SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 4, Aug. 1998.

10. 高温超伝導サンプラーによる
ピコ秒精度の電流波形計測に成功
−NEC基礎研究所−


 NECでは電流波形を精密に測定するサンプラー回路の開発を高温超伝導体を用いて進めているが、このたび日高睦夫氏、佐藤哲朗氏、田原修一氏らは高温超伝導体の積層集積回路で作製したサンプラー回路を用いて、電流波形をピコ秒台の時間精度で測定することに成功した。被測定電流波形はサンプラー回路と同一チップ上に置かれたジョセフソン接合を2個用いたスイッチにより発生された。この電流波形を高温超伝導サンプラーを用いて1psごとに測定したところ、最高5psの立ち下がり(60mA)部分を含む、数ピコ秒から数百ピコ秒の時間スケールで変化する電流波形を測定することができた。この結果は、ピコ秒台のサンプリングパルス幅とコンパレータ接合の応答速度により得られたもので、ジョセフソン接合の高速性によりもたらされたものである。また、この測定の電流精度は約2.5mAであり、ジョセフソン接合の感度の高さを反映している。測定温度は25Kであった。電流波形をこのような高精度で観測できるのは、現状では超伝導サンプラーだけであり、これを冷却が容易な高温超伝導回路で実現できたことで、様々な分野の高精度電流計測に適用できる道がひらけたと言えるであろう。また、高温超伝導回路でピコ秒台の高速動作が実証されたのは世界でも初めてのことである。

 近年、世の中では光通信や高速の半導体LSIに代表されるように様々な電気現象を高速で測定しようという要求が高まってきている。これに対し現在半導体素子を用いたサンプラーが用いられてるが、半導体サンプラーは電圧を測定しており、電流を直接測定することができない。

 従って、被測定物のインピーダンスがわからない場合は、半導体サンプラーでそこを流れる電流を測定することは不可能であった。

 例えば、半導体LSIやプリント基板は複雑な層構造やviaホールのために一般にインピーダンスは既知ではない。従って、半導体サンプラーによる電圧測定からこれらの配線を流れる電流を求めることはできない。一方、動作速度の高速化にともない、これらの配線に流れる電流を測定することが、回路設計やEM対策上ますます重要となってきている。しかし、現在は測定方法がないため、問題点として指摘されているのみで放置されている状態である。このため電流を直接測定できる高温超伝導サンプラーの開発が待たれていた。

 高温超伝導サンプラーを実現するには、多層構造の集積回路が不可欠であったが、複雑な結晶構造を有する高温超伝導体を用いた多層構造の形成は難しく、現在までにその高速動作まで実証された高温超伝導集積回路は存在しなかった。そのため、高温超伝導集積回路を可能にするプロセス技術の開発と、高速動作の実証が望まれていた。

 NECではかねてから、これらの問題を解決するための研究開発を進めてきたが、単一磁束量子(SFQ)を情報媒体とした回路技術の開発、均一な特性が得られるジョセフソン接合形成法を含む多層高温超伝導回路プロセス技術の開発、超伝導回路の超高速性を引き出す周辺エレクトロニクスの開発などにより高温超伝導サンプラー回路の高速動作を実証することができた。日高睦夫氏は「このサンプラーは高温超伝導体を用いた初めての実用回路である。今後は、サンプラーをLSI配線の高時間精度電流計測に適用し、今まで不可能であった測定を可能にすることで、高温超伝導回路の優位性を示していきたい」と語っている。NECでは今後この回路を用いた計測システムを構築していくことを予定している。

(MH)



図 高温超伝導サンプラーチップとサンプラーによる電流波形測定効果