SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 4, Aug. 1997.

13. 高温超電導フィルタの研究開発の現状
− 受信用フィルタと送信用フィルタ −


 移動体通信基地局向けの高温超電導フィルタ開発において、受信用フィルタはまさに実用化にあと1歩といったところである。本誌でも一昨年から何度となく紹介されている超電導フィルタユニットのフィールドテストの報告はすべて受信用フィルタシステムに関してである。最近の例では、米国Conductus社はセルラーシステムのオペレータであるCellcom社に4台の超電導フロントエンドを納入したと発表している。Cellcom社では、テストの結果、通話不良が20%減少したと述べている。少なくとも今の彼らの問題は、低雑音アンプや冷凍機およびその制御系などを含めたフロントエンドシステム全体の性能と信頼性の向上および生産コストにあるようである。受信用フィルタでは耐電力性能は問題とならないので、フィルタ構造は特に大きな制約は受けない。実際には、標準的な半波長のマイクロストリップ線路共振器を多段に結合させたフィルタ構造が使われているようである。その場合、従来のフィルタ設計手法が超電導フィルタに対してもある程度適用できることから、超電導フィルタそのものの設計開発では技術的に大きな障害はもはや克服された模様である。

 一方、大電力信号を扱う送信用では、超電導フィルタの実用化は今ひとつ遅れをとっている。最近、MITを中心とした超電導エレクトロニクスコンソーシアムも、受信だけでなく送信用フィルタをも超電導で作った全超電導フロントエンドシステムについて真剣に検討し始めたようである。送信用フィルタでは、耐電力性向上のために電流集中を緩和する構造を新たに設計する必要がある。これには、空洞共振型のフィルタが有利ではあるが、移動体通信では使用する周波数が数GHz以下と低いため、システムの小型化には不利である。現在では、円板共振器あるいはそれに準じた平面回路共振器を利用するのが主流となっている。この場合、キーポイントは入出力結合あるいは段間結合などの結合部分の設計にある。ごく最近の報告例を挙げれば、米国Du Pont社は、円板の代わりに8角形の共振器を2つ並べた2段のフィルタを発表した。ここでは、基板裏面のグランドプレーンをパターン化することによって結合構造の改善を図っている。中心周波数6.04 GHzで比帯域1 %の等リップル型フィルタで、温度77 Kで115 Wの耐電力性能を発表している。これは高温超電導平面回路型フィルタの現在での最高記録である。今後、各基地局が受け持つエリアは小さくなる傾向があることを考えると、この耐電力性能は実用レベルと言って良いであろう。また、ドイツWuppertal大学では、円板共振器2枚を、スリットを設けた隔壁を介して空間的に対向させることによって結合させた構造のフィルタを発表した。平面回路と立体回路との中間的な構造ではあるが、中心周波数、約4GHz、比帯域0.9%で、60 Wの耐電力性を実現したと報告されている。これらは移動体通信の実用周波数帯とは異なるが、基地局用超電導パワーフィルタ実現の可能性は示されている。このほか、英国Oxford大学やカナダCOM DEV社、日本の松下電器、住友電工、京セラの共同プロジェクトをはじめとして、いくつかの研究機関でこのような平面回路型超電導パワーフィルタの研究が進められている。

 基地局用フィルタに超電導を適用する主な利点は、受信感度の向上によるエリアの拡大と通話品質の向上、送信用フィルタによるシステムの小型化・省電力化にあるとされている。超電導受信フィルタの実用化研究の主要な部分は我々超電導技術者の手からほとんど離れてしまっているのに対して、送信用フィルタはまだまだ研究の余地が多く残されている。送信用フィルタでは超電導用に新しいフィルタ構造が必要である他に、実用化に際しては、信頼性や再現性の向上のため、超電導体の構造欠陥や微細構造が耐電力性やひずみ特性に与える影響を検討し、超電導薄膜の品質を最適化することも不可欠である。今後、基地局数は増加の一途をたどるものと予測される中、基地局の省電力化はエネルギー問題に、小型化は今でも既に問題となっている市街地域での景観の悪化や建設費用の削減などに有効な手段となる可能性がある。現在の受信用フィルタの実用化が進めば、続いて送信用フィルタについても開発が本格化し、早期実用化の話が出てくることは十分予想できることである。

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