SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 3, Jun. 1998.

13.高性能Hg系薄膜ジョセフソン接合及びSQUIDを開発
__超電導工研、日立基礎研__


 超電導工学研究所は、エレクトロニクスデバイス用材料として100K以上の温度領域でも使用可能なHg系銅酸化物超電導薄膜材料を開発すると共に、(株)日立製作所基礎研究所と共同でバイクリスタルジョセフソン接合及びdcSQUIDを作製し、液化天然ガス温度110Kでの動作とその優れた性能を実証することに成功したと発表した。

 近年、SQUID磁気センサーやマイクロ波無線通信用フィルターなど、高温超電導材料を用いたエレクトロニクスデバイスの開発が活発に行われてきている。これらのデバイスに使用される超電導薄膜材料としては、93KのTcをもつY-123系材料が現状では主に用いられている。Y-123系材料よりさらに高い磁界温度をもつ材料を使用することにより、例えば液体窒素温度77Kにおけるデバイス性能の向上やより高温での動作が可能になるなどの利点が期待できるため、これまでBi-2223(Tc=110K、Tcはセラミクスでの最高値)などのBi系材料、TI-2212 (Tc=110K),TI-2223(Tc=127K)などのTI系材料、Hg-1212(Tc=127K),Hg-1223(Tc=135K)などのHg系材料の適用が検討されてきた。しかしながら、CuO2面を3枚含む相は単一相の合成が困難であること、またTI系及びHg系材料は蒸発しやすい元素を含むことにより、これらの材料では高い結晶性や表面の平坦性などデバイス作製に必要な特性をもつ薄膜を作製することが困難であり、77KにおいてY-123系材料を凌駕するデバイス特性は得られていなかった。

 超電導工学研究所では高温超電導材料の中でも最高のTcを有するHg系超電導材料の成膜法の研究を進め、これまでHg-1223相の2軸配向厚膜(Appl.Phys.Lett.69(1996)3423に既報)及び薄膜の合成に成功している。これらの膜は、スプレーパイロリシス法やレーザースパッタ法により基板上に形成した非晶質の前駆体膜をHg-Ba-Ca-Cu-O混合酸化物ペレットと共に石英管中に封入し、高温で熱処理するという2段階法で作製される。このようなex situ膜にもかかわらず、HgサイトへのReのわずかな置換により、表面の比較的平坦な薄膜が得られることが明らかになっていた(Physica Cに掲載予定)。今回、SQUIDの作製に使用されたのは1223相よりTcのわずかに低い1212相の薄膜である。SrTiO3基板上に作製された(Hg,Re)-1212c軸配向薄膜(Re置換量は約0.1)は単一相で1223相薄膜に比べはるかに優れた結晶性を有する(例えばX線ロッキングカーブの半値幅<0.2度)。前駆体薄膜組成や熱処理条件の最適化などにより得られた薄膜は、高い結晶性、表面平坦性に加え、最高で122KのTcと100Kで1.5x106A/cm2、77Kで1.5x106A/cm2を越える高いJcを示す(一部ISS'97で既報)。

 同等の薄膜を24度の傾角をもつSrTiO3バイクリスタル基板上に作製し、日立基礎研において、電子ビーム描画技術とイオンミリングにより水を全く用いないプロセスで線幅5-10μmの微細パターンに加工したところ、最高119Kまでの高温でジョセフソン接合の特性が観測された。図1は113KのTcを有する幅10μmの粒界接合の103K及び77KにおけるI-V 特性であるが、RSJ的な特性になっていると共に、77KでのIcRn 積が408μVとY-123系の接合の200-300μVに比べても大きいという特徴がある。Icの磁場依存性からは、この接合はいわゆるlarge junctionであるが、過剰電流は10%以下であることがわかった。IcRn積は接合によるばらつきが大きいが、最高で460μVの値が得られているということである。また5x20μm2のスリットをもつdcSQUID(77KのIcRn 積は230μV,Rn/2は2.3Ω)では、図2に示すように液化天然ガス温度より高い111Kで磁場変調電圧が観測され、97Kにおいて27μVという実用レベルの電圧振幅が得られている。77Kでの電圧振幅は90μVとY-123系SQUIDでの最高値に匹敵する。Hg系薄膜を用いたSQUIDの100K以上の高温での動作の報告はIBMにより以前なされているが、今回のSQUIDはIcRn積や変調電圧振幅などの性能値が従来と比べて4.5倍以上も大きいのが特徴である。今後のノイズの評価が待たれる。

 高温超電導薄膜を用いたSQUIDは現在、航空機や構造材料の非破壊検査や生体・バイオの観測に適したSQUID顕微鏡への応用が盛んに検討されている。SQUIDを作製した日立基礎研グループの高木一正主幹研究員によれば、Hg系薄膜を用いた高温動作SQUIDは外界からの熱流入効果を低減できるため、試料とSQUIDを接近させる必要があり、また大きなピックアップコイルを必要としないSQUID顕微鏡に適しているとのことである。また、Hg系薄膜材料の開発を行っている超電導工学研究所グループの田辺圭一(現第6研究部)部長は、さらに添加元素などの最適化を図ることにより薄膜特性、接合特性の一層の向上が期待でき、SQUIDのみならずマイクロ波デバイスへの適用も期待できるという見通しを述べている。

(DDT)



図1 (Hg,Re)-1212薄膜を用いたバイクリスタル接合のI-V特性 (a)103K,(b)77K



図2 (Hg,Re)-1212薄膜を用いたdc SQUIDのV-φ特性