SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 6, Dec. 1997.

13. イオン照射ダメージを用いた共プレーナ型ジョセフソン素子
− 東大先端研 −


 東京大学先端研・岡部研究室では、高温超伝導体ジョセフソン接合についての研究を行っているが、同研究室岡部洋一教授、五月女悦久(博士課程3年)氏らは、この度、超伝導ブリッジに直接集束イオンビーム(FIB)を照射して照射ダメージによる共プレーナ型ジョセフソン素子を作製し、ジョセフソン特性が示されることを確認した。この結果は、10月2〜5日に秋田で開催された第58回応用物理学会学術講演会において発表された。

 YBa2Cu3O7-x(YBCO)に代表される酸化物高温超伝導体は、Cu-O面に添って超伝導電流が流れやすい二次元伝導性を有しているため、より大きな素子電流を得るためには、Cu-O面方向に電流が流れるような素子構造が有利である。また、回路応用等を考慮した場合、複数のジョセフソン素子を同一基板上に作製する必要があり、超伝導薄膜をCu-O面が基板と平行になるように堆積し、電流が基板表面に対して平行に流れるような共プレーナ構造が有利となる。また、臨界電流値(Ic)の制御性の点から、粒界接合よりも障壁層を持ったSNS接合が望まれている。

 酸化物高温超伝導体薄膜の超伝導性は、薄膜中の酸素の含有率、結晶性の劣化、不純物などに敏感であり、注入されたイオンによる置換や照射ダメージによる特性の変化、超伝導性の劣化・消失が起こる。よって、サブミクロン程度の微細加工が可能なFIBを用いてイオンを局所的に超伝導薄膜に照射・注入して共プレーナ構造の接合部分を作製することが可能である。デバイス作製においては、これまでにO, Asイオン注入により、Auマスクを用いてイオン注入部分の結晶性を壊してSQUIDを試作した例(米・IBM)や、SiイオンをFIBを用いてマスクレスで注入を行いSQUIDが作製されている(米・TRW)。また、イオンではないが電子ビームを直接薄膜に照射して薄膜中の酸素を局所的に減少させジョセフソン接合を作製した例(英・ケンブリッジ大)がある。イオン注入においては、注入後のイオンの横方向の拡散が大きく接合長が長くなってしまい、結合度が弱く大きなIcRn積を持つ接合が得られていない。よって、この問題を解決するには、横方向へのイオンの拡散を防ぐような注入が必要である。

 岡部研究室ではイオンの注入分布だけでなく、イオンの注入軌跡に注目し、イオンが薄膜中を通過する時に与えるダメージ分布に着目した。その結果、軽いイオンの場合、非常に深くまで打ち込まれ、注入分布の横方向の広がりも大きいが、照射ダメージにのみ注目すると浅い部分においては横方向への広がりが小さいことがイオン注入のモンテカルロシミュレーションによって確かめられた。そこで、FIBの液体金属イオン源の中で非常に軽いベリリウム(Be)イオンを100 nm程度の膜厚を持つYBCO薄膜に垂直方向から照射し、注入したイオンが留まることによって与える影響ではなく、イオンの通過時に与えるダメージのみを超伝導薄膜に与えた。Beイオンの照射条件は、加速エネルギー : 200 keV、ビーム径 : 50 nm、ビーム電流 : 4 pA、照射量 : 1×1015 〜 1×1017 ions/cm2であった。その結果、4×1015 〜 1.8×1016 ions/cm2の照射量においてRSJモデルで説明される電流-電圧特性が得られ、マイクロ波にも応答しシャピロステップが観察された。更に、接合電流の均一性の目安となる磁場特性においても、余剰電流があるもののフラウンフォーファー回折像に類似した磁場変調特性が得られた。IcRn積は、4.2 Kで0.5 mV 〜 1.1 mVが得られた。ダメージを受けたYBCOの電気的特性は、ダメージが増加するに連れて臨界温度(Tc)が減少し、2×1015 ions/cm2以上では金属的な抵抗-温度特性を示した。よって、接合部分はSNS的なカップリングをしていると考えられる。

 この接合の特徴としては、イオンによるダメージを受けたYBCOの超伝導性が劣化することにより障壁層を形成するため、超伝導部分と障壁部分の界面の接続性が非常に良好である点である。また、超伝導薄膜を一層成膜すれば接合が作製されるため、プロセス行程が簡易であり作製が比較的容易であり、FIBによるダメージ箇所が接合となるため、接合を形成したい部分にビームを照射することができ、回路の作製時における素子の配置の自由度が高く、回路応用に有利であることが挙げられる。

 現状では、個々の素子の特性の評価が行われた段階であり、作製条件の最適化、素子のばらつきやIcの制御性の評価等、SQUIDや回路への応用に至るまでには多くの課題が残されているが、単層膜で共プレーナ構造のSNS接合が作製できれば、比較的容易な作製プロセスで回路が作製できると期待される。

(Snood)



X軸 : 0.1 mV/div, Y軸 : 0.1 mA/div, T = 40 K
図1 : 素子の電流-電圧特性



X軸 : 0.4 Gauss/div, Y軸 : 40 μA/div, T = 60 K
図2 : 臨界電流値の磁場特性