SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 2, Apr. 1998.

10.超伝導電子源からのコヒ−レント電子ビ−ム
_早稲田大 _


 高性能電子顕微鏡を含む数多くの電子ビ−ムを使った理化学機器では、現在、熱陰極電子源(1500 K以上の高温動作)からのビ−ム(エネルギ−の半値幅〜300 meV)と冷陰極電子源(室温動作)からのビ−ム(幅200 meV)が広く使用されている。一方、最近の極高真空技術の発展により、10−10Pa以下の真空が実用段階に入り、極低温表面を長時間清浄に保つことが可能となり、極低温動作の電子源が利用できる環境が急速に整いつつある。

 最近、早稲田大学各務記念材料技術研究所大島研究室では、極高真空技術と電子分光技術を組み合わせた高分解電界放射電子分光装置を製作し、超伝導転移温度(Tc=9.2 K)付近のNb針から真空中へ電界放出するトンネル電子のエネルギ−スペクトルの観測を開始した。その結果、Tc以上ではスペクトルはFowler−Nordheimの理論曲線とよく一致するが、Tc以下ではフェルミ準位付近に鋭いピ−ク(現在のエネルギ−幅は20 meV)が新たに出現することを確認した。この鋭いピ−クの変化は、ギャップ・パラメ−タの変化と強く関連し、Tc以下で出現し、その強度は低い温度ほど増大する。この実験では10−10Paで、4.2 Kに冷却したNb針先端に正の強電界を印加する電界蒸発によって針表面を清浄化した。この清浄化した直後の表面のみで大きな鋭いピ−クが観測され、上記の極高真空でも、ピ−クは時間とともに小さくなり、やがて、消失する。これは、極低温の表面に物理吸着した分子層によって、超伝導状態からのトンネル現象が妨げられているものと大島忠平教授らは考えている。

 今回観測したトンネル電子の存在は固体内では古くから知られており(1960、有名なGiaeverのトンネル分光実験)、また真空中に取り出すことも可能であると理論的に予想されていたが(1969、J.Gadzuk)、実験的確認が長い間待たれていた事柄である。超伝導状態の基底状態は巨視的スケ−ルでコヒ−レントに広がっており、また、さらに今回の予備実験で観測したエネルギ−幅(20 meV)も、材料の選択や結晶性の向上によって0.1 meVを切ることが理論的に予想されている。

 したがって、従来の電子ビ−ムに比べ、桁違いに向上した単色性と可干渉性をもつこのコヒ−レント電子ビ−ムの開発により、電子ビ−ムを使う理化学機器の性能が飛躍的に向上し、 電子ビ−ムを使用する物理実験の精度が飛躍的に向上するものと、大島忠平教授らは期待している。

(坂東太郎)