SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 2, Apr. 1998.


6.第2回誌上討論
Y系/Nd系線材開発の現状と課題について


1.はじめに

 前号で予告したように、今回の誌上討論会では、"Y系/Nd系厚膜テープ開発の現状と課題"を主題に取り上げました。

 Y系あるいはNd系(HTS)厚膜テープは、高温磁界特性が本質的に優れ、次世代線材の最有力候補と目されており、世界的な開発競争が繰り広げられています。日本勢は本厚膜テープ製造法の先鞭を付けリードしており、米国勢が急追するという展開です。未だ初期の段階ではありますが、現在までの到達点を確認するとともに、今後の開発課題を明らかにすることは有意義と考えます。研究・開発担当者の意気ごみもお伺いしたく思います。

 本分野の第一人者である誌上討論参加者は、次の方々です。

 河野 宰(フジクラ基盤研次長)

 大松 一也(住友電工超電導研究部主研)

 松本 要(超電導工学研名古屋研主研)

2.各製法の特徴と問題点の摘出

Q1:HTS厚膜テープ(coated conductor)向け基板製造法及びHTS厚膜形成法の端緒を切ってIBAD法(フジクラ)が提案され、それに改良型のISD法(住友電工)が続き、最近は第3の方法ともいえるLPE法(超電導工学研)が発表されている。各製造法の比較的な特徴は何か、如何なる発展可能性を有しているのか、そして現在までの到達点(@JcAテープ長B製造スピード、etc)はどこまでか、また各製法の問題点は何か、その解決策はあるのか等、お伺いしたい。

A1-1(IBAD法): IBADは金属基板とY系超電導体との間の元素拡散による超電導層の汚染防止用に設けられるYSZ中間層を面内配向させる技術である。これにより中間層の上に成膜されるY系超電導体膜は、擬エピタキシャル成長し十分面内配向したものが得られる。したがって中間層上のY系超電導体の成膜手段は中間層を破壊するような手段でない限りどんな手段でも可能であり、レーザー蒸着法(PLD)でも化学蒸着法(CVD)でも同程度のJc特性を示すことができる。 Y系超電導線材が長尺化実現のため金属テープ上への成膜という手段を採用する限り、拡散防止と配向性下地の必要性から、配向中間層を金属基材と超電導層との間に成膜挿入することは必要である。米国でもIBADが研究されているのは現在のところより優れた手法がみつからないためで、今後より優れた配向中間層成膜手段が開発されれば当然そちらにシフトしていくであろう。いろいろな研究機関でIBADが研究されれば、さらなる配向度向上と高速化が促進されると期待している。

 現在までの到達点は下記の通りである。

 (1)Jc(0 T、77 K):LANL(電圧端子間距離10 mm):2.0×104 A/mm2

         フジクラ(  〃    10 mm):1.1×104 A/mm2

         フジクラ(  〃   880 mm):1.3×103 A/mm2

 (2)テープ長:1〜2m

 (3)製造速度:IBADによる中間層成膜速度  :50 mm/h(膜厚0.5μmの場合)

        PLDによるY系超電導層成膜速度:2 m/h (膜厚1μmの場合)

 IBADの問題点は成膜速度につきる。我々の実験装置によるYSZ中間層成膜速度は標準的には50 mm/hである。PLDによるY系超電導体の標準的成膜速度は1 m/hであるので、少なくともIBADの成膜速度もPLDの成膜速度まで向上させる必要があると認識している。IBADによるYSZ中間層の成膜速度に関しては、現状の手法を踏襲して装置系の大型化をはかった場合にはかなりの速度向上が見込める。IBADによるYSZ成膜は室温で可能であり、さらにスパッタ法は基本的に大面積化し易い手法なので、装置の大型化に伴う問題は比較的少ない。大型イオンソースを並べることにより、数m/hは可能と考えている。PLDによるY系超電導体の成膜速度に関しては、1 mm厚の膜厚の場合、数m/hは可能と考えている。

(河野 宰)

A1-2(ISD法):我々は東京電力(株)と共同で、エキシマレーザー蒸着法を用い、ハステロイテープ基板上にイットリア安定化ジルコニア(YSZ)中間層、YBCO超電導層を形成した超電導線材の開発を行っている。高Jc化のためには、YBCO超電導層の面内配向化が最も重要である。このためには、YSZ中間層の成膜条件と結晶配向性の関係を把握することが必要となる。我々はこの一環として、エキシマレーザー蒸着におけるプルームの方向性に注目して基板の傾け角を変化させる実験を行ったところ、基板傾けることによってYSZ層が(001)配向から(111)配向に変化し、この(111)配向膜が基板面内においても配向していることを見い出した。さらに、YBCOとの格子整合性よりYSZは(001)配向した面内配向膜が必要であるが、従来の基板を傾けない平行配置において(111)配向となる成膜条件を用いて基板を傾けることにより、これを実現できることを見い出した。このYSZ中間層の成膜において基板を傾けることから、本方法をISD(Inclined Substrate Deposition)法と称している。

 本方法は気相法の中でも高速で厚膜化が可能な方法であり、現在までにハステロイ基板上の線材Jc特性としては、短尺の固定成膜では4.3×105 A/cm2が得られている。また、線材化開発としてハステロイテープ基板上の連続成膜では、0.75 m長で1.0×105 A/cm2、1 m長では1.5×105 A/cm2を達成している。 ISD法による厚膜線材の開発には、材料やプロセスの最適化の可能性が数多く残されていると考えており、今後も特性向上の研究と平行して、実用化のための問題点を抽出しながら解決策を検討していくことが重要である。

(大松一也)

A1-3(LPE法):超電導工学研究所では独自技術として液相エピタキシー(LPE)法を用いたHTS厚膜線材作製法を開発してきた。この方法はBaOとCuOを主成分とするフラックス中にYあるいはNd等のRE元素を溶解させて過飽和状態とし、この溶液表面に基板を接触させて基板上にRE123超電導厚膜を液相成長させる方法である。このため成膜温度が他の気相法に比べて高いこと(900〜1000 ℃)、熱平衡に近いので良質の単結晶膜が得られること、成膜レートが気相法に比べて格段に早い(10〜1000倍)こと、および装置が簡便であることなどが特徴である。またRE123超電導膜と格子ミスマッチの大きな基板(例えばMgO単結晶基板など)を用いて膜中に結晶欠陥を導入することによるJc制御も行われている。実際この方法によりJc=200万A/cm2(77 K,0 T)が達成されている。

 LPE法を長尺基材上に適用できれば、比較的簡便なプロセスで高Jcを有する厚膜超電導テープを高速作製することが可能となる。すでに酸化物ファイバーや金属基板上でのLPE成膜の検討が始まっており、MgOバッファ層を持つ集合組織銀テープ上においてもY123超電導厚膜が成長することが明らかになった。この膜はTc=90 Kを有し、かつ下地基材の結晶配向を受けて2軸配向していることも確認されている。しかし現時点ではJc値は77 K、0 Tにおいて10万A/cm2以下の値にとどまっている。この理由としては我々がまだ粒界を有する多結晶配向基材上でのLPE成膜に関して経験が浅いことが主因であろう。多結晶配向基材上での高Jc実現がこの技術のブレークスルーである。バッファ層、基材等の改善によって高Jcを達成するのは十分可能であると予想している。

 また新しい金属基材としてニッケル酸化物(NiO)を有するニッケル長尺テープの検討を進めている。これは集合組織ニッケルテープを酸化雰囲気中で酸化することにより、テープ表面上にNiO(100)面をエピタキシャル成長させ超電導層成膜のためのバッファ層として用いるものである。エピタキシャル成長したNiOの上にPLD法で成膜したY123層は高度に2軸配向することが確認されている。本手法によれば通常の電気炉を用いて短時間の酸化処理で超電導層成膜に適したバッファ層は生成できる。この意味から本手法は、集合組織銀テープと同様にHTS厚膜テープ用長尺基材の大量生産技術として今後の発展が期待される。

(松本 要)

3.HTS厚膜テープ実用化の課題

Q2:厚膜テープの実用化を図る為には、Q1の基本性能に加えて基板及び絶縁被覆を含めたoverall Jeを向上する必要があること、長尺化は少なくとも100 m以上出来れば1 kmであること、等が課題であるが、機械的特性及び安定性を含めた量産化技術の開発は如何まできているか、目標製造スピードとその見通しはどうかお伺いしたい。

A2-1(IBAD法):基板、安定化材、絶縁を含めたoverall Jeで議論すべきことは当然であるが、Y系超電導薄膜線材はまだそこまで議論できるほど十分成熟していないのが実状である。したがって線材の構成材の厚さなどに関しては、現状技術の選択可能な範囲内で検討されている程度で、まだまだこれからの研究開発に依存するところが大きい。実質的な通電容量となるIcに関しては、一枚のテープ線材で50〜100 Aを得られれば十分だと考えており、実用機器に適用する時には線材枚数をかせぐか、複合化を検討すれば可能と考えている。ちなみにY系超電導薄膜のJcを5×103 A/mm2と仮定すると、10 mm幅の金属基材に1 mm厚のY系超電導薄膜をのせたテープ線材の場合、50 AのIcを確保できることになる。

 基板に関しては耐熱性および線膨張率等から素材を選択し、テープ厚も0.1 mm程度までの薄さまでは検討されている。しかしそれ以下の薄さの場合、超電導体成膜時の加熱による影響や取り扱い性などでかなり難しくなる。また、酸化物超電導体に安定化材が必要かどうかの議論は必ずしも結論が出ていないが、従来の安定化の意味からは安定化材を複合する必要があり、10 mm前後の銀を超電導体の上に成膜しているのが実状である。

 超電導線材の用途は主としてコイル形成であるので、コイル化できる条長が必要であり、それは少なくとも100 m以上であることは認識している。Y系テープ線材といえども100 m以上、できれば 1 km程度の条長を確保したいところであるが、現実的にはまだ1 m程度の実績しかない。これは小型実験装置のせいでもあり、この装置系ではせいぜい10 m程度が限界と考えている。したがって、量産化技術の検討はまだ手がつけられていない。仮に現在の手法でそのまま装置系をスケールアップできれば、IBADによるYSZ中間層およびPLDによるY系超電導層とも製造速度は数m〜10 m/hが可能と考えている。

(河野 宰)

A2-2(ISD法):実用的な尺度であるオーバーオールJcを向上するためには、高Ic化と基板厚さの低減が重要となる。我々は、ハステロイテープ基板として、幅10 mm、厚さ80〜150 mmのものを開発した。このテープを用いてプルームの軸に対して傾けて配置した基板を連続して移動させながらYSZ中間層を連続成膜する技術開発を実施している。 最高で1 m/hという高速成膜が可能であるが、この場合はYSZ層が薄く、かつ面内無配向となるために、YBCO膜のJcが104 A/cm2のオーダーと低い。実用化のためには、YSZ膜を厚く、かつ面内配向とし、YBCO膜のJcを105 A/cm2のオーダーとすることが必要である。この条件下では成膜速度が0.1 m/hと遅くなるが、YBCO膜も約3〜5mmの厚膜化が可能で、77 KのIcも30 Aから最高で50 A程度と銀被覆ビスマス系テープ線材の特性に劣らない値を達成している。この結果オーバーオールJcとしては、現在までに短尺材では4000から5000 A/cm2級を達成している。

 現在我々が開発中のISD法は、高いJc特性を目指して設備面では、レーザー装置など最高クラスのものを用いているが、これらは半導体産業の発展によって開発されてきたものである。近年の半導体産業の急速な発展を見る限り、将来的に安定した設備が開発されていくことは間違いないと考えられるため、レーザー蒸着法による高速成膜化や量産化については、現状から1桁程度まで向上させていく可能性はあると考えられる。

(大松一也)

A2-3(LPE法):LPE法によれば膜厚10μm程度で高Jcを有する超電導テープ作製は十分期待できるが、膜厚が10μmにもなるとクラック発生の可能性が高まる。現時点での予想ではLPE法による試作テープの目標膜厚としては5μm程度が適切であろう。Jcに関しては単結晶基板上において5 mmの膜厚でも77 K、0 Tで50〜100万A/cm2のJcが得られるとの報告がなされている。このJc値が多結晶配向基材上で実現できれば、基材厚さを適切に選択することによって数万A/cm2級のJcが期待できる。この手法による長尺化の検討は始まったばかりでここで議論できるデータはまだない。現時点では長尺化が容易でフラックスと反応が少ない集合組織銀テープを用いる手法が検討されている段階である。

 LPE法ではこのような配向基材上で高Jcを確保することが最大の課題である。この技術的ブレークスルーを達成できれば長尺化の展望も拓けて来ると考えている。LPE法による超電導テープの機械的特性に関しては未知であるが、この手法による超電導膜が単結晶に近いことから曲げに対して敏感になることが予想される。これを緩和するためには強度メンバーの複合化や超電導結晶粒の微細化等が必要となるであろう。安定化材についても銀テープ上にMgOバッファを使用する限り何らかの安定化金属を超電導層上に付加する必要があろう。配向基材として集合組織銀テープや自己酸化ニッケルテープが使用できれば基材作製スピードに関わる課題は軽減される。一方、LPE法によるRE123膜の成膜レートは10 mm/m以上に達する。典型的な成膜レートは1〜3 mm/mである。製造スピードは成膜レートとるつぼの長さで決まることになる。製造膜厚を5 mm、るつぼ長さを10 cm、成膜レートを1 mm/mとして1 m/h程度が初期目標として適切であろうと考えている。

(松本 要)

4.HTS線材のコスト/性能要求(DOE目標)について

Q3:HTS厚膜テープ実用化の最後の決め手はコスト低減策と考えられる。本誌2月号(Vol.7, No.1)掲載の掲題記事中には@挑戦的なコスト/性能目標とA5年間の意欲的な実現時期が述べられているが、当目標の実現性について如何考えているか、各製法では@及びAについてどこまでいくか、お伺いしたい。最後に米国勢と開発競争を戦っている皆さんの抱負あるいは自信をお聞かせ下さい。

A3-1(IBAD法):薄膜法の欠点は成膜速度が遅く、結果としてコストアップになることである。この欠点は銀シース線材とよく比較される。しかし銀シース線材といえども、製品に至るまでには加工ー熱処理を繰り返し、数 kmの銀シース線材を製造するには1〜2ケ月を費やす。通常の製造パターンを考慮すれば、その製造速度は10 m/h程度となる。したがって、Y系薄膜テープ線材の製造速度も努力すれば、Bi系銀シース線材と対抗できる値とすることは可能である。DOEのコスト/性能目標はあくまでも目標であり、とても期限内に実現可能なものとは考えていない。逆に実現できれば、素晴らしいと率直に拍手を送りたい。コストについては現在の実験装置による研究段階では算出不可能であるが、10 $/kA-mという目標はNbTi線の現実的な値と相通じるものがあり、実用に供される頃にはこの程度のコストにしたいものである。

 DOEが次世代線材の条長の実現時期として、1997/Eで1 m、1999/Eで100 m、2001/Eで1000 mと意欲的な目標を掲げていることについては敬意を払うが、我々の現在の予算範囲内での研究ペースからすればほとんど不可能に近い。少しでも実現に近づくには装置系の大型投資、精力的な人的資源の投入をはからないと物理的に無理と考える。もっとも、たとえそれが実行されたとしても、期待通りの成功に結びつくほど簡単なものとも思えないが。今一番欲しいのは、我々がIBADを開発したようにY系超電導薄膜の高配向化に結びつく手法や高速成膜手法などに関する革新的なブレークスルーが欲しい。

(河野 宰)

A3-2(ISD法):DOEの目標コスト/性能に対して、ISD法がどの程度のアドバンテージを有しているかについては、検討していない。 ISD法のポテンシャルが不明な段階で、検討しても絵に書いた餅に過ぎず、あまり意味は持たないと考えられる。一方、現状性能から出発して、将来的にプロセスの最適化等でどの程度まで現実的に到達可能かどうか検討した結果では、総合生産力として、1 m/hは可能との結論を得ている。ただし、開発資金が5年程度の間、かなり豊富に使えることを前提にしている。

 この1 m/hが実現できた場合、どのような応用が考えられるかについては、様々な可能性を今後検討していく必要があるが、少なくとも線材の絶対量が必要な応用機器等へは、たとえ要求性能を満たせることはあっても、コストで見合わないと思われる。従って、Y系厚膜テープ線材の適用は、高付加価値の観点から検討していくことが重要と考えている。最後にY系/Nd系厚膜テープ線材の米国勢との開発競争に関しては、日本はY系材料・プロセス開発の世界的拠点であるISTECを有していることから、ISTECを中心に大学、研究機関、メーカー、ユーザーが一体となって着実に開発を推進していくことが重要であり、あまり米国の動向に敏感になる必要はないと考えている。

(大松一也)

A3-3(LPE法):DOEのコスト/性能目標値(C/P値=10 $/kAm)は、結果として現状の量産化によりコストダウンされたNbTi線材のC/P値に匹敵する値となっており、戦略的に練られたものと考えられる。HTS厚膜テープのように77 Kの磁界中で使える次世代線材が実現すれば産業界に相当のインパクトがあると考えられるが、ユーザーが使ってみようと思った時は液体ヘリウム利用の金属超電導線材と比較検討するはずである。その時、性能と価格が同等レベルで液体窒素で使えるHTS厚膜テープが存在すれば相当の魅力を感じるはずである。その意味でDOEのC/P値については妥当な目標なのではないか。

 しかし5年間のロードマップに関しては拙速にすぎるところが多い。2001年までに1000 mのHTS厚膜テープを実現するというのは大変厳しい目標である。これまでのHTS厚膜テープの研究開発の進展をみれば10年程度の期間を必要とするように思われる。ただし米国はやると決めたら過去に挑戦的事業を成功させているのでできてしまうかもしれない。日本も安閑とはしていられないのも事実である。LPE法は簡便な方法で設備投資は少なくてすむ。またプロセス的にも量産化しやすい方法である。現時点ではこれ以上のことは言えないが、先述した技術的ブレークスルーが達成されればHTS厚膜テープ作製のためのかなり有望な手法になると期待できる。

(松本 要)