SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 4, Aug. 1998.

12.高温超電導パワーフィルタの研究開発動向


 最近、高温超電導フィルタを無線通信システムの送信回路に利用しようとする研究が盛んになってきた。高温超電導フィルタでは、フィルタ内部での導体損失が非常に小さいため、信号電力の損失に伴う発熱量を抑えることができ、小型構造であっても電力信号に対する安定動作が期待できる点が注目されている。ただし、超電導体中では、電流密度の臨界値を越えて信号電流を流すことはできないので、電流集中を緩和する構造を新たに設計し、さらに、臨界値の高い高品質の超電導薄膜を利用する必要がある。このことは、受信回路向けの微弱電力用フィルタに対して今ひとつ開発に遅れをとっている原因にもなっている。しかしながら、実験室レベルでは、すでに100Wを越える耐電力性能を有する超電導フィルタもいくつか報告されており、実用化の気運は着実に高まってきている。

 ドイツWuppertal大学、クライオエレクトラ社、および、スウェーデン エリクソン社では、衛星中継あるいは移動体通信のための送信用超電導フィルタを共同で発表した。円板共振器で構成されたこのフィルタは、電流がパターンエッジ部に集中しにくいTM01共振モードを用い、複数個の円板共振器を空間的に結合させることで、100Wを越える信号伝送性能を実現している。平面回路と立体回路との中間的な構造で、形状は大きくなるが、超電導薄膜を用いたフィルタとしては耐電力性能を極限まで追求した構造である。松下電器、住友電工、京セラの共同プロジェクトでは、従来から楕円型の薄膜共振器を用いた超電導フィルタを発表していたが、今回新たに、2つの楕円型共振器を用いた4段構成のパワーフィルタの設計に成功したと発表した。縮退したTM11モードを用いて多重モード動作を行わせており、フィルタ形状の小型化と多段構成の実現に重点を置いたものである。周波数は2GHz前後で、移動体通信などの比較的低い周波数域をねらっている。さらに、超電導工学研究所と日本電気は、衛星通信用中継器等の送信回路に用いるための10GHz帯小型パワーフィルタの開発に成功したと発表した。このフィルタは、構造上は比較的標準的な線路共振器を用いてはいるが、パターン形状を最適化すると共にLPE法により作製された高品質の超電導薄膜を用いることによって、50W以上の高耐電力特性を実現している。

 このように、超電導パワーフィルタでは様々な構成のものが最近発表されている。しかし、実用化に際してはまだ多くの技術的な課題が残されているのも事実である。大電力動作時の非線形特性の影響などのフィルタ素子そのもの性能以外に、素子の効果的な冷却方法、ケーブルなどの常伝導部分での発熱の問題などの検討も非常に重要である。送信回路用超電導フィルタ開発の目的の一つは無線通信システムの小型化・省電力化にあり、これらは今後ますます重要となるであろうエネルギー問題や環境問題にも深く関係していることから、今後の研究開発の進展は注目されるところである。

(ENO)