SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.23, No.4 August, 2014 


鉄系超伝導体の2ドーム構造解明に手がかり             _高エネ研_


 高エネルギー加速器研究機構(KEK)、大強度陽子加速器施設(J-PARC)KEK-構造物性研究センター(KEK-CMRC)、および東京工業大学の共同研究グループは、電子相図において2つの超伝導ドームを有する水素置換型鉄系超伝導体LaFeAsO1-xHxに関して、高ドープ側の超伝導ドームよりもさらに高ドープ領域において、これまで報告されてきた低ドープ側の母相とは異なる性質を持つ反強磁性磁気秩序相が存在することを明らかにした。

2008年、東京工業大学の神原陽一博士 (当時) と細野秀雄教授らにより、磁性元素である鉄を含んだ物質であるLaFeAs(O1-xFx)が最高で26 Kの転移温度 (Tc) を示す超伝導体であることが明らかにされ、超伝導は磁性を嫌う、という従来の常識が打ち破られたことはいまだ記憶に新しい。LaFeAs(O1-xFx)においては、超伝導を示すFeAs層への電子の供給は酸素をフッ素で置換することによって行われるが、その場合、置換量の最大値はおよそ20 %に限られていた。そこで、同大学の飯村壮史氏らはフッ素の代わりに水素での置換を試みた結果、置換量の最大値をおよそ50 %まで引き上げることに成功し、フッ素置換系で報告されていたx 0.11でのTc = 26 Kをピークとする「超伝導ドーム」よりもさらに高ドープ側のx 0.35で新たなTcのピークが存在することを報告した1)。これは、電子相図上においてx = 0.2付近を谷とする2つの超伝導ドーム、いわゆる2ドーム構造として、これまでの超伝導体には見られなかった特異な性質を有している。こういった性質に加え、第2超伝導ドームにおいてより高いTcが実現していることから、高ドープ域での磁気基底状態や両ドームにおける超伝導機構の違いに関して注目が集まっている。

今回の研究は、高ドープ域組成の試料において低温での磁気秩序の発達を示唆する核磁気共鳴法 (NMR) の結果2) を契機として始まったもので、研究グループは主にJ-PARCの物質・生命科学実験施設 (MLF)、及びKEKのフォトンファクトリー (KEK-PF) に設置された実験装置を用いてLaFeAs(O1-xHx)の高ドープ域での物性を明らかにした。まずミュオンスピン回転・緩和法 (μSR) によりx =0.45試料においておよそ80 K以下において磁気秩序が存在していることが確認された後、MLFMUSE-D1実験エリアに設置されたDΩ1分光器を用いて計6つの試料 (0.40 < x < 0.51) の反強磁性磁気転移温度 (TN)、及び磁気体積分率の測定が行われ、迅速な電子相図の決定がなされた。μSRから得られた磁気体積分率と、磁化率測定によって見積もられた超伝導体積分率の和がほぼ1になることから、超伝導と磁性が排他的な関係にあることも明らかになった。また、中性子散乱実験 (MLFS-HRPDNOVA分光器) により、x = 0.51, 0.45の試料が同一の磁気構造を示すことが確かめられた。x = 0.51ではモーメントサイズがおよそ1.2 μBと求められ、母物質 (x = 0) 0.63 μB 3) と比較してかなり大きな値であること、またその磁気構造において磁気構造周期の伝搬ベクトルQがモーメントベクトルmに垂直で、かつ面間が強磁性的に並んでいることが判明した。この磁気構造は鉄系超伝導体において過去に例を見ないものである。さらにKEK-PFBL-8で行った放射光X線回折実験によって、x = 0.51, 0.49の試料ではTNの直上において正方晶P4/nmmから斜方晶Aem2への構造相転移が確認された。低温構造においてはFeAs4四面体のヒ素原子と鉄原子が逆方向に動くことから、中心対称性の破れた構造であり、鉄系超伝導体においては非常に珍しいケースであることが明らかになった。

 

テキスト ボックス: 図1  LaFeAsO1-xHxの磁気/結晶相図。μSR法で決定した反強磁性磁気転移温度TN、放射光X線回折実験によって決定した構造相転移温度Ts、及びc軸アップターン温度Ts’を示す。付帯図は低温でのFeAs4四面体の構造、及び中性子回折実験によって明らかになった磁気構造。

 

 

本研究で明らかにされた電子相図を図1に示す。今回の研究で新たに発見されたLaFeAs(O1-xHx)における第2の反強磁性磁気秩序相は0.40 x 0.51の領域に存在しており、0.40 x 0.45において第2超伝導相と共存(ただし相分離)していることが分かる。構造相転移はx = 0.510.49で起こる一方で、その濃度以下では、TNの直上でc軸の長さが減少から増大に転じる温度Ts’が存在する。なお、TNTsの差はおよそ5 K程度である一方で、x = 0側の反強磁性磁気秩序相での両者の差はおよそ20 K程度である。今回見いだされた磁気秩序相の性質は母物質(x = 0)のそれとは明らかに異なっており、第2超伝導相における新しいメカニズムの関与を示唆している。研究グループは、x = 0.5から相図を左へと辿ることで、構造相転移をともなう新規磁気秩序相が水素から酸素への置換、すなわちホールドープによって抑制されて第2超伝導相が発現する、という解釈にもとづき、x = 0.5が鉄系超伝導体に特徴的な母相の性質を兼ね備えている可能性を指摘している。つまり、LaFeAsO1-xHxx = 0.5付近を第2の母相と見なすことのできる電子相図を示しており、x = 0.2付近に存在する2つの超伝導ドーム間の谷は、x = 0の母相に電子ドープすることで生じる超伝導ドームと、x = 0.5の母相にホールドープすることで生じる超伝導ドームのクロスオーバー領域ではないかと解釈されている。

今回の研究は文部科学省「元素戦略プロジェクト」<研究拠点形成型>の電子材料領域におけるテーマのひとつとして行われたもので、KEKの物質構造科学研究所が有するミュオン・中性子、放射光というマルチプローブの特徴を最大限に生かした成果としても注目される。詳細は M. Hiraishi et al., Nature Physics 10 (2014) 300. を参照されたい。 (狼亀)

 

参考文献

1)  S. Iimura et al., Nat. Commun. 3 (2012) 943.

2)  N. Fujiwara et al., Phys. Rev. Lett. 111 (2013) 097002

3)  N. Qureshi et al., Phys. Rev. B. 82 (2010) 184521