SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 4, Aug. 1997.

15. 第4回ボルテックス・マタ−に関する
国際ワ−クショップに参加して


 このワ−クショップは、フランスのパラソ−での第1回目、アメリカのレイクフォ−レストの2回目、イスラエルのショレシュの3回目に続いて今回が4回目であるが、超伝導体の磁束状態に話を絞ったワ−クショップである。超伝導の中で、さらに磁束状態というと極めて狭い範囲と思われるかも知れないが、その範囲は超伝導状態全般にわたるから、むしろ、超伝導研究の中では研究者人口が多い分野である。特に、線材、バルク、デバイスなどの応用の基礎となる研究分野という意味で関心も高い。

 そもそも、このワ−クショップは高温超伝導体の異常な磁束状態の解明のために自然発生的に始まった小さな、しかもずいぶんインフォ−マルなスタイルのものであった。従って、それぞれの会議主催者がそれぞれ個々のアイデイアで独自の企画を設けるのが通例となっている。今回もその流れに沿って、スイス、ETHのGianni Blatter教授、Dima Geshkenbein博士が企画立案したものである。

 会場は、チュ−リッヒから南下したイタリアとの国境線沿いの、風光明媚な小さな避暑地であるアスコナ市、モンテベリッタにあるETHの国際会議場で行われた。聞くところによれば、この会議場はかつてはドイツの国王の別荘であったらしく、王政が崩壊後、スイスの銀行家が保有していたそうであるが、ETHが国際会議などのために年間数ヶ月間だけ借り契約しているのだそうで、小高い山の頂上付近にあるこの会議場からのマギオレ湖畔のすばらしい眺望はこの国の経済的裕福さの象徴であるかのように感じられた。ワ−クショップは極めて周到に計画、準備されており大変スム−ズに行われた。すべての参加者は招待者のみであり、招待講演とポスタ−のみに限られた。会議は6月15日、日曜日の夕方に始まり21日の金曜日の午前中まで、しかも午後はラテン系特有のランチのあと4時までSiesta(昼休み)という、おもしろい設定であった。  ワ−クショップの内容に関してはすべてをここで網羅することは到底できないので概略と感想にとどめたい。

 セッションは大きく@phase diagram(10)、Aimaging(10)、Bquantum effects(3)、Cmicroscopic vortex dynamics(2)、Dcolumnar defects(5)、Eplasmaresonance(4)、Fmoving vortices(5)の7セクションに分けられた(括弧内の数字は招待講演の数)。この数値からもわかるように、総体的にやはりこの分野の中心的関心は磁束状態の相図、その実験的決定法、理論的理解、磁束線の静的、動的運動形態の理解につきる。これに加えてジョセフソンプラズマは我が国の貢献度の大きい分野で、磁束状態の新しい実験手段を提供するのみならず、超伝導状態の基本的性質を知る上でも重要な役割を演じており注目を集めている。

 まず、磁束状態の相図に関しては、純粋な異方性の強い第2種超伝導体では、磁場が2次元面に垂直である場合はほぼ完全に理解されたと言って良いであろう。高温超伝導体の磁束状態の異常現象が注目され始めた10年ほど前の混乱はほぼ解決したものと思われる。すなわち、第2種超伝導体で、高温超伝導体のような短いコヒ−レンス長を持ち、かつ、強い2次元系では超伝導揺らぎが重要となり、平均場近似が使えず、従来の3次元超伝導体でのHc2近傍は揺らぎと変化し、事実上の超伝導相転移は1次の相転移としてずっと低温の磁束線融解線で発現する。残された問題は磁場が2次元面に平行で異方性が大きい場合やピン止めがある場合であろう。前者は、比較的容易と思われるが、後者はピン止め力の種類、強さ、数などの要素が複雑に絡み合ってどこまで統一的な議論が可能かが今後の一つの焦点であろう。これは、高い臨界電流密度が要求される実用上の問題と絡んで重要であると思われる。

 Imagingで最近の進展としてはデコレ−ション法、中性子散乱、STMなどを用いた微視的な情報が豊富になってきたことである。これらのうち、今回とくに注目に値するものはジュネ−ブ大学のグル−プが、初めて単結晶Bi2212のSTMによる磁束線の直接観測に成功したと報告したことである。実験は数テスラの磁場中で行われ、磁束線格子がかなり歪んでいること、磁束のコアが小さく、Y123系で見られたような内部構造が観測されないこと、コア内のSTSスペクトルがTc以上での擬ギャップ状態のそれと極めて類似のスペクトルを示すことなどが報告された。また、STMを用いて、最近話題の硼化炭化物LuNi2B2Cにおいて、磁場がc軸の場合、六角格子ではなく正方格子が観測されることがアルゴンヌ国立研究所のde Wildeによって報告され、その原因は結晶の電子状態を反映したフェルミ面の異方性によるものと解釈された。

 磁束線のピニング状態に関しては、相図とも関連するが、柱状欠陥を導入した系の話題が多かった。これは比較的well-definedな欠陥であること、柱状であって対称性が良いことなどがその主な理由であろう。ハ−バ−ド大学のDavid Nelsonは柱状欠陥に平行に電流を流し、その回りに磁束線を絡ませることによって臨界電流密度を上げるというユニ−クなアイデアを提唱したのが印象に残っている。このアイデアを拡張し、磁束線をある種のピン止め中心と協調的に編み上げるようなことができたとすれば、一つの全く新しい磁束のピン止め機構となるかも知れない。たとえば、最近、半導体分野で用いられているサブミクロンレベルの微細加工技術を用いればこのような新しいピン止め機構を実現できるであろう。この方面のメゾスコピックな磁束状態の研究は今後大いに発展する可能性があると思われる。

 最後に忘れてはならない最近の話題の一つとして、ジョセフソンプラズマ現象がある。これは、前回もそうであったが、今回も我が国の貢献が大きい。柱状欠陥がある場合のジョセフソンプラズマ共鳴の実験結果が相次いで報告されたが、かろうじてそれぞれの講演者の力点が違っていたことが救いであった。

 全体として振り返れば、たとえば柱状欠陥などの場合のように、実験条件を細かく変えた詳細な結果は豊富になってきたといえるが、今回のワ−クショップで特筆すべき新しい結果は少なかった。毎年開かれるワ−クショップは頻繁すぎるとの意見も聞かれた。いずれにしろ、ワ−クショップ期間中に次回の開催国が我が国と決まった。このようなワ−クショップ開催に関しては、予算、開催場所、ワ−クショップにどのような特徴を持たせるかなど多くの困難な問題が伴うが、我が国のこの分野の裾野を広め、かつ、研究レベルの向上をはかることはもちろんのこと、何にもましてこの分野に対する国際貢献を果たすためには避けて通れない道であろう。最近我が国の科学研究に対する諸外国の見方が大きく変わりつつあることをひしひしと感じるからである。これに積極的にかつ的確に答えることが最低限の責務であり、これを実行するためには、これまで幾度と無く論議されてきたように、その場しのぎのつまみ食い的な研究ではなく、世界的な視野に立った学問としての質の高い研究とそれを支える新しい充実した研究体制を確立することが急務である思われる。これは単なる研究費の額で解決する問題ではなく、むしろそれ以上に重要なことは研究者個人の研究に対するモラルと哲学的意識改革が先決であることは議論の余地がないものと思われる。

(門)