SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.23, No6 December, 2014 


鉄系層状絶縁体を使った電気二重層トランジスタに見られる電界誘起相転移        _東京工業大学_


東京工業大学 応用セラミックス研究所/元素戦略研究センターの細野秀雄教授と平松秀典准教授の研究グループは、近年高温超伝導体として注目されている鉄系層状物質群の中では唯一の絶縁体である層状セレン化合物TlFe1.6Se2(Tl:タリウム、Se:セレン)に着目し、電気二重層トランジスタ構造を利用して、外部電界を印加することにより、超伝導現象の予兆ともとれる金属に近い状態にまで相転移させることに成功した [1]

銅酸化物超伝導体と鉄系超伝導体は、超伝導体となる前の母相が反強磁性体であり、電子もしくは正孔を添加することによってその反強磁性の磁気的な秩序を消失させることで、超伝導が発現するという共通点をもつ。しかしながら、母相の性質として根本的に異なる点も知られており、銅酸化物は、電子相関が強いために電子構造としてはエネルギーギャップを持つ「モット絶縁体」であるのに対し、鉄系物質のほとんどはギャップを持たない「金属」である。また、同じ反強磁性体とは言え、ネール温度は電子相関の強い銅酸化物の方が圧倒的に高い。

そこで、ネール温度の高い反強磁性絶縁体の磁気秩序をキャリア添加により消失させることが、既知物質では最も高い転移温度を有する高温超伝導体で知られる銅酸化物のシナリオにのった、新たな高温超伝導の発見につながる、と東工大グループは考えた。

そこで、東工大グループは、鉄系層状物質の中では唯一の銅酸化物並みの高ネール温度を有するモット絶縁体であり、かつ超伝導体とはならないことが知られているTlFe1.6Se2に着目し、外部から電界をかけて高濃度の電子を誘起することによって、絶縁体から金属、そしてさらには超伝導状態までの実現に挑戦した。

TlFe1.6Se2は、図1(a,b)に示すように基本構造はTl:Fe:Seの化学組成比が1:2:2122型と呼ばれる層状構造を有する(鉄系超伝導体BaFe2As2と同じ構造)。ところが、形式的な電荷(Tl: 1+, Fe:2+, Se: 2–)を考えた場合、この122型基本構造では電気的中性を満足しない。そこでFeの位置に内因的に空孔を作り、かつその空孔が規則的に配列することによって、基本構造に対して√5×1倍のTl2Fe4Se5(245)という母相を形成している。この母相がモット絶縁体としての振る舞いを示す。パルスレーザー堆積法により作製されたTlFe1.6Se2薄膜は、上述の空孔サイトが規則配列した構造を有していた(1(c))

 

 

 

外部からの電界印加方法としては、電気二重層トランジスタ構造(2)が採用された。6端子状に形成した厚さ20 nmTlFe1.6Se2薄膜上に、ゲート絶縁体として働くイオン液体を流し込み、コイル状の白金で作製したゲート電極から外部電界(ゲート電圧)を印加し、TlFe1.6Se2薄膜の表面に最大で2.5×1014 cm–2の伝導電子を誘起することに成功した。

その結果、図3に示すように、ゲート電圧を印加しない場合(0ボルト)は絶縁体に特徴的な、温度が下がると電気抵抗が上昇する様子が観察されたのに対して、2ボルト以上のゲート電圧を印加した場合には、特に低温域での電気抵抗の大幅な低下と共に、50ケルビン近傍に電気抵抗の「こぶ」が観察され(図中の矢印)、最大の4ボルト印加時には抵抗の温度依存性がほぼ消滅した。

この結果は、超伝導転移直前の予兆とも言えるモット絶縁体からほとんど金属に近い状態へ、かつこの物質に特有の磁気的な「相転移」が外部電界で制御できていることを示している。今回の結果は、鉄系層状母物質で初めて観察された外部電界誘起による相転移であり、より高い超伝導転移温度の鉄系超伝導体の探索の新しいルートを提供するものと言える。

平松准教授によると、「博士研究員(現 北大電子研 助教)の片瀬君の猛烈な頑張りのおかげで、私共のグループが鉄系物質の電気二重層トランジスタを使った電界誘起相転移を初めて観察することができました。今後はデバイスのさらなる性能向上、もちろん大本命の超伝導発現もまだまだ諦めずに狙っていきたい。」とのことである。      (高梁川)

 

参考文献

[1] Takayoshi Katase, Hidenori Hiramatsu, Toshio Kamiya, and Hideo Hosono “Electric double-layer transistor using layered iron selenide Mott insulator TlFe1.6Se2 Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol. 111, pp. 3979–3983 (2014).

http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1318045111