SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 6, No. 4, Aug. 1997.

11. 室温動作可能な超高周波高温超伝導量子効果素子を発表
− 横浜国立大学 −


 横浜国立大学の菅原昌敬教授は、これまで、ランタン系高温超伝導体La2-xSrxCuO4の薄膜を用いた特殊な電界効果を報告している(Physica C で刊行予定)。この電界効果では、以下の性質が見られるとされる。(1)ブロック層の周期ポテンシャルと静電現象に基づきLa2-xSrxCuO4内の正孔キャリア波動関数が分数量子ホール効果類似の状態をとる。(2)この特殊な正孔状態のためLa2-xSrxCuO4の薄膜をチャネルとする電界効果素子で、c 軸方向の静電効果測定において、異常があらわれる。 (3)この異常はSrドープ率(Cuイオンあたりのキャリア充填因子)xが、1/4, 1/8, 1/16 などで強調される。(4)La2-xSrxCuO4薄膜のc軸方向に傾斜荷電が存在する場合、異常効果の観測が容易になる。

 最近、同教授は、c軸配向のLa7/4Sr1/4CuO4薄膜のチャネルの両側から正負電界を印加して、チャネルの二表面に正負電荷を誘起する構造の電界効果トランジスタ状素子を用い、チャネル表面に垂直にコヒーレントなCO2レーザ光(波長10マイクロメータ)を照射した場合、ジョセフソン効果と双対な巨視的量子効果のため、室温で、量子共鳴に基づき、ab面電流と電圧の直流特性に階段構造が生ずることを見いだした。さらに、レーザ照射光と表面との角度を変えた場合、c軸方向の小電流で測定したLa7/4Sr1/4CuO4薄膜の直流抵抗値が、角度に対して周期的に変化する量子効果を確認した。この室温量子電界効果は、他の研究成果も合わせて、固体素子・材料コンファランス(9月、浜松)で発表される。

 菅原教授によれば、この場合、チャネルを構成するc軸配向のLa7/4Sr1/4CuO4薄膜内部のキャリア状態は以下のようになっているという。(1) 正孔キャリア系は、c軸をx軸、ab面内電流方向をy軸とするxy二次元面(複数)内で、充填因子が1/4の分数量子ホール効果と類似の状態をとる。(2)この特殊なキャリア状態は、100ナノメータ程度の膜厚のc軸配向薄膜の場合、二層の正負に帯電した電荷二重層で維持されている。(3)外部からab面方向に注入された電荷は、分数量子ホール効果状態の反電荷性のため、電荷二重層の(一次元的)境界部分を遷移する。(4)この状態は、二超伝導電極間の境界部分を磁束量子が遷移して生ずるジョセフソン素子と双対な素子構造である。(5)チャネルに垂直にコヒーレント光照射が行われる場合には、境界部分の電磁界の位相の空間分布は一様であり、ジョセフソン素子のシャピロ階段構造での量子共鳴効果と双対な原理で、定電流階段構造が生ずる。(6)照射が垂直以外の角度で行われる場合、境界部分の電磁界の位相の空間分布が生じ、量子共鳴が空間的位相差を持つため、ジョセフソン素子に磁界を印加した場合の直流特性の周期的磁界依存性と類似した原理で、c軸方向の小電流薄膜抵抗値が周期的な角度依存性を持つ。

 また、この量子効果が、室温でも観測される原因や、特異な分数量子ホール効果状のキャリア状態について、菅原教授は次のように説明している。(1)高温超伝導体のキャリアは、周期的なブロック層ポテンシャルで閉じこめられており、層間隔が1nm程度であるので、角周波数が1014/秒 程度のゼロ点振動状態にあるが、この場合ゼロ点エネルギーは0.1 eV程度で、室温の熱エネルギー(約0.025 eV)より十分大きい。(2)さらに適当な空間電荷が存在する場合には、ホールキャリアの一粒子状態は、「磁界」B = 1000 Tのランダウゲージのハミルトニアンで表すことができる。(3)このことは、実効的にB = 1000 Tの強磁界が存在していると考えてもよく、またキャリアの強結合性(キャリア同士が強く反発すること)も加わって、上記のxy二次元面での分数量子ホール効果のキャリア状態となる。(4)分数量子ホール効果の場合には、半導体キャリアは二次元空間内で量子化されたラーマー軌道に、充填因子の割合で充填されるが、高温超伝導体では、Cuイオンの周囲の軌道へ充填因子xの割合で充填される。(5)ただし、この場合「磁界」は本物でないので、半導体の分数量子ホール効果のように強磁界によるキャリアスピン整列が起こらず、二スピン状態が許されるため、ホールの対形成が可能となる。 (6)ゼロ点振動エネルギーは、単一ホールよりホール対の方が低いため、充填因子が奇数分の一で基底状態となる半導体の分数量子ホール効果と異なり、充填因子が偶数分の一のボース粒子型の基底状態が安定となり、単一粒子状態は励起として現れる。(7)La系高温超伝導体は、ブロック層の周期構造が単純であり、Y系など複雑な周期構造のものに比べて、この効果に観測により適していると思われる。

 この室温で観測可能な量子効果については、まだ分からないところが多く、今後引き続き実験的研究を行うことが必要であろう。この際、La系高温超伝導体の薄膜は良質のものが必要のようであり、菅原教授も「購入したままのチタン酸ストロンチウム基板に同じチタン酸ストロンチウムをレヤバイレヤ成長させた上にLa系高温超伝導体の薄膜を成膜している」とのことで、結晶特性のすぐれた良質の高温超伝導体薄膜の作成技術が重要であろう。

(EMK記)