(1)電気化学反応と「MHD効果」
他の物理化学プロセスに比して、電気化学反応においては、マクロMHD(magnetohydrodynamic)効果が生じるため、磁場の印加により、反応に対して極めて大きな影響が現れることが同氏の1970年代の研究により判っている。この効果は磁場中で電気化学反応を行わせると、電解電流と磁場の相互作用によって生じるローレンツ力が電解溶液を流動させ、その結果反応イオン種の拡散が著しく促進されるために生ずる。この効果を電気化学に応用するため、教授らはMHD電極と呼ばれる電極セルを開発した。
図1は、MHD電極の断面図を示したもので、電極セルの大きさは電極面積1×2cm2程度であり、マグネットの室温ボア内にセットされる。ルギン管内の照合極の電位に対して設定された電位を作動極に加えると電極反応が起きて、電解電流が垂直方向に流れる。その結果、水平方向の磁場Bにより生じるローレンツ力によって電解質溶液は、通路内を図1のX方向に流れることになる。この流れは、溶液中の反応イオン種の移動を促進させ(拡散層厚さが減少する為)、電解電流密度の平均値iは大幅に増加する。印加電位を十分大きくすると、iは限界拡散電流値ilを取り、il = H*C04/3B1/3と表される(H*は溶液の粘度、密度、寸法などで決まる係数であり、C0は溶液濃度である)。従って、磁場の存在しない場合に比べて、2〜4倍といった反応速度をかせげることになる。
図1 MHD電極の断面図
(2)銅の電析と「マイクロMHD効果」
上記のMHD効果は、磁場をどこまでも大きくしていく場合、際限なく大きくなっていきそうであるが、実際には反応過程の内、電極と反応イオン種間で電子をやりとりする速度によって、その上限が決まってしまう。
結晶析出の反応過程は通常@溶液中のイオンの拡散A電極界面での電子移行B析出原子の表面拡散と結晶格子への組み込みとからなる。@は前記のようにMHD効果により高速化が可能であるが、Aの電子移行過程に対して磁場効果はどうであろうか。図2は、硫酸銅溶液中での銅電析に対する磁場効果を示したものである。磁場中で電析速度が大幅に低下する場合のあることが見つかった。
この磁場中低活性効果は、電析用平滑剤と同じ様な役割を磁場が果たしていると考えられる。事実、析出面のSEM観測によると平滑剤を加えた時と同じか、またはそれより良好な平滑面が得られている。磁場が反応の活性を低下させる負の触媒作用を有することが判った。なぜこのような作用が生じるかについて、教授は図3のマイクロMHD効果が起きていると推論している。局部的な電解電流と磁場によるローレンツ力が溶液のミクロ的なMHD流動を誘起し、活性点を消滅させ電析を均等化するように働く。教授の計算によれば、マイクロMHD渦の大きさは数mm程度であるという。
図2 銅イオン濃度に対する交換電流密度の依存性
図3 マイクロMHD模式図
図4 高濃度塩酸溶液中での腐食速度の磁場依存性
(3)強磁場下に於ける金属の磁気腐食
磁場が存在する環境下で金属の腐食反応が抑制されるという報告があり、また水処理現場では磁気処理による防食法も試みられている。これらの報告はいずれも磁場強度が低く、磁気効果の程度も判然としない。そこで、冷凍機直冷超伝導マグネットを用いて最大10 Tの強磁場を加え磁場の腐食に与える影響を検討した。最初の例は、銅板を3 mol/dm3硝酸液に浸漬し腐食量を測定したもので、10 T印加では約5分の1に低下し、磁場の腐食抑制効果(負の触媒作用)を示した。別の例は、Ni板を9.8 mol/dm3塩酸中に浸漬したものである。図4に見られるように、腐食量は磁場Bの増加と共に増大するが、4 T付近でピークに達した後、逆に抑制されると言う複雑な特性を示す。幾つかの要因が絡んでいるが、低磁場域ではマイクロMHD効果による正の触媒作用が優り、高磁場域では負の触媒作用が優位と解釈できよう。
最後に、ビデオにより強磁場下に於ける巨大ラーモア効果の例が紹介された。Zn粉を強磁場下の腐食溶液中に投入するとZn表面の酸化反応点から還元反応点に向かって電解電流が流れ、それと磁場によるローレンツ力により、Zn粉は巨視的な回転運動を始めるのである。以上、興味深い新しい現象が種々紹介されたが、これらの解明は未だ緒に付いたばかりであり、今後の進展が大いに望まれる。
(YF)