SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 5, Oct. 1997.

10. Biの自己停止作用を利用した多元系酸化物の成膜法を開発
− 電総研 −


 電子技術総合研究所(茨城県つくば市)は、Biには成長を自己停止する作用があることとそれを利用したBiを構成元素とする多元系酸化物の新しい製膜法を提案し、Bi2Sr2CuOy(Bi2201)に対する実験によって停止作用の存在と製膜法の有用性を立証した。

 「分子線エピタキシー(MBE)法でBSCCO薄膜成長の研究を進めてきました。デバイス化を考えて少なくとも5ミクロン角程度の領域の中で析出物フリーを実現する技術の確立を一つの目標にしています。MBEは、原子層レベルで制御出来る反面、成元素数が増えると制御パラメータが急増するため、再現性良い製膜技術に仕上げることは容易なことではありませんが、デバイス化のためには析出物フリーでどこをとっても表面の凹凸が分子層長程度の製膜が不可欠というのが私たちの考え方です。なぜ5ミクロン角かというと、薄膜の高品質性がこのサイズ程度で保証されればその中に高度なデバイスを作り込むことができるからです。BSCCOでは、Biの付着係数が基板温度や導入酸化源であるオゾンの条件に敏感であり、それが製膜を特に難しくしていました。これまでは、とにかく基板温度などの条件が変動しない等の注意を払ってきたのですが、Biの付着の特異な性質を丁寧に調べていく内に、その性質を逆に利用することを思いついた訳です。」(電総研電子デバイス部、酒井滋樹氏談)

 オゾンの条件を一定にしてBiの付着係数の成長温度依存性を調べたところ、図1の結果を得た。温度上昇とともに係数が減少するのは当然の結果であるが、BSCCOを成長しているときのBiの付着と、2元酸化物であるBi2O3を成長したときのBiの付着の様子はかなり異なる。すなわち600℃を越えるとBi2O3成長の場合、Biが全く付着しないのに対し、BSCCOでは800℃付近まで付着が可能である。電総研は基板温度を600℃より高くし、この付着係数の違いを利用することを考えた。Bi2201作製の場合について、Biの自己停止作用の原理を図2で説明する。2201の結晶構造は、[SrO-CuO2-SrO-BiO-BiO]という原子層の繰り返しなので、金属元素の原子フラックスを [Sr→Cu→Sr→Bi]という順序で供給する。図2では簡単のため、オゾン分子や、結晶内で金属原子と結合する酸素原子のを省略している。CuおよびSrの付着係数は1であるので、CuO2およびSrO原子層を形成する際には、1原子層に相当する原子フラックスをそれぞれ供給して原子層を積層させる。次にBiを供給する。まずBiの付着係数が1よりも小さいことを考慮して、Biの供給を過剰にする。これによってBiが十分あるため完全なBiO原子層が形成され、2201薄膜が成長する。2201薄膜の成長に寄与していない余分なBiは、酸素と結合しない場合にはBiの蒸気圧が非常に大きいため再蒸発する。またBiが酸素と結合しても2201から見ると余分なものであるからBi2O3のような性質を持つと期待され、それは600℃以上のこの温度領域では薄膜表面から蒸発するので、余分なBiは全く付着しない。これがBiの自己停止作用の原理であり、図2のプロセスを繰り返して成長させるのがBiの自己停止作用を利用した新しい成長法である。

 この原理と方法を検証するために、供給するBiの量をパラメーターとしてBi2201薄膜の成長を行った。成長温度は720℃に固定した。図2のサイクルを30回繰り返し、36 nm膜厚の薄膜を作製した。誘導結合プラズマ原子発光分析(ICP)によって薄膜の化学組成分析を行った。

 図3には、薄膜作製時に供給したBi原子の数に対する生成した2201薄膜中のBi原子の数の関係を示す。Bi2201の化学式にならって、Biの量は図の縦軸横軸ともに化学組成式BixSr2CuOyxによって表した。 Biの原子フラックスを十分過剰に供給して作製した薄膜では、供給量に関わらず薄膜中のBiの組成が目的としたもの(x = 2で一定)になっている。すなわちBiの自己停止作用が働いて、2201薄膜が成長している。

 X線回折測定の結果からもx = 2の試料の構造がBi2201であることを確認している。なお詳細は、http://web.etl.go.jp/recent-j/sakai/sakai.htmlで参照可能とのことである。

 この方法はBiを構成元素とする他の多元系酸化物の製膜にも応用されることが期待される。 第58回応用物理学術講演会(10月2〜5日、秋田大学)で、電総研の右田真司氏らはBi2212とBi4Ti3O12の作製にこの方法を適用した場合の結果を発表するとのことである。

(とおまわりでも)



図1 : Bi2O3及びBSCCO成長時のBiの付着係数



図2 : Bi自己停止作用の概念説明図



図3 : Bi2201成長中のBi供給量と薄膜に取り込まれたBi量の関係