SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 4, Aug. 1997.

9. 薄膜合成で新超伝導物質 : 50K Ba-Cu-O系
− NTT基礎研 −


 NTT基礎研究所の山本秀樹、佐藤寿志、内藤方夫氏らは、低温薄膜成長により、Ba、Cu、Oからなる新しい銅酸化物超伝導体(Tc≦90 K)を合成したと報告した(JJAP 36, (1997) L341)。

 成長はオゾンガス(10%)を用いた反応性共蒸着法により、SrTiO3(001)基板上に基板温度575℃〜625℃で行われ、最適な超伝導特性はフラックス比Ba : Cu〜3 : 2で得られている。超伝導発現のためには、同グループにより合成されたLa2CuO4+d(Physica C 280, 3&4 (1997))と同様、成長後オゾン強制酸化によるキャリアドープが必要であるという。

図1 Ba2CuO3+dの抵抗率

図2 Ba2CuO3+dの帯磁率

図3 La2CuO4+d薄膜の抵抗率
a.温度依存性 と b.超伝導転移部分の拡大

 図1は、抵抗率の温度依存性である。超伝導特性が成長後オゾン酸化を止める温度(Tox)に強く依存し、室温近傍の温度まで酸素の注入がなされることが示唆される。薄膜はチャンバーより取り出して一ヶ月後には抵抗率が約20倍に増大するが、超伝導転移は観測されるという。帯磁率測定は、取り出し後、約10日を経て劣化した試料を用いて行われたが、抵抗率で観測されるよりも高いTcを与えた(図2)。

 超伝導相の構造について、X線回折と断面TEMの結果から著者らは、格子定数 a = 3.96±0.02 Å、c = 14.6Åの214構造であると考えている。この報告ではHgやTlを含まない単純な1重層構造の物質が液体窒素温度を超える「高温」超伝導を示しているという点もさることながら、薄膜合成が新物質探索に有効なことを実証した点も重要である。

 今回、従来のバルク合成法ではなし得なかったBa2CuO3+dを合成できた原因について、同グループでは、反応性共蒸着法の、1)原料を原子ビームで供給するため「低温(〜600℃)合成」が可能、 2)オゾンを用いた「強力酸化」が可能、という特徴を生かせたためであると述べている。以下にこの二つの特徴について詳述する。

1)「低温(〜600℃)合成」
 銅―酸素間の結合の本質的な弱さから、銅酸化物の合成には一般に低温での反応が好ましいと考えられる。しかしながら、銅酸化物系での新物質探索の主流である通常の固体化学反応法では、各構成金属元素の酸化物や炭酸塩のミクロンサイズの粉末が反応原料として用いられるので、化学反応を起こすために900℃から1100℃ 程度の高温が要求される。したがって、この手法による探索では、より低温でのみ安定な銅酸化物相を見落としている可能性がある。これに対して薄膜合成では、このようなバルク合成に比べてはるかに小さいナノもしくはサブナノサイズの反応原料が用いられるために、反応温度を大きく低減できる。さらに同じ薄膜合成でも、反応原料は原子、分子、イオン、クラスターと用いられる手法によって様々であり、そのサイズが異なる。今回、山本氏らが用いた金属ソースからの反応性共蒸着法では、もっともサイズが小さい各構成元素の原子が反応原料であり、しかも酸化反応は基板表面上で初めて起こるという、極限的な条件を実現できる。すなわち、供給された金属原子は低温でも容易に基板上を動き回り、基板上での酸化反応によって組成に応じた複合酸化物を生成する。事実、同グループでは、この成膜手法を用いて既知の銅酸化物超伝導体の高品質薄膜を550から750℃の比較的低温で合成することに既に成功していた(Appl. Phys. Lett. 67, (1995) 2557, Physica C 274, (1997) 221 and 227)。

2)「強力酸化」
 近年の高温高酸素分圧でのバルク合成による相次ぐ新物質の発見は、従来よりも強い酸化条件に銅酸化物超伝導体での物質探索の余地が大きくひろがっていることを示唆している。一般に、薄膜合成においてはこの「強力酸化」の条件を得るのはバルク合成に比べて困難であつた。これは、薄膜合成の場合、高い圧力が印加できるような小さな空間に試料を密封できないことや、成膜装置中の酸素分圧をあげるとフィラメント類や蒸着源を損傷することなどが原因である。
 ところが、山本氏らのグループでは、10−4Torr台という薄膜成長装置が容易に耐えうる低い酸素分圧であっても、オゾンを薄膜に照射することによって高温高酸素分圧のバルク合成に匹敵する強酸化条件が実現できることを、La2CuO4+d薄膜の超伝導化(Physica C 280, 3&4 (1997))によって示した。
 よく知られているように、d = 0 のLa2CuO4+dは反強磁性絶縁体であるが、これに過剰酸素を注入すると超伝導体となる。この過剰酸素注入の方法として高温高酸素分圧熱処理を用いた場合、800℃23kbarの条件でも、約30KのTcが限界とされている。(Phys.Rev. B39, (1989) 12331)。これに対して同グループでは、反応性共蒸着法で成長したLa2CuO4+d薄膜を、成長時と同じ2×10−4Torrの10%オゾンガスを照射したまま、150℃まで冷却することで、約50 KのTcを得ることに成功した(図3)。この結果は、薄膜合成においても、オゾンガスを用いることで新物質開発に必要な強酸化条件が得られることを示している。

(will)