SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 5, Oct. 1997.

9. 脳磁界計測用傾斜調節可能な高温超伝導体磁気シールド装置を開発
− 理化学研究所など −


 理化学研究所は、通信総合研究所、住友重機械工業、三井金属鉱業、日本計器製作所、金属材料研究所、東京電機大学、島津製作所と共同して、傾斜調節可能な高温超伝導体磁気シールド装置の開発に成功している。これは、科学技術庁のマルチコア・プロジェクト「脳磁界計測用高温超伝導体磁気シールド装置の開発」の成果であるという。「弱磁場応用コア」のコアリーダーの太田浩氏と青野正和氏は「手のひらに乗る大きさの高温超伝導体磁気シールドを用いて50万倍のシールド率を世界で最初に実証してから、今回の人間の全身が入る大きさの脳磁界計測用傾斜型高温超伝導体磁気シールド装置を実現するまでは実に長い道のりでした。」と振り返っている。

 全身が入る直径65 cm長さ 160 cm の高温超伝導体磁気シールド装置が完成している。東京電機大学の内川義則、小林宏一郎氏の指導のもとに、理研、通信総研、住友重機、三井金属、日本計器、金材研、島津製作所が共同で、脳磁界計測の実験を行っている。

 このシールド装置によって、環境磁気雑音をキャンセルする1次、2次のグラジオメータを用いることなくモノコイル型検出コイルによって脳磁界を計測することに成功している。小脳や脳幹など脳の深い部位が観測の射程内に入ってきたと言えようか。

 本装置は、臨界温度の高い高温超伝導体BSCCOの high Tc-phaseと密閉循環型ヘリウム冷凍機を組み合わせることにより、高温超伝導体磁気シールドを任意の角度に傾斜させられるようになっている。ヘリウム冷凍機を使わないで液体窒素を使うと、液面より上の部分の温度が上がって超伝導ではなくなるために傾けることは難しいという。

 「縦型にして固定した場合、約2メートルの高温超伝導体磁気シールドの下側は被検者が出入りできるように40 cm程度浮かせる必要がある。この状態で、2 m 40 cmの高さの上側から、約100 Kgで長さ1 m 30 cmの whole-head-type のSQUIDを入れる為には3 m 70 cmより高い位置にチェーンブロックが必要になり、プラント製造工場のような建物に設置するほかなくなる。

 今回は SQUID user に広く受け入れられるシステムを目指しており、この傾斜型の場合、シールド装置を真横にして100 kgの whole-head-type のSQUIDを横から入れた後、シールド装置を起こせばよく、普通の病院内でも whole-head-type SQUIDの脱着が可能である」と太田氏は言っている。横型にすると、液体ヘリウムを用いる従来のSQUIDは全て使えなくなる。新たに専用のSQUIDを購入できる場合でも、SQUIDのデュアの高さに制限があって液体ヘリウムの保持時間が短く補給作業が頻繁になるか、特殊な構造のSQUIDデュアで高価になる可能性が大きい。

 今回の傾斜型の場合、従来のSQUID装置のほとんど全てが使用可能で、長い年月をかけて改良されてきた感覚刺激装置や蓄積されてきた脳磁界のデーターを比較資料として生かし発展させるかたちで、超伝導体磁気シールドを用いた脳磁界計測に引き継ぐことが可能であるという。ワープロのソフトでも過去に蓄積されたデータが使えなくなるようなかたちでバージョンアップしてもユーザーにはほとんど受け入れてはもらえないということか。

 住友重機械工業株式会社の楢崎勝弘、恒松正二、古藪幸夫氏は、「冷却方式は冷媒としの液体窒素を循環させる方法ではなく、大胆にもヘリウムガスを循環させる方式を採っており、直径65 cm長さ 160 cm の高温超伝導体磁気シールド装置が冷凍機の一部分になっている」と語っている。

 任意に傾斜させられるこの高温超伝導体磁気シールド装置は、感動的画面に対する被検者の脳の反応の鈍さを調べるなど痴呆症の早期発見と予防などを目的とした集団検診に使われる可能性があるという。

 1000度を越えるプラズマトーチによる2週間にわたる溶射は日本計器の亀川豊、中山清、清水輝夫氏が行い、溶射中のサンプリングによる品質管理は溶射法の発明者である金属材料研究所の吉田勇二氏が担当した。直径65 cm長さ160 cmの高温超伝導体の焼成用電気炉での約800度±2度以内8日間に亘る温度制御はいずれも気の抜けない緊張の連続であったというが、三井金属の須藤栄一、星野和友、小池淳、高原秀房氏が行った。非常に大きなヘルムホルツコイルを上下に動かして5000のシールド率を測定している。柔らかいニッケルシリンダー上のセラミック超伝導体の運搬中におけるひび割れ対策として垂直に立てた状態でエアーサスペンション付きのトラックで運び、クレーン車による2階への搬入に際してもショックを与えないように配慮したという。

 「今回の傾斜型高温超伝導体磁気シールド装置の開発に当たっては、理研、通信総研、マルチコアの関係者、共同研究者から競合メーカの研究者まで数え切れないほど多くの方々の御理解と御協力を戴いた。現在は、この高温超伝導体磁気シールドに最適化された whole-head-type の multi-channel SQUID system を開発中である」と太田氏は言っている。

(あさがお)