SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 6, Dec. 1997.

14. フェムト秒光パルスで操る超伝導ループへの磁束トラップマジック
− 大阪大学超伝導エレクトロニクス研究センター −


 大阪大学超伝導エレクトロニクス研究センターは、フェムト秒光パルスを用いたユニークな研究結果を発表した。超伝導ループへの磁束トラップが光パルスにより制御できることを示したもので、多方面で"面白い!"という評価は得ているようである。

 同グループは、平成7年から「フェムト秒光パルス励起による高温超伝導体からのテラヘルツ電磁波の発生」に関する研究を進めてきた。これは、電流バイアスされたYBCO薄膜アンテナにフェムト秒光パルスを照射することにより、超伝導を高速電流変調し、その時間変化に対応した電磁パルスを誘起するもので、周波数成分として数10 GHzから3 THzにおよぶ広帯域を有し、テラヘルツ電磁波と言われるものである。半導体を用いては古くから研究され現在も精力的に取り組まれている。ちなみに平成9年度に報告された半導体からの最高放射出力は、1 W励起時に110μWであり、一方、高温超伝導体からは30 mW励起で0.5μW(1 W励起に換算すれば、約500μW)に達しており、放射効率も半導体に肩を並べている。放射電力もさることながら、現在までの成果として重要な点は、高温超伝導体光パルス応答の高速性を示したことである。光スイッチとしての電流緩和時間は、300 fs以下であり、半導体を凌ぐ特性が期待されている。

 同グループは、今回、この高速超伝導電流変調効果を用いて、次のようなマジックを試みた。「図1に示すような超伝導ループに一方向から電流を流し、ループの一方の部分に、フェムト秒光パルスを照射する。この時、図2の様な電磁パルスが放射されるが、その波形の積分から電流変調ダイナミックスが読み取れる。即ち、1 ps以下の時間スケールで電流が変化することが期待される。この部分電流変調は、超伝導ループから見れば、超高速磁気パルスが印加されたことになり、遮蔽電流は完全には追従できないと想像される。この仮定が正しければ、超伝導状態を維持したままループに磁束をトラップできるはずである。」この様な無謀とも思える発想から行った実験であるが、磁束コントロールは実現されているようである。図3に示す結果は、各バイアス電流を印加した状態で、磁束をループに書き込み、電流バイアスを除いた後、テラヘルツ電磁波放射によりトラップ磁束を大気中から検出したもので、バイアス電流・レーザー電力・レーザー照射位置等により磁束の向きと量が制御されることが判明した。

 同グループ斗内政吉氏は「実際に、1つの光パルスでどの程度の磁束がどの程度高速に制御できるかどうかはまだわからない。おそらく、積算された磁束を観測していると思われる。しかし、簡単なメモリーであるが、2次元化することで、時系列光パルスを2次元マッピングする光インターフェイスや、トラップ磁束が光強度に依存することから2次元画像処理デバイス等への応用が考えられる。また、それ以上に面白い点として"量子化現象のダイナミックス"にメスを入れることができるかも知れないことである。この様な巨視的量子効果のフェムト秒時間スケールでのダイナミックな挙動は研究されたことはないであろう。超伝導とフェムト秒光パルスの組み合わせは素晴しい世界を広げてくれそうである。」と期待を膨らませている。大阪大学萩行正憲教授は「新しい研究の芽は無限に広がっているようである。観測現象の解釈はまだ未成熟で、異論も多いであろう。しかし、超伝導と光の融合は取り組んでみる価値がある分野である。我々の成果がその様な議論の場を提供できればと考えている。」とコメントしている。今回の成果は、Appl. Phys. Lett. 71 (1997) 2364に掲載されている。

(大魔王)



図1 : 超伝導ループへの電流バイアスと光照射



図2 : 観測されたテラヘルツ電磁波



図3 : 超伝導ループからの電磁波放射