上は、魅力的だが、一般の研究室レベルでは手の届かない技術であった。しかし、最近、普及型の冷凍機伝導冷却式超伝導磁石(最大印加磁場10 T)を用いた反磁性及び常磁性物質の浮上が、東大大学院工学系研究科の北沢研究室において達成され、Natureに掲載された(Y. Ikezoe et al. Nature; 393, 749 (1998).)。対象が常磁性物質にも広がった事、一般的な小型超伝導磁石での浮上が可能になった事から、今後、超伝導磁石による一般物質の磁気浮上技術のさまざまな方面への適用促進が期待される。

 一般的な空心コイルで磁場を発生させた場合、そのボア軸上ではコイル中心で最大磁場をとり、そこから離れるにつれて磁場が減衰する。このように空間的に変化する磁場のもとに物質を置くと、その磁性に応じた磁気力が作用する。ボア軸を鉛直方向にすれば、重力と平行な方向に磁気力を作用させる事ができるので、物質に働く重力と磁気力を釣り合わせ、物質を磁気浮上させる事ができる。磁気力の大きさは、物質の体積磁化率及び、浮上位置zにおける磁場と磁場勾配の積 に比例する。例えば水の場合、磁気力と重力を釣り合わせるためには は1400 T2/m 程度必要になる。これまでに普及してきた磁石は一般的には均一な磁場領域を大きくする事を目的として作られているので、このような強くて急峻な勾配磁場を得るためには、どうしても20 T級の大型磁石が必須だった。また、自由空間中に磁場最小のポイントは存在しうるが、磁場最大のポイントは存在し得ないため、反磁性物質の磁気浮上は可能だが常磁性物質は不可能だと考えられてきた。

 今回、北沢研の池添泰弘氏、廣田憲之氏、中川準氏((株)TDK)らのグループは、中心最大印加磁場10 T、最大 ~420 T2/mの冷凍機伝導冷却式超伝導磁石(住友重機製 HF−10−100VHT)を用いて、反磁性・常磁性物質の浮上に成功し、これを「磁気アルキメデス浮上法」と名付けた。

 これは、通常あまり考慮されてこなかった周囲のガスの影響を利用し、浮上物質の周囲を10気圧程度の高酸素ガス雰囲気にする事により可能になったものである。酸素ガスは、比較的大きな常磁性を示す物質で、常温1気圧での体積磁化率の絶対値は水のそれの20 %程度である。酸素ガスを10気圧程度の高圧にしたところで、その密度変化による浮力の増加はわずかなものでしかない。しかし、体積磁化率の増加に伴い、酸素ガスが受ける磁気力が、水が受ける磁気力以上に大きくなるために、磁場中心上方において酸素ガスはみかけ上重くなり、磁気力起因の浮力が大きく作用することになる。このため、 ~420 T2/mの小型磁石による浮上が実現された。また、この場合、雰囲気の常磁性が大きいため、それよりも相対的に反磁性的な物質であれば、それがたとえ常磁性物質であっても自由空間に安定浮上できることになる。実際に常磁性の硫酸銅水溶液を用いてその浮上が確認された。酸素ガスで加圧されたガラス容器の中で、水、硫酸銅水溶液とも球形を保って安定に浮上し、24時間以上の持続が観測されたという。また、既に浮上状態にある液体に、上方から更に液体を滴下して追加すると、ぶるぶると震えながら上下に振動し、やがて安定位置に静止したという。

 磁気浮上による長時間安定な疑似無重力状態は、宇宙空間で得られる微小重力環境とは異なったものではあるが、各種の微小重力実験や重力場の下では難しかった材料プロセスへ適用することによりそれらの実験機会を飛躍的に増大させ、研究の進展を促すと期待される。今回、一般的に広く普及しているレベルの小型超伝導磁石で、この様な安定浮上が実現できたことで、ますますその動きが加速されるのではないかと予想される。また、微小重力とは異なる環境であることから発生するであろう、磁気浮上による疑似無重力状態ならではの効果も期待され、今後の展開が楽しみだ。

 この実験をおこなった池添泰弘氏は、「計算では浮上することがわかっていても、実際に目の前で水玉が浮いているのを見たときは感動した。この技術が各種材料プロセス等に適用されれば面白い結果が出てくるのではないだろうか。いろいろな方面で利用してもらいたい。」と述べている。 (ねぐま)