SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 6, Dec. 1997.

16. 言語機能にせまるSQUID
− 北大電子研・生理学研究所・通信総合研究所 −


 低温超伝導SQUIDによる脳磁界(MEG)研究は、人間の高次脳機能解明の入り口にさしかかっている。MEG計測用SQUIDは臨床用と基礎研究用をあわせて現在約20台が国内にあるが、なかでも生理学研究所(岡崎市)の中規模SQUID(2×37チャンネル、BTi社製)は6年以上の稼動実績をもっている。この装置は直径14.5 cmの円内にほぼ等間隔で37個の超伝導検出コイルが配置された2組のデュワーからなり、ベッドに横たわった被験者の頭部を上下のデュワーにより同時測定する。

 北大電子研の栗城真也教授らは、生理研の装置を使い、ひとが単語を認知する過程をSQUIDによりとらえることに成功した。3文字(平仮名)からなる単語を視覚的に呈示し、被験者がそれを抽象語か具象語かを判断するときのMEGを計測したものである。SN比を上げるため、150回程度の単語の繰り返し呈示と加算平均を行っている。その結果によると、文字が呈示された時刻をゼロとすると、約350 〜 530 msの間に2 〜 3のピーク反応が左の側頭葉で生じる。反応磁場の発生源である神経活動の中心は音を知覚する聴覚野より少し下方(耳の穴を基準とすると数 cm前方)にあり、さらにその下方で奥にある海馬(記憶を媒介すると言われている)との連絡をしているようである。この研究は生理研の柿木教授との共同によるものであり、12月初旬に開催された生理学研究所研究会で発表された。

 栗城氏らの以前の研究では、後頭葉と側頭葉の中間で脳底部にあたる場所が150〜250 msで活動することが分かっており、今回の結果を併せると「後頭葉の視覚野に発した視覚的文字情報が、脳の底部を通って前方に流れながら側頭に至って意味情報になる」ストーリーになるとのことである。

 しかし、「この結果はこれまでの医学的学説と合わない部分を含んでおり、MEGだけではなく多方面からのアプローチによる検討が必要」と栗城氏は述べている。さらに「MEGは神経活動による磁場を計測しているので直接的ではあるが、時間的に同期したMEG信号を得るのが難しい。これに対し、血液中の酸素濃度を計測するf-MRI(機能的磁気共鳴画像)は、時間分解能は悪いが時間的にゆらぎのある反応でも安定に信号が得られるので、MEGが見落とす可能性のある反応も検出することができる」と語っている。

 郵政省通信総合研究所・人間情報研究室(小金井市)の宮内哲主任研究員は、藤巻則夫特別研究員(富士通研究所)とともにf-MRIによる言語機能計測を行っている。1.5 Tの超伝導マグネットとEcho Planar Imagingによる高速撮像のできる装置(Siemens社製)を使っている。また、人間情報研究室には全頭型SQUIDの最新鋭機(148チャンネル, BTi社製)があり、その立ち上げが終わった段階である。宮内氏によると「脳の広い領域から反応を計測し、解剖学的構造とともに活動位置を特定できるのがfMRIの強みである。時間情報をもつMEGとfMRIを統合して人間の高次脳機能に挑みたい」とのことである。

 藤巻氏は文字や単語を使ってfMRIの計測を行っており、文字の形の認識をする実験では後頭葉の視覚野の前方の部位が主に活動し、文字を音として捉える実験では左側頭葉の聴覚野の下方と前頭葉後部(ブローカ言語野)、その後方上部の活動が観測されている。さらに、単語を非単語と弁別する実験では聴覚野下方と前頭葉後部が活動する。ここで北大のMEG計測の結果と総合すると、左側頭の活動が単語処理に共通に見られる。藤巻氏によると「左側頭の活動は文字の音処理でも見られるので、意味処理との分離がどこにあるかを見極める必要がある」とのことである。なお、これらの結果は11月に行われた近畿脳機能研究会で発表されたものであるが、今後は148チャンネルSQUIDの研究に期待が持たれる。

 上記の研究機関の他に、生命工学研、NTT基礎研、東京電機大、電総研(大阪)、京大医学部などでSQUIDが基礎研究に使われており、SQUIDによるMEG計測は日本の脳研究のなかで定着しつつあるようである。さらにBTi製の153チャンネルSQUIDが立ち上がりつつあり、f-MRIによる研究と併せてその成果が期待されている。

(辛口)