SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 2, Apr. 1998.

8.層状窒化物で新規高温超伝導体発見


 広島大学工学部山中昭司教授の研究室では、最近、次々と、新たな超伝導体が発見され話題となっている。この研究室でシリコンsp3結合だけからなるカゴ状ネットワークのシリコンクラスレートが合成され、そのケージにバリウムが内包された化合物で、臨界温度(Tc)4 Kの超伝導が発見されたことは記憶に新しいが(Phys. Rev. Lett.,74,1427(1995))、今回は、層状窒化物でTc=約26 Kの高温超伝導が発見された。

 これはb-ZrNCl型層状結晶で、CdCl2型構造を有し、CdがZrN二重層になっている。[Cl-Zr-N-N-Zr-Cl]層がvan der Waals力で積層する層状結晶である。層間にアルカリ金属をインターカレーションすると、ZrN層に電子がドープされ、b-ZrNClはバンドギャップ3 eVの半導体から、金属に変化し、約13 Kで超伝導となった。この発見はAdv.Mater.Vol.8-No.9(1996)の表紙に紹介されたところであるが、今回新たに、ZrをHfで置き換えた同形のb-HfNClにリチウムをインターカレーションすると、驚くことに、26 Kで超伝導体になることが見いだされた。岩塩型構造の遷移金属窒化物、MN(M=Ti,Zr,Hf,Nb)は、それぞれTc=5.5, 10.7,8.8,18.0 Kで、超伝導体になることが知られており、窒化物は本来、超伝導の優れたマトリックスであると思われるが、同じ岩塩型結晶よりも、電子をドープした二次元層状結晶の方がTcが高く、インターカレーション化合物で比較すると、ZrよりもHf化合物でTcが飛躍的に高いことが注目に値する。Tc=26 Kは、合金系で得られているどの超伝導体よりも高い臨界温度であり、新しい高温超伝導体の仲間と考えてよいだろう。窒化物層はCuO2層と同様に、高温超伝導の優れたマトリックスになることが期待される。

 山中教授は戦略的基礎研究「量子効果等の物理現象」において、"ナノ物質空間の創製と物理・化学修飾による物性制御 " をテーマに研究を展開中である。酸化物高温超伝導体発見の例を引くまでもなく、物性物理学の飛躍的な進展は新物質の発見によりもたらされると言って過言ではない。その物性の理解には、単に特異的な新物質が合成されるだけでは不十分であり、想定し得るパラメーターが連続的に変えられる物質群が用意されることが重要である。基本的な結晶構造や化学的な環境を変化させることなく、物理量を独立して変化できることが望ましい。例えば、物性制御に必要なキャリヤー(電子と正孔)を大量に導入しても結晶構造の骨組みが保持され、イオン化ドナーやアクセプターが不純物散乱体として働かないことが理想である。山中教授はこの様な系の実現には、インターカレーションが可能なナノスケールの空間(すき間)を有する物質を探索し、設計・合成することが有効な戦略目標であると考えている。フラーレン錯体系の超伝導体においても、フラーレンボールのパッキングのすき間にアルカリやアルカリ土類金属がインターカレーションされ、電子をドープしている。酸化物銅系超伝導体はそれ自身既に、キャリヤーを調整する電荷層を有するインターカレーション化合物となっている.同研究室では、昨年、非銅系層状ニオブ酸塩ペロブスカイトKCa2Nb3O10もアルカリ金属インターカレーションによって、超伝導体 (Tc=6 K)となる事を報告しているが(Chem.Lett.,703(1997))、これも同じ範疇に入る発見と思われる。インターカレーションが新規超伝導体の開発に有効な概念であることは間違いない。

(HF)