SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 4, Aug. 1998.

13.高温超伝導体のボルテックスの物理ワークショップ


 高温超伝導体のボルテックスの物理ワークショップ(International Workshop on Vortex Physics in High-Temperature Superconductors)が6/21〜26に岩手県八幡平で開催された。

 このワークショップは高温超伝導体の渦糸状態の物理にのみ焦点を絞って毎年開かれる会議であり第1回(フランス)、第2回(アメリカ)、第3回(イスラエル)、第4回(スイス)に引き続き今回で5回目となる。 このワークショップは全員招待のクローズドなものであり、規模として120人程度で世界でも第一線の研究者が集まり活発な議論が繰り広げられる。これまでこのワークショップへの日本からの参加者は数名程度であったが、今回は日本で開催されたこともあって日本からは約40人程の参加者があった。今回の主なスポンサーは科学技術振興事業団であり岩手県からの強いサポートがあったと聞く。

 高温超伝導体の磁束構造はパンケーキ渦と呼ばれる円盤状の渦が弱く紐でつながったような構造をしており、最近ではVortex matter (ボルテックスの物質)と言う言葉も好んで使われるようになっている。Vortex matterはある時には格子を造り、ある時には融解して液体になり、ある時にはランダムネスによりグラス状態に凍結し、またある時には紐が切れてばらばらになったりと多種多様な状態を示す複雑系物質ともいえる。このような渦糸状態の研究はまさに統計力学、流体力学、固体電子論がからんだ分野であり、日本ではこれまでそれ程盛んではなかったが外国では高温超伝導体の研究の半分を占めており非常に活発に研究が行われている分野である。さてワークショップで取り上げられた話題として1)渦糸の相図、2)ジョセフソン結合、3)渦糸のイメージング、4)動く渦糸相、5)渦糸の電子状態 などがあげられる。全部網羅することは不可能なので個人的に興味を持った(理解できた?)点だけを口頭講演を中心に挙げさせていただく。

 渦糸の相図は渦糸状態の研究の中心的課題の一つである。しかしながらこれまでの実験で全員のコンセンサスがあるのははっきりいって渦糸は一次相転移を起こしてそれ以上では液体となっていることぐらいであろうか。ではこの一次相転移線以外に別の相転移線が存在するのであろうか。今回のワークショップでは相図はますます混迷を深めているという印象を持った。Marcenat(Grenoble), Nishizaki(Tohoku)等のグループはYBCOで30 T近い強磁場中での比熱、磁化率、抵抗の測定を行いピーク効果や不可逆線がこれまでの報告されていたものよりもかなり複雑な温度依存性を持つことを示した。またFuchs (Weizmann)等のグループはBSCCOに対し局所ホールプローブにより表面バリアーの効果を詳細に調べることにより一次相転移線以上の液体相にも別のデカップリング転移と思われる線が存在することを示唆した。またそもそもBSCCOでは電流は試料のどこを流れているのかと言った基本的な問題も盛んに議論された。いくつかのグループで様々な形状の試料等を用いて電気抵抗を測定した結果、Argonne、Illinoisのグループは一様に流れていると主張しCambridge, Weizmannのグループは試料の端にのみ流れると主張し両者は真っ向から対立した。前々回の会議ではフラックストランスフォーマーの実験の解釈を巡り大きな論争が見られたが、これらの論争から輸送現象の測定とその解釈には細心の注意を払うべきであると実感させられた。相図に関する理論では現在の所最も広く受け入れられているように思われる考えの一つはブラッググラス相とボルテックスグラス相の存在であろうか。ブラッググラス相においては中性子小角散乱で渦糸格子を示すブラッグスポットが観測される。

 両者は熱力学的に安定であると考えられており、両者を区別するものは渦糸のdislocationの存在の有無である。これに対しKawamura (KIT-Kyoto)は遮蔽の効果に対するボルテックスグラス相の安定性を論じた。またSudbo(Trondheim)らはXYモデルを用いたコンピューターシミュレーションによりab面内に大きなサイズのdislocation loopが発生し、これとTesanovic(Johns Hopkins)達の言う渦糸のc-軸方向の線応力が消える相転移線との関係を論じた。これが本当なら融解相転移線よりも上に別の転移があることになる。この他理論的にも渦糸の融解点以外に様々な相転移線の存在の可能性が発表された。また磁場をab面内にかけたときのジョセフソン渦の相転移についても議論された。Hu(Tsukuba)等はこれまで存在が主張されてきた3角格子状態やsmectic相は存在せず別の相が安定であることをシミュレーションにより示した。これに対しYeh(Caltec)等は実験的に2つの転移線が存在する様に見えることを報告したが、シミュレーションの結果との関係は明らかではない。

 次にジョセフソン効果についての議論も盛んに行われた。この分野は我が国でジョセフソン・プラズマ共鳴が発見されその実験が盛んに行われていることから我が国の寄与が大きい。Shibauchi(Tokyo)等はジョセフソン・プラズマ共鳴の実験で渦糸格子の融解線上でジョセフソン結合が大きく変化することを報告した。Koshelev(Argonne)等はジョセフソン・プラズマ共鳴が渦糸状態を探る精密な実験手段であることを定量的に示した。またSugano(Hitachi)らはシミュレーションによりコラムナー欠陥を導入した系においてマッチング磁場の1/3近傍でパンケーキ渦が強く結合する転移の存在を指摘した。これはジョセフソン・プラズマの結果、Chikumoto(ISTEC)等による磁化の結果、Morozov(Los Alamos)等による電気抵抗の結果とコンシステントである。しかしながらなぜ1/3にこのような転移線が存在するのかは全くのなぞである。

 ボルテックスのイメージングはここ何年かの間に最も進んだ分野の一つであろう。Tonomura(Hitachi)はローレンツ顕微鏡によりBSCCOの渦糸の直接観測に成功した。またKes(Leiden)等はNbSe2に対しSTMにより動く渦糸の観測に成功した。どちらもビデオを使って動く渦糸を視覚化しておりこの両者の発表はまさに「エンターテイメントセッション」であった。この他中性子小角散乱によるForgan(Birmingham)等、Suzuki(JAERI)等による渦糸格子のBragg散乱の観測や、磁気光学(Vlasko-Vlasov、Argonne)、局所ホールプローブ(Oral, Oxford)を用いた磁束分布の観測が報告された。

 渦糸系の研究で大きな分野をしめるようになっているのは動く渦糸系の相図である。渦糸系に大電流を流すと格子を組んだまま動き、ピン止めは弱められる。この際どのようなパターンで電流が流れるのか、あるいは新しい渦糸相が現れるのかは極めて興味が持たれている。実験ではPardo(Bell)等がビッター法を用いてNbSe2の動く渦糸のパターンを描画し電流フローチャンネルを観測していた。Maeda(Tokyo)等はノイズ測定から動く渦糸の時間相関および,空間相関の観測を行い、この種の測定がバルクの磁束ダイナミクスを観測する新しいプローブとなりうることを示した。理論的にはNori(Michigan)はコンピュータシュミレーションを用いた渦糸の動的相図の結果を、Giamarchi(Paris)等はグラス理論の動的渦糸相への拡張のレビューを行った。

 この分野の大御所のVinokur(Argonne)の話は残念ながら理解できなかった。

 このワークショップではじめて取り上げられた新しいセッションとして渦糸の電子状態がある。高温超伝導体の対称性はd波であり、またコヒーレンス長も短くいわゆる量子極限に近いため、渦糸の一本一本の電子構造自体も従来の超伝導体とは大きく異なることが予想される。特に超伝導転移温度以上でもギャップが出現するアンダードープ側の試料の渦糸の内部構造はどのようなものであろうか全く想像がつかない。このような渦糸のダイナミクス等が従来の超伝導体と同じであるとはとても思えない。まずFisher(Geneve)等はトンネル顕微鏡を用いてYBCO及びBSCCOの渦糸の内部電子状態の観測の結果を発表し、YBCOではコア内部でdx2-y2+idxyの対称性が磁場により誘起されているかもしれないことを示唆した。またBSCCOではほとんど渦のコア内部のスペクトラムが外側と変わらないとの結果を発表したが現時点ではこれが何を意味しているのかよく分からない。次にMachida(Okayama)等は半古典モデルを用いてs波とd波超伝導体の電子構造を計算した。彼らはs波の場合ですら例えば渦糸の収縮、渦糸の電荷といった新しい現象が出現することを報告した。またGeshkenbein(ETH)はTl2201系の電気抵抗の振る舞いと上部臨界磁場を議論した。この系ではフェルミ面の一部に散乱が起こりにくい方向(cold spot)があり、このために渦糸の運動による散逸が起こりにくくなるとのことである。これは高温超伝導体の渦糸のダイナミクスを再考する必要があることを示唆している。これまでの渦糸状態の研究の主眼はほとんどが渦糸系の相転移と相図といった超伝導の現象論に向けられてきた。しかしながら渦糸の電子状態の問題は高温超伝導体のメカニズムと超伝導状態の現象論を結びつけるものであり、今後多くの研究者がこの分野に集まることが期待される。

 さて今回のワークショップに参加してこの分野の日本の貢献度が非常に高くなっていることを感じた。実際3年前にこのワークショップに参加したときには日本の仕事はほとんど引用されていなかったが、年々日本の仕事が引用されることが多くなっていることは非常に喜ばしいことである。特に工夫を凝らした新しい手法による実験の一部や、良質の単結晶を用いた系統的な実験は、世界をリードしている様に思われる。またこの分野の特に理論面での日本の貢献が少ないとの批判を国内外で何度となく耳にしてきたが今回のワークショップでは日本のいくつかのグループのコンピューターシュミレーションの結果が非常に注目を浴びてきており今後の発展に期待したい。

 最後にワークショップの期間中と後で何人かのゲストから「このワークショップは過去5回のワークショップの中で最も良くオーガナイズされていた。」という言葉を聞いた。本会議の組織委員の方々の努力に感謝したい。また会議だけでなくエクスカーションのわんこそば大会も大好評であった。ちなみに個人別優勝は日本人、準優勝はロシア人、3位はノルウェー人であった。来年度のワークショップは米国スタンフォード大学で行われる予定。

 なお、詳細に関しては http://www2.jst.go.jp/crest/project/kkjj/vortex_workshop/index.htmlで見ることができる。

(ペンネーム:くるくるミラクル)