SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 5, Oct. 1997.

5. トカマクプラズマ実験炉Tore Supra見学記


 Tore Supraはトロイダルコイルが超伝導マグネットで構成されたトカマク型プラズマ実験装置であり、約10年前に完成して以来順調にプラズマ実験が続けられている。今回この施設を見学する機会を得たので現状を報告する。

 Tore Supraはフランス原子力研究機関Cadarache研究所に設置されている。 Cadarache研究所はマルセーユ空港から北方、タクシーで約40分の距離に位置している。プロバンス地方のなだらかな丘陵の中に約4 km四方の広大な敷地を有しており、約3000人の所員が働いている。研究所の周りには見渡す限り森が広がっている。研究所内にはレストランはもとより銀行、郵便局まであり、さながら森の中の小さな町という趣であった。研究所は周囲が高いフェンスで囲まれ、そこへの出入りは厳しく管理されている。外国人の訪問者は、まず受付でパスポートを提示して、身分を確認する。その上で写真付きの臨時身分証明書を作成し、これを胸につける。パスポートは受け付けで預かりとなり、研究所を去る時に臨時身分証明書と交換して返してくれる。所内の写真撮影は厳禁、カメラは取り上げられる。研究所の中にはTore Supraをはじめとする核融合関連の研究施設のほか、潜水艦用の原子力エンジンを開発している特別な軍事施設もあり、通常の所員はここへの立ち入りは禁止されている。この軍事施設の周りは鉄条のフェンスで囲まれ、出入りが軍人によって厳しく管理されていた。

 トカマク型プラズマ装置でプラズマを閉じ込める為には約9 Tのトロイダル磁場が必要とされる。このトロイダル磁場を超伝導コイルを用いてどのように発生させるかについて2つの選択肢がある。一つはNb3Snコイルを用いて、これを4.2 Kの通常のヘリウム冷却で運転する方法、他の一つはNbTiコイルを用いてこれを1.8 Kの超流動ヘリウム冷却で運転する方法である。前者の場合にはNb3Snコイルの品質管理技術の開発が問題となり、後者の場合には、超流動ヘリウム冷却技術の開発が課題となる。十数年前、それぞれの方法でトカマク型プラズマ実験装置を建設する試みが行われた。1つは旧ソ連で試みられたT15であり、これは前者の方法を採用している。他の一つがTore Supraである。T15の開発には多大のリソースが投入されたにもかかわらず、成功には至らなかった。その理由は正式には公表されているわけではないが、Nb3Snコイルに大きな抵抗が発生し、ヘリウム冷却設備の限られた冷却能力の範囲内では定格通電ができなかったというのが定説になっている。 Nb3Snコイルの品質管理技術はいまだにその確立が実証されていない重要課題となっている。一方Tore Supraにおける超流動ヘリウム冷却技術の開発は当初の予想に反して順調に進み、Tore Supraの成功にいたっている。現在建設が予定されているITERではT15で失敗した方法が採用されており、この意味でITERは非常にリスクの高いプロジェクトであるといえる。

見学設備

(1)Tore Supraプラズマ実験装置本体
 厚さ約2 mほどの分厚いコンクリート壁に囲まれた部屋に設置されている。本体の周りにはプラズマ加熱装置やプラズマ計測装置が針ねずみのように取り付けられており、どれが何かさっぱりわからなかった。超伝導トロイダルコイルは見えているかもしれないが、それとは認識できなかった。

(2)制御室
 制御盤のほとんどがプラズマ実験に関わるものであり、超伝導コイルやその超流動冷却システムの制御に関わる制御盤は比較的小さなものであった。プラズマ研究者は超伝導や超流動ヘリウムというものを意識せずに実験を行っているようであり、この事は逆に超伝導コイルとその超流動冷却システムが真空ポンプ等と同じくプラズマ実験装置を構成する1要素としてうまく機能していることを意味している。稼動を開始して既に10年、この間に約22000ショットのプラズマ点火を記録している。制御室の中央にはプラズマの状態を示す大きなディスプレーが掲げられており、実験結果の大略を知ることができる。最近の実験目的はプラズマを長時間閉じ込めることが可能な条件を探ることにあるそうである。見学中に2回ほどプラズマ点火が行われたがいずれも10秒程度の閉じ込めができていた。プラズマ実験は通常火曜日から金曜日にかけて、朝8時から夜9時まで行われる。週末はプラズマ実験を行わない。また月曜日には準備と点検が行われる。週末の間、超伝導コイルは4.2Kで保持され、月曜日に4.2 Kから1.8 Kまで再冷却される。この再冷却プロセスはすべて自動で行われ、オペレーターはマンマシンインターフェースを通じて指示と監視のみを行う。週末における超伝導コイルの保冷は4.2 Kであるが、プラズマ実験装置の長期間休止の場合には超伝導コイルの保冷は20Kあるいは80 Kで行われる。ちなみに常温からの初期冷却には約2週間かかるとのことであった。

(3)超伝導トロイダルコイル
 プラズマ実験装置本体の隣の部屋に超伝導トロイダルコイルに実物モデルが展示されている。Tore Supraのトロイダルコイルは1個を予備として19個製作された。プラズマ実験装置の立ち上げ時(1987年頃)にクエンチが発生してトロイダルコイルの一つが焼損した。焼損したトロイダルコイルを6ヶ月かけて予備品と交換し、現在にいたっている。その後クエンチは発生していないとのであった。展示されているトロイダルコイルの実物モデルはこの時焼損したコイルである。

(4)超流動ヘリウム冷却システム
 1.8Kで300 Wおよび4.2 Kで650 Wの冷凍能力を有する本システムに実現は計画当時には無謀ともいわれたが、10年ほど前に完成した後、極めて順調に稼動している。トラブルは全くないとのことであった。なお、本システムの製作はL`Air Liquid社が行った。この超流動冷却システムの原形はグルノーブル高磁場研究所の30 Tハイブリッドマグネットにある。1970年代の末にそれまで科学実験にしか用いられなかった超流動ヘリウムを超伝導マグネットの冷却にはじめて適用したのはグルノーブル高磁場研究所である。彼らはNbTiコイルを超流動ヘリウムで冷却し、11 Tの磁場を発生させ、残りの磁場を水冷マグネットで発生させて30 Tハイブリッドマグネットを構成した。Tore Supraの冷却システムは30 Tハイブリットマグネットの冷却システムのスケールアップであり基本構成はまったく同一である。

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