SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 2, Apr. 1998.

9.溶融バルク超伝導体で5.4 Tの磁場を捕捉


 名古屋大学と(株)イムラ材料開発研究所のグループは、このほど、高い磁場捕捉力を持つSm-Ba-Cu-O(Sm系)溶融バルク超伝導体の作製に成功した。溶融バルク法で作製された超伝導体は、内部に非超伝導相である211相を微細に含み、高いピン止め力を有し、高温超伝導体の応用材料として有望視されている。すでにY系では盛んに研究され、現在では市販品も存在する。一方、低酸素分圧下で作製されたSm系やNd系の臨界電流密度の磁場依存性にはピークがあるため、数Tの磁場領域でのピン止め力はY系を上回る。したがって、Sm系の溶融バルク超伝導体を作製すれば、その特性はY系を超えるであろうと考えられていた。しかし現実には、Sm系では試料作製時にクラックが発生して、ある程度以上の大きさを持つ試料を作製することが、これまでは困難であった。今回名大グループは銀を添加することにより、クラックの発生を大幅に抑え、大型の単一粒試料の作製に成功した。このように、銀が試料の機械的強度を向上させることはすでにY系でも知られていたことだが、Y系ではあえて超伝導相の相対的な割合を減らしてまで銀を添加する必要がなかったのに対して、Sm系では銀が大型試料の作製に本質的に重要な役割を演じたといえよう。

 溶融バルク超伝導体の特性を評価する最も直接的な方法は、外部磁場を一度印加した後にこれを取り去り、試料中に捕捉された磁束密度の分布を調べることである。図1に名大グループが作製した直径30 mmのSm系溶融バルク試料の77Kにおける捕捉磁場分布を示す。これは試料を4 Tの磁場中で冷却した後外部磁場を消磁して測定したものである。磁束密度は円錐状に分布しており、径方向に均一に着磁されていることがわかる。したがって、試料中に弱結合等が含まれておらず、単一粒成長をしていることがわかる。

 図2には、今回作製された溶融バルク試料の最大捕捉磁場の温度依存性が示されている。これは試料を冷凍機内に設置し、試料表面の中心部にホール素子を貼り付けて測定したものである。また、図には直径35 mmのY系溶融バルクのデータも示されており、Sm系のパフォーマンスの高さがわかる。

 溶融バルク超伝導体の応用例の一つとして、強い磁場捕捉力を利用し擬似的な永久磁石として使うことが考えられている。実際、本誌Vol.5,No.1(1996年2月)でも紹介した通り、 (株)イムラ材料開発研究所は名古屋大学と共同で、Y系溶融バルク超伝導体を使って超伝導モーターを製作し、ゴルフカーを走行させた実績を持っている。また、本誌でも何度か取り上げたように、最近は冷凍機の技術が飛躍的に進歩しており、ヘリウムフリー超伝導マグネットのように、超伝導体と組み合わせて使用する例も増えている。したがって、溶融バルク超伝導体を応用する際にも、使用温度は液体窒素温度に限って考える必要はない。今回、名大グループは60 Kで5 T以上という捕捉磁場を得たが、これは強力な永久磁石として知られるNd-Fe-Bの磁場の10倍近い。このような、これまでは超伝導マグネットを使わねば実現できなかった強力な磁場を、わずか直径30 mmの試料で発生することができるようになったことで、大掛かりな装置を必要としていた強力磁場を、コンパクトに発生できるようになることが期待される。今後、作製プロセスの最適化によってさらに性能が向上することも考えられ、しばらく目が離せないようである。

 一年半の苦労の末、今回の試料の作製に成功した名大大学院生の間瀬淳氏は「よかった...」とだけコメントし、感無量の様子であった。また、名大理工総研助教授の生田博志氏は、「まだ試料の機械的強度に不満があり、材料の信頼性向上等、今後の課題も多い。でも記録はまだあがっていくと信じている」と慎重ながらも、興奮を隠しきれない様子であった。さらに、グループリーダーの名大教授水谷宇一郎氏は「溶融バルク超伝導体による擬似永久磁石を用いた製品の実現に大きく前進した」と、コメントしている。なお、イムラ材料開発研究所における研究の一部は中部通産局によるエネルギー使用合理化新規産業創造技術開発費補助金により実施されている。

(BBA)



図1




図2