SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 7, No. 1, Feb. 1998.

12. 超伝導ネットワークを用いたマルチプロセッサシステムを開発
− NEC基礎研 −


 NECではジョセフソン素子を用いた超伝導デバイスの開発を進めているが、このたび基礎研究所の萬伸一氏、田原修一氏らは超伝導ネットワークをもちいて、複数のプロセッサエレメントを結合したプロトタイプシステムを開発し、その作動に成功した。本プロトタイプは室温のプロセッサ(パソコン)、極低温の超伝導ネットワークチップ、それらを電気的に接続する半導体インターフェイスボックスから構成される。プロセッサ上のソフトウェアを動作させ、各プロセッサ間のデータ交換が成功していることをパソコン上のCRTに表示した。ソフトウェアを含めた超伝導と半導体のハイブリッドデジタルシステムが動作したものは世界ではじめてであろう。超伝導ネットワークは並列コンピュータのボトルネックを解決する技術として期待されるが、今回の成果はこのシステムの実用化に一歩近づいたと言えるであろう。

 ジョセフソン素子を用いた超伝導デバイスは数ピコ秒のスイッチング速度で動作することはすでに実証されており、LSIとしても数GHzのクロック周波数で動作可能であることが示されている。さらに単一磁束量子(SFQ)を用いた回路は本質的には100 GHz以上のクロック周波数も可能であると考えられている。超伝導デバイスはチップレベルで数mWの電力しか消費しないことが確認されており、本質的に実装密度の向上が可能なデバイスである。このことはシステム内での配線遅延の短縮につながり、デバイスでのスイッチング時間以外のオーバーヘッドを少なくすることができる。通信技術に必要なパラメータには、スループット(単位時間当たりに処理できる情報量)とレイテンシィ(ある情報量の処理時間)があるが、上述の理由からスループットとレイテンシィ両方の向上を図るために超伝導デバイスは非常に有望であると考えられる。

 パソコンやワークステーションの性能が飛躍的に向上し、それらを結合したコンピュータネットワークが従来のスーパーコンピュータをしのぐ性能を示そうとしている。また、コンピュータの性能を向上させるためには、多数のプロセッサを用いた並列コンピュータも数多く開発されている。それらの性能向上の鍵をにぎるのがプロセッサ間を繋ぐネットワークである。コンピュータの性能は原理的にはプロセッサやパソコンの数に比例して増加する。しかしながら、実際にはそれらの間の通信がボトルネックとなり性能はリニアには向上しない。この問題を解決するためにはネットワーク部分の処理を高速に行えばよいのだが、半導体デバイスを用いる限り、消費電力の問題で実装密度に限界があり、通信のオーバーヘッドを減少することは困難である。従って、半導体よりも低消費電力で、システムクロックを速くできる超伝導デバイスを用いることには大きな意義がある。

 彼らが開発したネットワークに用いた超伝導ネットワークチップにはリングパイプライン方式が採用されている。プロセッサとの間にはインターフェイス回路を設け、それらをリング状に超伝導配線で結ぶ。リング上をデータはスロットと呼ばれる論理的な入れ物にのって運ばれる。スロットにはデータの有無を示すフラグ(SOF)、行く先のアドレス、及びデータがパイプライン的にのる。スロットの管理にはSOFを見るだけでよく、バス上のデータ管理を簡単に行える。また、リング上をスロットが同一方向に流れるため、データのぶつかりを防ぐ大きなバッファメモリが不必要である。この超伝導ネットワークチップは2 GHzの高速クロック周波数で動作することが確認されている。

 超伝導デバイスを用いてシステムを構築する場合、大きな問題となるのが電圧レベルの差である。このプロトタイプシステムでは半導体広帯域増幅器を用い、ジョセフソン接合の電圧レベルをECLレベルにまで増幅するインターフェイスボックスを開発した。このインターフェイスボックスの性能制限でシステムクロックは80 MHzであるが、さらに高速の半導体素子(市販品)を用いれば、1 GHzレベルのインターフェイスも可能であるとしている。超伝導と半導体の世界を結ぶ一つの方式を提案し、実証したと言えるであろう。 超伝導デバイスは10 GHz以上のクロック周波数で動作するデジタルシステムを構築できる唯一のデバイスである。システムのスループットを向上するために並列化技術が進められているが、レイテンシィの短縮まで念頭に置くとクロック周波数を高めることが不可欠と考えられる。超伝導デバイスはこの要請に答える可能性をもったデバイスであることは疑いがない。そのシステム実現にはいろいろな課題が山積していたが、本プロトタイプシステムの開発により、超伝導を用いたシステムも夢のものではなくなった。製品化には信頼性の問題、ノイズの問題、冷凍機の問題など解決すべき課題は多いが、超伝導デバイスを用いた半導体とのハイブリッドシステムの実現は超伝導デバイスを用いたシステムの実用化に向けて具体的な指針を示す上で非常に重要な役割を果たすであろう。

(T3)



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